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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ7位 本陣殺人事件 横溝正史

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     小学生の時に春陽文庫版を押入れから掘り出して、夢中で読んだ。和様式の建築物や調度品の名前をよく知らない小学生には訳が分からない描写が多々あったが、謎の「三本指の男」の処理の仕方や、密室に使われた物理的トリックの面白さ、それになんといっても名探偵金田一耕助の魅力にすっかりやられてしまった。当時は「八つ墓村」と「犬神家の一族」が大ヒットしていて、金田一耕助には興味があったが、ホラー映画のような演出の映画は怖かったので見る気がしなかった。本なら大丈夫だろうと思って読んだら大丈夫だったが、これもすごかったなあ。なにしろ琴がコロコロシャンである。

     まあ基礎教養みたいなものだろうな、と思ってその後ひさしく読んでいなかったが、三十五年ぶりに再読してみることにした。

     面白かった。というよりもびっくりしたのが、横溝正史がこの小説において、「あれ」を読者に対して試みていたことである。戦前の作品で「あれ」をやっていた作品が記憶にないが、意図的に「あれ」を前面に押し出していたのはこれが初めてではないか。もしかしたら、横溝正史がほんとうにやりたかったのはディクソン・カーばりの密室トリックではなくて、「あれ」だったのではないだろうか。とすると、もし戦後の物資難がなく、紙の配給が潤沢にあって、この小説が初期構想通りの長さの長編として成立していたら、「あれ」に関する作者のこだわりも、もっと徹底していたかもしれない。はなはだ残念である。

     この「本陣殺人事件」をしみじみ読むと、たしかに「獄門島」がドラマの面ですさまじい傑作に思えてくる。「本陣殺人事件」も「獄門島」も、どちらも殺人の動機が変、というか少々イカれているのだが、それにリアリティを持たせる、あるいは不自然さを隠蔽するためにはこれくらいの日本の恐怖の閉鎖社会ぶりを利用しなければならなかったのだろう。

     つくづく時代の理不尽さを考えさせられる。太平洋戦争時の政府による「探偵小説の禁止」がもたらした、ミステリに対する異様なまでの飢餓感が本書と「蝶々殺人事件」と「獄門島」に結実したのだとする論理は正しいと主張するのと同じ論法で、今のアニメ・漫画・ゲームに対する表現規制法の動きを弁護する人物が今後出てくるかもしれない。理性はそんな表現規制の無意味さとバカバカしさを理解できるのだが、現にこういった戦後初期の名作・傑作群のタイトルを眺めると……。いや、あの戦争と人心の荒廃がなかったら、現代のミステリはもっと多様でもっと豊饒な世界を作っていたに違いないのだ。あの「失われた数年間」を、アニメや漫画という違いはあれど、今の日本で繰り返す愚はなんとしてでも避けたいものである。日本人の悪癖で、一度規制が入ると自分から、想定の範囲を超えて、徹底的に規制を遵守してしまうからなあ……。
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    ~ Comment ~

    Re: 百物語ガールさん

    あの事件もあの事件でおっかないですな。津山三十人殺しとはいかないまでも、横溝先生なら喜んでネタにするような。

    岡山とかそういうことではなく、「方向音痴」なので、どこになにがあるかすぐにわからなくなる(笑) こないだTRPGやっていたら「南に部屋がある」といわれて、東にコマを動かしてしまい(笑)

    NoTitle

    > トリックがわかりづらくて

    ま、所詮さつじんじけん。ぶっちゃけー、気色悪い化粧のねーちゃんじゃイヤだ―!って、ドラ息子の弟が奥さんと一緒に日本刀で切り付けるで充分面白いじゃん!とか思ったりして(爆)
    というのは、真っ赤な嘘です。そういう公序良俗に反することを言ってはダメですよ(^^;

    > 岡山県の県境付近の詳しい位置関係なんて

    だからー、実際に行って、その風景を見ちゃうと全然違うんだってー(笑)

    Re: 矢端想さん

    まあそういう企画ですし(^^;)

    ここらを越えるとそこから先にはもっとメジャーなタイトルが(出ない(笑))

    NoTitle

    「本陣~」といえば昔なんかTVで観て、刀がビョン!って飛んでってぶっささる仕掛けしか印象にありません。なんか雑誌でその仕掛けも図解してたなあww…何にも読んでなくてすみません…。

    Re: blackoutさん

    なんか最近はすべての芸術活動が「たのしいプロパガンダ」(辻田真佐憲)の方面に向かって行ってるようで怖いですね。

    製作者も享受者もそういうものだということを忘れて楽しむプロパガンダって怖いですからなあ……。

    NoTitle

    最近はホントに、人心の荒廃は止まるところを知らない、って感じがしますね

    ええ、この国は芸術不毛な地だと思います
    気持ちに余裕のない連中が多すぎだと思いますし、国民の幸福度が、全世界のちょうど真ん中ぐらいの順位っていうのは、やはりおかしい

    Re: 椿さん

    あの動機については、シチュエーションを成立させるために必要だったのでしょうが、横溝先生やりすぎな気が(笑)

    まあ異常な動機ものについては戦前でさんざんやられていましたから、その延長で書いたんでしょうね。横溝先生も、最初は金田一耕助はこの作品だけにしようと思っていたらしいですし。

    Re: miss.keyさん

    「そりゃーアレっていったらアレですよ!
    「ほーナニというたらナニですか!」

    (Ⓒ安永航一郎)

    NoTitle

    「本陣殺人事件」は「獄門島」より後に読みましたが、こちらの方が好きでしたね。
    「あれ」は大好物なので余計にそうだったのかも。
    そしてこの殺人の動機を変と思わず、「この時代ならそういうこともあったかもー」と普通に納得した自分はもしかしたら戦前の人間だったのかもしれないと思いました……

    あれってなんぞや

    あー、あれか、あれね。あれだよね。ってあれ?なんだっけ。アレレ

    Re: 百物語ガールさん

    わたしは完全に密室派ですねえ。時刻表を追っていると眠くなってくるうえに、トリックがわかりづらくて。

    アリバイやるんだったら高木彬光「人形はなぜ殺される」くらいにわかりやすくて意表を突くトリックをやってほしいものであります。

    まあそれをいったら密室も密室でたいがいだけど(笑)

    岡山県の県境付近の詳しい位置関係なんてすべて忘れてます(笑) 「獄門島」「鬼首村」「八つ墓村」でいいじゃないですか(笑)

    NoTitle

    「密室モノは基本的に嫌いなんで、「本陣」は最初に読んだ時もイマイチだったけど、何年か前に読んだ時もやっぱりイマイチだったなー(^^;

    ていうか、横溝正史って、元々普通に小説として読んじゃったこともあって。いまだにミステリー小説というイメージがない!みたいなとこがあるんですよね。
    そういう意味じゃ「本陣」はミステリー小説、ミステリー小説してるんで、そこに違和感があってイマイチと思っちゃうのかもしれないです(笑)

    「本陣」は映画のイメージが強いですね。
    あの琴の糸が暗い部屋の中でビョンとか音たてながらキリキリ動いていくシーンだけ、今でも記憶に残っています。

    そういえば、10年くらい前、仕事で笠岡に行ったことがあって。
    ブリッツさんは憶えてるかもしれませんけど、笠岡って「獄門島」の舞台じゃないですか。
    でも、その時はそんなこと忘れていて、というより、横溝正史のことも全然頭になかったんです。
    でも、仕事で行った場所が笠岡からちょっと山の方に行ったところだったんですけど、タクシーから外を見てたら、山の中腹に田治見家(八つ墓村の)みたいな屋敷があって(笑)
    うわ!なんだあの家!と興奮しちゃって、岡山の駅で思わず「八つ墓村」を買って帰りの新幹線で読んだのが、私の第二次横溝ブームでした(^^;

    Re: 面白半分さん

    横溝先生、クリスティに非常に衝撃を受けたんでしょうねえ。

    まさかこの時代に「〇〇トリック」をかましてくるなんて誰が考えたか(笑) もし、構想通りの作品が書けるだけの紙の供給があったら、「本陣殺人事件はフェアかアンフェアか」論争が巻き起こっていたんじゃないかなあ、と思うと非常に残念です。

    まあ横溝先生はその実験を「蝶々殺人事件」で大いに行って気を吐くわけですが、人の記憶に残るのは、金田一耕助と大量のフケのみ(笑)

    NoTitle

    春陽文庫というのがいい。
    いまでもたまに見かけます。

    「あれ」って「あれ」だったんですね。
    中身は忘れていたのでいろいろ確認してわかりました
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