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    「ショートショート」
    SF

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    「胃潰瘍だということですね。これを飲んでください。小型カメラロボットです。完全バイオロボットですから、内部を写した後は消化されますのでご安心を」
     わたしはカプセルと水を渡した。男は黙って飲んだ。
     それにしても、犠牲者総数五十億人ともいわれる大虐殺事件の責任者と会うなど、医者をしていてそう何度もあることではない。わたしは興味津々で目の前の小男を見つめた。
     男は浅黒く荒れた肌をしていた。この男が、銀河帝国宇宙軍のグラース参謀長、別名を反語を込めて「慈悲の一撃(クー・ド・グラース)」と呼ばれた男なのか。意外なことに、男は地方の小役人みたいな顔をしていた。とうてい恒星系ひとつをただの見せしめのために大虐殺するようなことを立案、実行できる人間とは思えない。
    「胃潰瘍になるくらいですから、よほど悩まれたのでしょうね。肌が荒れているし、色も悪いですよ」
     そうわたしがいうと、グラースは身体を折り曲げて突然笑い出した。
     驚くわたしに、グラースは涙をぬぐいながらきんきん声で答えた。
    「いや、失敬、失敬。先生の言葉がおかしくて。わたしは、なにも悩んだりしていないのです。それどころか、これ以上晴れやかな気分でいるときもないくらいなのです。意外でしょうか?」
    「……はあ」
     呼吸困難を直して、グラースは姿勢を正した。
    「その理由をお話しするには、ちょっとわたしの独特な事情をお話しなければなりません。カプセルが溶けるまで、時間もあるでしょう。それは、二年前に遡ります……」

     二年前、わたしは参謀になれるかなれないかというところでした(とグラースは語り出した)。軍隊内で出世を争っていた、強力なライバルがいて、どちらかいっぽうが敗れて、出世コースから完全に脱落しなければならないということはもはや明白な事実でした。
     もちろん、出世コースからはずれるなんてことはわたしはいやでした。そのために、わたしは、取るべき手段を取ることにしました。
     具体的な手段は明かせませんが、ライバルのその男は事故に遭って、出世競争から脱落することになりました。残念なことに死ななかったのですが、わたしは参謀就任後に政治力を使って彼を基地しかないような辺境星系に四十年ほど島流しすることで自分の安全を守りました。
     やつが拳銃自殺したのは、その直後でした。遺書には、わたしに対する恨み言が連綿と書かれていたそうです。
     それだけならば別にいいのですが、わたしの身体には、困ったことが起きていました。
     最初はただの皮膚の炎症かと思っていたのですが、その炎症が人の顔として浮かび上がってきたのには参りました。
     それは、わたしが蹴落とした男の顔でした。いわゆる、人面疽というやつです。
     軍の病院は最新医学の成果が集められていましたが、それをもってしても、この病気には手も足も出ませんでした。切除しても、切除しても、男の顔は浮かび上がってくるのです。
     わたしはほとほと参りました。これでは、軍人退役後の社交会デビューにおいて非常なハンデとなってしまいます。
     それだけでは話は終わりませんでした。実は、あの男には、婚約者がいたのです。基地しかない辺境惑星で四十年、という運命を負わせるには、彼女の家は上流すぎました。当然、婚約は破談となりましたが、男を深く愛していたその婚約者は、心を病み、三ヶ月後に投身自殺をしてしまったのです。同じように、遺書には恨み節が書き連ねられていたそうです。
     しばらくして、その女の顔までが、わたしの身体に浮き出てきたときにはどうしようかと思いましたね。
     困り果てましたが、そのとき、わたしの頭に電光のごとく啓示がひらめきました。まさにそれはコペルニクス的転回でした……。

     わたしはグラースの話を聞いて、身の毛もよだつようだった。
    「そこで、例の大虐殺になるわけだ。あなたは五十億人をわざと残虐に殺させた。それもこれも、自分を恨ませて、そのライバルと同等の恨みのこもった人面疽を浮かび上がらせるためだけに!」
     グラースはにやりと笑ってうなずいた。
    「人間の身体の表面積は、平均的な人間でおよそ二平方メートル弱です。それを五十億で割れば、ひとつひとつの人面疽の大きさはおよそ三百平方マイクロメートルといった程度にしかなりません。簡単にするために正方形と考えると、その一辺はわずか十七マイクロメートルというところです。千分の十七ミリですね。だいたい厚手のアルミ箔程度の厚さに相当します。細胞一個分ですな」
     グラースはかぶりを振った。
    「ひとつひとつがこれだけ小さくなると、肉眼では、いったいなんなのかを見分けることはまず無理です。ほら、そこに先生のでしょうか、小型の顕微スコープがある。お疑いならばわたしの皮膚を拡大して見てみてください。なかなか面白い群像を見ることができますよ」
    「……いえけっこう」
     わたしは喉がからからになるのを覚えつつ断った。冗談なのか本気なのか知らないが、冗談だとしたらなんと悪趣味な冗談だ!
    「そろそろ、カプセルも溶けたのではないですか、先生?」
     はっとして、わたしは時計を見た。
    「そうですね。今、モニターを入れます」
     わたしはモニターのスイッチを入れた。
     映ったものを見て、わたしは悲鳴を上げた。
     そこに映った潰瘍は。
    「人の顔……!」
     恨めしげに見つめるそれは、確かに人の顔だった。
     グラースはつまらなそうに呟いた。
    「また、五十億人殺さなくてはならないのか。……いや、もっとか」
     わたしは、胃袋に氷柱でも突き刺されたかのような気分で、目の前の小男を見ることしかできなかった……。
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    こんな救いようのない外道な男でも、自分が作ったキャラクターだと思えばかわいいもので……。

    ところで、名前間違えって……「白旗の少女」のことですか? そのくらいの間違いはわたしでもしょっちゅう……(^^;)

    おはようございます^^

    わぁ~~~~><

    気持ち悪っ!!
    想像した人面疽も、こやつの精神も^^;;
    でも、このぐらいの狂気がなければ、大量虐殺なんて出来ませんね。

    それから――
    ま、また名前を間違えましたっ!!
    すみません、もう本当にすみません!!
    打ち間違いなどと、言い訳にもなりません(汗)

    Re: ミズマ。さん

    お食事中気色悪い小説をお見せしてまことに申しわけありません(笑)

    近々mixiにUPした小説もこっちへ持ってこようかなどと考えております。

    さらに零細に磨きがかかってしまったりして(爆)。

    NoTitle

    初コメントが顔だったのは、ブラック・ジャック先生への愛ゆえです(笑)。
    もぐもぐとお昼ご飯を食べながらコメントしておりました。
    残念ながらmixiは未読でありますよー。

    こちらこそ、ご贔屓に!

    Re: ミズマ。さん

    はじめまして。

    ブラック・ジャックは覚えてます覚えてます。顔の上に人面疽ができる話ですよね。あれ気持ち悪かったなあ(^^)

    実は人面疽のほうがいいやつだった、というところに手塚先生のシニカルさを感じたものです。

    星新一先生と比較されると畏れおおくて平伏してしまいます。あんな天才、生きているうちには二度と巡り会えないだろうなあ。なんたって、星先生の駄作は、ほかの作家の傑作レベルだもんなあ。

    初コメントが「顔」ということは、もしかしたらmixiの「本格小説」も読んでいらしたんですか? あのアプリには同題のバカネタをさらしておりますので、もしかしたらと。

    今後もよろしくご贔屓お願いします~。

    NoTitle

    初めてコメント致します。ミズマ。と申します。

    人面疽の話は「ブラック・ジャック」にもありましたね。それはこんなに大量虐殺しておりませんけれども。

    ポール・ブリッツさんの書くお話は確かに星新一さんを連想させますね。ただ、それよりちょっとシニカルな視点が多いかなぁ、と思いました。

    「ショートショート」面白いです。頑張って読破するぞ!

    >ネミエルさん

    やっぱり気持ち悪い?(^^;)

    失礼しました。

    おおっ

    想像してしまいました。

    きもちわるっ!

    なんですか、それ。

    きもちわるっ!!

    なんていうか・・・はい。
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