東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ23位 事件 大岡昇平

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     2012年度版の「東西ミステリーベスト100」について、いいたいことはいろいろあるが、中でもいちばん文句をいいたいことは、この「事件」が200位以下の完全ランク外に落ちたことである。それに気付いたときは、「ウソだろ?」と思った。隅から隅まで見回してもこの作品がないことを知った時には、25年して日本のミステリ界は完全に知的退化したのか、と思ったほどだ。なぜならこの作品は、どんぐりの背比べのような日本の法廷ミステリの中にあって、収穫であると断言できる数少ない『古典』であり、読みだしたら止まらない徹夜本であるからである。

     たしかに、これを初めて読んだ大学三年時においては、どうせ『純文学』くさい『社会派』であり、この23位という位置も、頭の古いファンの懐古票にすぎないんじゃないか、という先入観に従って読んだのは事実だ。しかし、その日はほんとに我を忘れて夢中になり、徹夜して一気読みしてしまい、翌日、眠い目をこすりながら、文豪と、これを日本推理作家協会賞に選んだ当時の識者たちに土下座する思いであった。たしかに、この本は、『文学』であることを目指して書かれた、『社会派』的な、小市民的な舞台で、小市民的な動機に基づく、小市民的な犯罪を題材にしたものだが、ミステリ的には、過去に類例のない実験作である。いったいどこの誰が、『当たり前な若者の犯した、当たり前な殺人事件に伴う、当たり前な裁判で、当たり前の判決が出るまで』でこんなに長い小説を書こうなどと考えるのだ! しかも、平凡な判決しか出るわけのない裁判なのに、次から次へと新事実や新証拠が出てきて、作中の裁判官のセリフではないが「ただこの事件に、彼ほどの弁護士がこれだけ精魂をこめて、働かなければならない性質のものかどうか、という点に疑問を」覚えたくなるのも無理はないなあ、とまで思えてくる。

     また、この小説の、「裁判というものをできる限り正確に記録しよう」とでもいうような、一種の過剰なまでのドキュメンタリズム精神と情報量は、昭和三十年代半ばの日本の裁判はどのような考えのもとでどのような手続きによって行われていたか、を知るうえでかっこうの素材であるともいえる。何気ない一つ一つの手続きに、どのような理念と法律があり、そしてそれを、判事や検事や弁護士はどう使って戦い、真実を明らかとしようとするのか、その一挙一動にも息詰まるようなドラマがあるのだ。

     今回は二十年ぶりに再読し、あまりの面白さにこれまたぶっ続けで読んでしまった。読みながら食べたバーミヤンの野菜炒めのうまいことといったらなかった。法律、とか、裁判、とかの嫌いな方にこそぜひ読んでほしい作品。もし、この小説を中学生のおりに読んでいたら、人文学などやめて法学部に……入っていなかっただろうな。そういう人間だから本書を楽しく読めるのかもしれない。
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    ~ Comment ~

    Re: 百物語ガールさん

    そういや、中学の図書館にも、澁澤龍彦選集のひとつとして、「O嬢の物語」があったなあ。いかにも文学作品らしいハードカバーだったから、誰も借りる様子がなくホコリをかぶってて、わたしなんか、「ふっ、無知蒙昧なグニャチンどもめ」と(笑)

    エロはシチュエーション派です。どうでもいいですけど、愛欲小説ブログに「恥ずかしがりたがり。」ってのがありますが、あれやたらと面白いですな。数年来の隠れファンです。

    NoTitle

    > だからそういうものを期待すると裏切られます
    エロ小説は高校生くらいで卒業したんで、大丈夫だと思います。
    エロは、高校生、あるいは大学の頃くらいまでは文章の方がコーフンしたんですけどねー。それ以降は、人並みに画像や映像の方がコーフンするようになりましたね(爆)
    コーフンしすぎちゃって、『O嬢の物語』をなかなか読み進められなかったのは、今思うといい思い出かなー(^^;
    って、どんないい思い出なんだよ!(爆)

    でー、ちなみに、エロ。ブリッツさんは映像・画像派?
    それとも文章派?(爆)

    Re: 百物語ガールさん

    「武蔵野夫人」、大岡先生は国木田独歩の「武蔵野」に感銘を受け、自分も自分なりの「武蔵野」を書こうとしたら、編集者に「それでは売れません」と勝手に「夫人」をくっつけられてしまったそうで、「まるで姦通小説かエロ小説みたいになってしまった」と激怒したそうな。

    だからそういうものを期待すると裏切られます。恋愛小説としてはずば抜けて面白いそうですが。(笑)

    NoTitle

    そうそう。
    これ、最近創元から出たみたいで、読んでみたいなーと思ってたんですよ。
    いや。きっかけは、去年の夏、100分de名著でやってた『野火』を今さら見たからなんですけどね。
    『野火』、読んでみたいなーと思ってアゾマンで見たら、これが出てたというわけ。
    ちなみに、『武蔵野夫人』も読んでみたい!って思っんだけど、そっちはどお?(^^;

    Re: 椿さん

    何度もドラマ化されたり、映画化されたりしていますね。

    入手しやすくおすすめなのは野村芳太郎監督の映画版。マジでできのいい映画なのです。大竹しのぶが若いんだ(笑)

    NHKは好評につき「事件」「新・事件」とシリーズ化しましたが、この設定の主役の弁護士だけ使ってヒューマンドラマにしたのはあざとすぎると思うぞ(笑)

    NoTitle

    これは確かNHKでドラマ化したのを見たような気がします。(父親が超プッシュしてきて一緒に見ろ! と言われた)
    ドラマがすごく面白かったのは覚えていますが、そう言えば原作は未読でした。読みたくなってきましたね^^

    Re: 面白半分さん

    新潮版はベストセラーのうえにロングセラーなので山のように出てますから、創元版が100均棚に並ぶのもすぐなような気がします(笑)

    それに創元版のほうが字が大きそうですもんね(^^)

    NoTitle

    刊行当時の解説採録と
    最近の評論家による解説の二本立てならいいですね。

    創元なら資料性を加味しやってくれるかもしれない

    という事是非。

    私は108円棚で探しますわ

    Re: 面白半分さん

    見てみたら去年の11月、創元から新版が出ていたΣ( ̄□ ̄;

    これは解説読むためにも買えいうことやろか。

    Re: 面白半分さん

    いや、わたしもこの「東西ミステリーベスト100」がなかったら完全にアウトオブ眼中でした。これを踏破するためにあきらめて読んでみたらめちゃくちゃ面白かった、という作品はけっこうあるので、やはり温故知新というのは大事だな、と思います。

    中でもこの小説の異様なほどのリーダビリティはぜひともご一読をおすすめします。

    昭和の「社会派推理小説」が残した膨大な作品の中で、真の意味で「古典」と呼んでいいのは、本書と「白昼の死角」だけじゃないだろうか、そんなことまで考えてしまいますねえ。

    NoTitle

    ああこんな作品が「東西ミステリー」にあったなあとしみじみ思い出しました。
    というのも当時は全く興味の対象外であったらしく明らかに読む対象から外していました。

    でも今回のポール・ブリッツさんの記事で気になってきました。

    でも本作品入手できますかね。
    ブックオフにあっても見過ごしてしまいそうです。
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