「残念な男(二次創作シリーズ)」
    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

    豆腐

     ←1984年(10) →わー、「アルジェの戦い」やー!
     その日、わたしは機嫌がよかった。ロビンの死んだ日も機嫌がよかったが、今日も負けず劣らずだ。あまりに機嫌がよすぎたのか、わたしと差し向かいで昼酒につきあってもらっているカイが苛立たしげにいった。

    「不景気な面してどうしたんだ。目ん玉が泥水みたいな色をしてるぞ」

     ポケットにしまっていたサングラスをかけると、わたしは茶碗から酒をあおり、胃袋から全身に沁みわたるままにしておいた。

    「黙っているよりは、なにがあったか、話したっていいんじゃねえか」

     このまま無言を貫こうかと思ったが、酒はわたしが買ってきたとはいえ、この家はやつの家だった。

    「八十点満点のテストがあったと思ってください」

     わたしは茶碗に酒を注いだ。

    「そこで百二十点の点数を取ってしまったんです」

    「いいことじゃねえか」

    「三週間たって自己採点したら、百二十点というのは間違いで、実際には五点くらいのものだったことがわかりましてね。少しばかり自分が許せない」

     この間のナイジェリアでのことだ。わたしが救出した二十人の少女のうち、十八人からエイズの陽性反応が出た。残り二人は結果の発表待ちだが、エイズというやつはクロマティ高校の入学試験よりもたやすく感染することができる。しかも全員が薬物中毒になっているのだ。五人の少女が絶望のあまり自殺し、そのうちの三人は、どうも親か親戚から殺された公算が高いことがわかった。けさがたイヤミの達人であるわたしの上司が懇切丁寧に説明してくれたから、たぶん間違いないだろう。

     これで機嫌がよくならなかったら、どうかしている。

     わたしとカイは押し黙ったままで酒を飲んだ。

    「どんな大学を出たのか知らねえが、テストってのは参加しなかったら零点だって話を聞いたぜ」

    「五点でも点なら点としてありがたく受け取っておいた方がいいということですかね」

    「まあそんなもんだ」

     わたしとカイは黙々と酒を飲んだ。上越新幹線で帰ってきたので、酒は米どころ新潟の酒だ。もちろん辛口である。

    「フィリップ・ワイリーの『闘士』って本、読んだことがありますか」

    「いや」

    「面白いですよ」

    「そうか」

     スーパーマンの原型ともいわれるそのSF小説についての会話はそれ以上膨らまなかった。

     わたしはあの本に出てくる主人公とその過酷な運命をちらりと考えた。たとえ超人的な肉体を持つことができたとしても、人間はあくまで人間であり、神になれるわけではないというごく当たり前の真実を、いやというほど教えてくれるやりきれない本だ。

     わたしはナイジェリアのあの殺戮の場所で神にでもなったつもりだったのだろうか。不屈の闘志を持つパルプ小説のヒーロー。サイコキネシスひとつ使えないのに、どんな死地に放り込まれても生きて帰ってくる男。小指一本でも残ってさえいればジャングルの谷間を這い上がり、心臓の筋肉さえ動いていれば任務を達成することができる工作員。朝鮮戦争停戦後まもなく、三八度線を突破して生きて帰ってきて以来、そんなふうに同族からはいわれていた。

     同時に、わたしは同族からは「残念なやつ」としか思われていなかったのも事実だ。安っぽいヒロイズムに刺激され、やれともいわれていないことをしでかす男。厄介者のトラブルメーカー。同族のためを思って考えることが根本的にできない男。後先の計算ができない男。下手に動かすと同族に害すら及ぼす可能性が高い危険人物。下手に活躍されるより、自動車に細工をするような、厄介でめんどくさい汚れ仕事をあてがっておいたほうがいい輩……。

     くそっ。当たっているじゃないか。

     ……さぞや苦労したろうな、ロビン!

     わたしは杯を干した。

    「顔色が悪いな」

    「飲み過ぎのサインかもしれません」

     わたしは冗談めかしていった。

     カイは立ち上がると、部屋の外へ出て行った。トイレでも行ったのかな、と思っていると、五分もしないうちに箸と何かが乗った皿を持って戻ってきた。

    「本来は今日の晩飯のおかずにするはずだったが……まあ食え」

    「豆腐ですか」

     わたしは手を合わせた。

    「いただきます」

     わたしは豆腐を崩してひと口食べた。

    「奮発しましたね」

    「わかるか」

     わたしは大手スーパーの名を挙げた。「そこの一丁、百八十九円」

     カイは肩をすくめた。「惜しい」

     わたしは眉をひそめた。

    「違うんですか」

    「今日は特売で十円安いんだ」

     豆腐にまで裏切られるとは。

     複雑な表情をしていただろうわたしに、カイはいった。

    「人間ってもんは、豆腐の値段なんて簡単なものすらわからないもんだぜ。自分の行為の価値となったら、そりゃもう、そう簡単にわかるもんじゃねえだろ」

     一本取られた。どっちが年上だかわかったものではない。

     わたしとカイはただただ黙々と豆腐を食べ、酒を飲んだ。

     一升瓶が空になった。わたしは立ち上がった。

    「お邪魔しました」

    「帰るのか」

    「昼酒をするような中年男が、少女の教育に役立ったためしはありませんよ」

     カイは時計を見た。

    「そんな時間か。迎えに行くついでだ。そこまで送ろう」

     考えた末、わたしは断った。

    「いえ、迎えに行くのだったら、あなたも少し休んで酒を抜いたほうがいいでしょう。道はわかりますので」

     わたしは機嫌をいくらか戻して駅に向かった。
    関連記事
    スポンサーサイト



     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【1984年(10)】へ  【わー、「アルジェの戦い」やー!】へ

    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    ウルトラマン自体が作劇上のデウスエクスマキナですから、ありゃ神様ですよ(笑) 人間がなれる存在じゃありません(笑)

    Re: 卯月 朔さん

    ミズマ。さんの最新作読めばわかりますが、ユリちゃんこの男を知ってます。お互い直接会って言葉をかわしたわけではありませんが。ユリちゃんのような天使のような少女はこの男のタイプではなく、もっと年を食って人生の苦味を笑えるような、精神的に大人の女が好みらしいです。会うとどうなるかわかりませんけれど。

    それと、この男は上からの覚えがめでたくなることは絶対にありません(笑) それが英国冒険小説の伝統なのです。どこの世界でも冒険小説というものは、そういうひねくれた男たちのものなのです(笑)

    スーパーマンだからいけない

     いっそウルトラマンになってしまえ。地球の平和の為なら、街は壊す、工場は破壊する、ビルは倒壊させ、新幹線はぶっ飛ばす。それでも怪獣を倒せばめでたしめでたし。怪獣の巨大な屍骸とその破片はほったらかしで。

    NoTitle

    残念さんの更新だー!ヾ(´∀`*)ノ

    ユリちゃんは残念さんを知らないけど、残念さんはユリちゃんの存在を知ってるうえでカイさんと関係がある、という。
    なんかこう面識のないキャラ同士のつながりみたいなのが好きだなあ、と改めて思いますね!

    そして前回の話を残念さんのお手柄に終わらせないのはさすがのポールさん…まあ、たしかにこうなるよね、と(´д`;)
    残念さん、経歴はまちがいなくスーパー工作員だから、なにかひとつ掛け違えればそのまま同族のお偉いさんの覚えめでたい存在に慣れそうだなあ、とか。
    ロビンちゃんの存在が心に住んだままになのがすごくせつなくていいです…。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【1984年(10)】へ
    • 【わー、「アルジェの戦い」やー!】へ