東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ18位 飢餓海峡 水上勉

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     この「東西ミステリーベスト100」の中で、最後まで残っていた未読作品。その分厚さと暗さは、学校の図書室で見つけた中学生の時から不惑を超えた現在まで、かたくなにわたしを拒み続け、これまでの何十回にのぼるかわからぬ読破へのアタックにおいて、わたしのやる気をことごとく粉砕してきた。

     今回も苦労するんだろうな、と思っていたので、もう「手術のために脳細胞に点滴をする」つもりで取り組んでみた。そうしたらすんなりと読めた。なんだこれは。ムチャクチャ面白いではないか。しかし、水上勉も、こんな暗い話をよく書くものである。

     正直なところ、当時の社会派推理小説と比較しても、ミステリとしてはそれほどいいできだとは思えない。だが、人間ドラマとして読むとやたらに面白いのである。文学者・水上勉のエンターテインメント路線の集大成、といっていいだろう。本人は「ロングセラーになったのは映画のおかげ」だなどと謙遜しているが、いや、これは小説の力だ。

     たしかに映画の出来は非常にいい。戦後の日本映画の爛熟期に、内田吐夢監督が老刑事役の伴淳三郎以下、三國連太郎、左幸子といった俳優陣をいじめぬいて撮った超大作「飢餓海峡」は、日本のミステリ映画のオールタイムベストをやったら「砂の器」と並んで必ず上位に挙がってくる大傑作である。

     しかし、映画が面白いのも、この「飢餓海峡」という小説における水上勉の異様なまでの執念に似たなにかに半分以上由来していると思う。「飢餓海峡」を読み終えた今、わたしの頭の中を、あのモノクロフィルムに描き出された津軽海峡が、岩幌町が、歓楽街が、舞鶴の町が、どーっと通り抜け、伴淳三郎の顔、三國連太郎の顔、左幸子の顔、高倉健の顔、藤田進の顔、それらの顔の印象が刻み込まれたかのようにしっかりと通り抜けた風景の後に残っている。もうどちらがどちらだかわからない。

     おそらく、小説の「飢餓海峡」と映画の「飢餓海峡」とでは、互いに屈指のエンターテナーが相互補完的にこの人間の業の渦巻く戦後社会の闇を描いているのだろう。それは、原作小説と映画とが徹底的に乖離している「砂の器」とはまったく違った意味で、あるべき社会派ミステリの姿の到達点かもしれない。

     それにしても、作中に出てくる娼婦宿の主人が、娼婦たちから慕われている立派な好人物、と描かれているのにはびっくりした。今の作品では小狡い小悪党としか表現させてもらえまい。時代背景ゆえというか、「飯を食わせてやれることが人権だ」というか……。
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    ~ Comment ~

    Re: miriさん

    長いこと読もうと思っては重苦しい人間ドラマに挫折……というか、八重さんが悲惨な境遇になるのはわかりきってるじゃないですか。それ考えると暗い気持ちになって読むどころではないという(^^;)

    だから、劇場で見たのがものすごいインパクトで。

    そのインパクトが強すぎてさらに読めなくなった(^^;)

    永遠の傑作ですね。

    こんにちは☆

    >もうどちらがどちらだかわからない。

    私は若い時に読んでいて、すっかり詳細を忘れていたのですが
    4年前にポールさんがリクエストしてくれて
    映画を再見したのをきっかけに、小説も再読、テレビドラマも再見と、
    今はその3つがまぜこぜになって分からなくなっています(笑)。

    >おそらく、小説の「飢餓海峡」と映画の「飢餓海峡」とでは、互いに屈指のエンターテナーが相互補完的にこの人間の業の渦巻く戦後社会の闇を描いているのだろう。

    おっしゃる通りだと思います!
    今現在でもそういう作品もあると思うけど
    やっぱりこの作品には遠く及ばないかと・・・。

    >それは、原作小説と映画とが徹底的に乖離している「砂の器」

    こちらもおっしゃる通りですね~!
    一所懸命に読んだのに、なんたる映画か?って感じでしたね(笑)。
    若い時に読んだんですが、こちらはしっかりと覚えていました。
    若い時と言っても、飢餓海峡よりはまだ今に近い時でした(笑)。

    しかし、ポールさんが「飢餓海峡」を
    読まれてなかったなんてビックリしました!

    では、今年もどうぞ宜しくお願い致します(ペコリ)。


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