「残念な男(二次創作シリーズ)」
    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

    笑う男

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     暑い。

     わたしは額を手で拭った。いつから日本はここまで暑い国になったんだろう。明治や大正のころも、たしかに涼しくはなかったが、ここ最近の三十七度などのようなひどい暑さはなかったような気がする。

     巷では学生たちが、夏休みだというのに忙しく汗ばかり流していた。大儀なことだ。日本政府は、来るべき戦争に備えて、南方で平気で動ける兵隊でも作ろうとして部活動などというものを作ったのではないか、そんな気がしてくる。

     学生ではないわたしは、大人としての楽しみをするために、一升瓶を携えてこの町へやってきた。大人としての楽しみ、すなわち昼酒である。

     考えてみれば、豆腐、というのは、いかにも夏向きの食材である。適度な量の蛋白質と、たっぷりとした水分。葱も生姜も鰹節もいらない。さわやかな冷たさとかすかな滋味。それだけでいい。タウンページで、三つ前の駅のそばに個人営業の豆腐屋があることを知ったわたしは、立ち寄って、水の中で泳いでいた安い木綿豆腐を二丁ばかり買った。この間の礼のつもりである。

     カイの家の最寄りの駅で降りてからぶらぶら歩いた。わけありとかいう娘も、今ごろは部活動だろう。大人が酒を飲んでいるところに子供が来るのは、わたしの好むところではなかった。

     カイの家にたどり着き、わたしは扉を叩いた。

    「なんだ、お前か」

    「飲みませんか? 豆腐も買ってきました」

    「律儀なやつだ」

     わたしたちはいつものように、茶碗で酒を飲み始めた。

     二杯ほど飲んだ時に、扉が開く音がした。

    「ただいま! 誰か来てるの?」

     くだんのわけありの娘らしい。茶碗に酒を注ぐ手を止めて、わたしは礼くらいしなければ、と、戸口のほうを見た。

     驚愕。

     ……アムリタ! なぜ、アムリタがここにいる!?

     アムリタの少女は、わたしに向かっていった。

    「あ、『残念さん』だ! こんにちは!」

     わたしは背筋が凍りつくのを感じた。

     このアムリタの少女はわたしの通り名を知っている!

     わたしはカイを見た。カイは鈍い男ではないことくらいはわたしにもわかる。ということは、カイがわたしの動揺に気づかないわけがなかった。

    「てめえ、どこのもんだ」

     乾いた声になったカイに、わたしは同じく乾いた声で尋ねた。

    「天羅ですか、地祇ですか」

     愚問だったかもしれない。カイは答えた。

    「天羅、といったら」

     わたしは壁に一升瓶を叩きつけた。酒が床にあふれ、アムリタの少女は悲鳴を上げた。

     砕けた一升瓶を握ったわたしの右手が急に動かなくなった。サイコキネシスだ。本物の同族であることは疑う余地もなかった。

     同時に、それはわたしにとって最大のチャンスも意味していた。わたしはその体勢から、不自然な動きをなにひとつ見せず、左手の茶碗の中にある日本酒をカイの無防備な顔面にぶちまけた。

     古武術に伝わる「卑怯な小技」のひとつだ。一回しか使えない奇襲攻撃であることは自分でも承知している。カイが防備を整えていたら、絶対成功しない技である。

     避けるにはカイはあまりにもわたしの握ったガラス瓶に気を取られすぎていた。そして、一度でも目にアルコールがかかった人間ならば、それがどれだけ目潰しに有効で、精神統一を妨げるかわかるはずだ。サイコキネシスを使っての戦いに慣れた人間にとっては致命的である。

     わたしは少女をちらりと見、そのままカイの家を飛び出すと、バイクを停めて話していた暴走族風の兄ちゃんを殴り倒してバイクを奪い、十五分走ってから、非常線が張られる前に私鉄の駅に飛び込んだ。

     少女は一生わたしを許してはくれまい。わたしにできる唯一の詫びは、騒ぎを大きくして、少女とコックに早いところこの場所を離れて、わたしの知らないどこかの土地へ移ってもらうようにすることだけだ。

     それはそれとしてわたしはプリペイド携帯で上司に報告を始めた。わたしはきちんと仕事はこなすくらいには律儀なのだ。地祇内部の権力闘争で片隅に追いやられつつある上司が、この情報をどう使うかはわからないが、おそらく、ろくなことには使うまい。

     電話を切ったわたしは低く低く笑い出した。
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    ~ Comment ~

    Re: ミズマ。さん

    不意打ちと奇襲攻撃以外に残念なやつにカイさんと互角に戦える腕があるわけがないでしょう!(^^;)

    ユリちゃんを本気でどうこうする気があったならカイさんの目がくらんでいるこのチャンスにやってのけてますし。(^^;)

    そういうところがこの男のほとほと残念なところで……。

    とりあえず、8月15日更新で様子見、かなあ?

    Re: 卯月 朔さん

    だってこうなる以外に展開しようがないじゃないですか(^^;)

    たぶんカイさんは地祇の連中から「テレキネシスひとつ使えない同族の落ちこぼれに負けたやつ」として一生笑いものにされるんだろうなあ、とか考えると実においしい気の毒で。

    完全にユリちゃんも敵に回してしまったからなあ……。

    まあ残念なやつも身の振り方は心得ている男ですので、とりあえず8月15日掲載予定の続きを待とう!(それまでに書けるのかおれ)

    連投失礼します。
    協議の結果、このハードボイルド時空において、カイさん、ユリちゃんの生殺与奪の権利はポールさんに委ねるという結論に達しました。

    キャラクターを使ってくださってるだけでも嬉しいので、その上「この子たちは殺したりしちゃダメ!」なんて言う気はまったくなかったんですけど、一応お伝えした方がのびのびお書きいただけるのかなー、と思った次第であります。

    楽しむので好き勝手にやっちゃって下さい!


    ……あれ、カイさんユリちゃんの出番、もしかしてこれで終わりです??

    ユリちゃんきたああああああああ!!!!!?!!


    いやー、どうなるんでしょうかねぇ!
    楽しみ楽しみ!!

    そして残念さん、ちゃんと友達いるのかなぁ、って少し心配になったりして…(´・ω・`)

    NoTitle

    残念さんとユリちゃんが出会ったらどうなるかなって思いつづけていたけれど、こうなるのかそうかああああああ(;´∞`)

    地祇に因縁のあるカイさんと親交を深めたうえで、残念さんが地祇の末端工作員っていうのはすごく美味しいです…
    でもカイユリとほどほどの距離感のまま付き合っていく残念さんも見たかったなあ、という気持ちがあるから、何事も腹八分目がちょうどいいってやつですね。

    残念さんはどんどん追い詰められててどうなるのか…残念さんだからなあ、でも残念にもいろんな残念があるしなあ。うむむ…。
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