鋼鉄少女伝説
鋼鉄少女伝説 5 五月

第二部 ファルサロス編
ファルサロスの戦い
日時/前四八年八月九日
場所/ギリシア・ラリサ県ファルサロス
三頭政治崩壊後、対立するカエサルとポンペイウスは共和制ローマを割って内乱を引き起こした。ルビコン川を渡ったカエサルにローマを追われたポンペイウスは、東方属州の部隊を集めるとギリシアにて再起を図った。カエサルはポンペイウスを討つためギリシアへ向かい、ほぼ二倍の兵を率いるポンペイウスと決戦を行った。兵力的にはポンペイウスが圧倒的に有利だったが、カエサルの巧みな用兵の前にポンペイウス軍は壊滅、逃れたポンペイウスもエジプトで王の士官に暗殺された。この戦いの勝利で覇権を確実にしたカエサルの手により、ローマ帝国の礎が築かれることとなる。
5 五月
ぼくは、足音も荒く部室棟の廊下を歩くと、ノックもせずに目的の扉を思いっきり押し開けた。扉には「シミュレーションボードゲーム同好会」と大きく書いてある。
朝一番だった。一時限目の前に部室棟なんかに来ている学生は、よほどの物好き以外いやしない。
すごい部屋だった。壁にある棚には無数の古びたボードゲームの箱が積み重なっている。それはもはや「地層」とも呼べるものだった。そしてもうひとつの棚にはこれまた無数の本。部屋はきれいに掃除されていたけれど、女の子らしいかわいらしいアクセサリーなどはまるでなし。ここはほんとに女子部員しかいない部活動の部屋なのか。
中央の机では二人の女子生徒が、無数の駒の乗ったカラフルな盤とその脇にちんまりと置いてある乾燥梅干しの小袋とをはさんで、顔を突き合わせていた。一人はポニーテールと呼ぶにはあまりにも乱雑なヘアスタイルに分厚いレンズの眼鏡。もう一人はショートカットに大きな瞳。この同好会の物好き二人組だった。
「キリコ!」
ぼくは怒鳴った。女子生徒の片割れ、ポニーテールに眼鏡のほうが、盤から頭を上げてこちらを見た。
霧村早智子。こいつのおかげでぼくは。
「どうかした?」
「どうかしたじゃなくてな、お前」
ゆうべやってきたメールのプリントアウトを、その鼻先に突きつける。
「これを読んでみろ!」
キリコは席を立つとぼくのほうに歩み寄り、身をかがめてわざとらしくプリントアウトにじいっと目を向けた。
「MAPの招待状じゃない」
MAPというのはマルチメディア・アミューズメント・プレイスの略で、昨今ちょっと大きなゲームセンターなんかに置かれている、高機能な多目的電脳娯楽施設だ。
「どこから送られて来たと思う!」
キリコはこれまたわざとらしく、ううん、と、うなってみせた。
「ゲーム会社からかな?」
「そうだよ! SGSからだ!」
SGSとはストラテジック・ゲーム・ソサエティの略で、あのいまいましい「エインシャント・アート・オブ・ウォー2038」を作ったイギリスの会社だ。
「よかったわね」
「いいもんか!」
プリントアウトを畳んでポケットにしまうと、ぼくは深呼吸してから一気にまくしたてた。
「この連休中から、君たちはぼくの家に来てさんざんゲームをやったな」
そう。キリコとユメちゃんは家に押しかけては、ぼくをつきあわせて連日のごとくゲームをやりやがったのだ。ユメちゃんが来るのはまあいいけど、キリコは傍若無人だった。連勝に次ぐ連勝で、いつの間にか、ぼくは「中将」にまで出世していた。こんな短期間のうちに。ここまで勝つと、相手もガードが固くなり気軽に戦ってくれなくなるため、最近では「少佐」程度の相手と戦う程度だが。
「それだけならまだいいけど、あの時の初期設定で、登録メールアドレスをぼくのメインのアドレスにしただろう。なにかSGSから打診されたらしいということが、メールがやって来たか来ないかのうちにどこかから漏れ出して、ぼくのパソコンにはもう次から次へと、日本全国はおろか世界中から、質問と羨望と挑戦のメールが来っぱなしなんだ! 世界中からだぞ! おかげで通信添削の返送メールにたどりつくまでに、山のようなスパムメールの精神刺激で目と耳がちかちかするわ、メールボックスの掃除は大変どころのさわぎじゃないわ……全部、君たちのせいだからな!」
がたん、と音を立てて、ユメちゃんが立ち上がった。その顔は、蒼白になっていた。
「浦沢先輩……先輩のお心に、あたし、ひどいことをしてしまいましたか?」
いかん。
今にも泣きそうになっているユメちゃんの表情に、しまったと思った。おそらくこちらの顔も蒼くなっていただろう。
「いや、ユメちゃんが悪いんじゃなくて、悪いのは全部この女で」
しどろもどろ。
「会長のしたこともあたしのしたこともいっしょです! あたしが調子に乗っちゃったのが全部いけないんです!」
「そ、そんなことはないさ」
おろおろした。この部室に乗り込んで来たのはキリコの責任を追及するためであって、ユメちゃんをそんな気分にさせるためではないのだ。
「いっしょです。会長と先輩が争っている姿を見ると、あたし、あたし……」
「だから、ユメちゃん。そう、深刻に考えないで、ね。世の中争いばかりでもないんだから」
ぼくは今や懇願していた。なにしに来たんだかわかりゃしない。
「それで順昇?」
キリコは眼鏡の位置を直した。
「あなた、スパムメールが来たことに文句をつけるためだけにここに来たの?」
我に返った。
「そんなわけないじゃないか」
いったんポケットに収めたプリントアウトをもう一度引っ張り出す。
「ここを見ろよ」
プリントアウトの一節を指差してみせる。
キリコがまたもやわざとらしく顔を近づけると、成り行き上ユメちゃんも顔を寄せてきた。
ユメちゃんとここまで接近したので、つい鼻の下が伸びた。するりと手が滑り、プリントアウトが宙に舞った。
ユメちゃんが、落ちていくプリントアウトを、すい、と空中に手を伸ばして取った。なにげない動きだった。
「浦沢先輩。お気をつけて」
「あ、ああ、ごめん」
プリントアウトを受け取って、ユメちゃんに頭を下げた。視線をずらしてキリコを、きっ、と睨みつけると、ぼくは該当部分を読んでみせた。
『……株式会社MAPとSGS・ジャパンは、MAP上に配給される新型ソフトのテストプレイヤーとして、浦沢順昇様、あなたをご招待します。つきましては、本日十七時以降の近日中に以下のパスワードを控えた上で、ご自分の戦績を収めたライトメモリーカードを持って、お近くのMAP設置店へ……』
「よかったじゃない」
キリコは唇をややすぼめるようにしていた。笑いをこらえていやがるな、この女は。
「どこがだよ」
ぼくはキリコをにらみつけた。
「テストプレイヤーだぞテストプレイヤー!」
「テストプレイヤーのなにがいけないの」
「キリコはどうだか知らないが」精一杯のイヤミ。「このぼくは受験生なんだ。大学を受けるんだ。テストプレイなんかにつきあっている暇はないね」
キリコは理解しがたいとでもいうように首を左右に傾けた。
「その程度の暇くらい作りなさいよ。あまり余裕のなさすぎる生活ばっかりしていても大学には受からないわよ」
テーブルの上の盤と駒とを指し示す。
「順昇もやってみない? いい気分転換になるから」
「けっこうだ」
首を横に振って拒絶の意志を明らかにした。
「浦沢先輩、ちょっとだけでもやっていただけませんか」
ユメちゃんがいった。
「え? いや……その」
ついふらふらっとしてしまったが、理性が勝った。
「いいや。ぼくにはこの手のゲームは向いていないんだ」
脳裏に小学生の頃のあのおぞましい想い出が蘇った。
首を振って追い払う。
ユメちゃんが見つめていた。
心が揺らいでくるのをおぼえ、無理やり目をそらす。
「でも、順昇、MAPには来てくれるんでしょう?」
キリコの当然のようなものいいが癇に障って、短く答えた。
「行かないよ」
「ユメちゃんは来るわよ」
「…………」
その言葉に対してなにかをいおうとしたとき、予鈴が鳴った。ぼくたちははじかれたように部屋を飛び出して、教室へと向かった。
予告
人の運命を司るのは神か、偶然か。
それは、時の回廊を巡る永遠の謎掛け。
だが、キリコの運命を変えたのは『猛将パットン』と呼ばれたあの物体。
平凡な家庭の闇の中で走り抜けた戦慄が今、高校生の胸に甦る。
次回、『過去』
紙製の駒のシャワーの中から、なにかが微笑む。
(ナレーション:銀河万丈)
人の運命を司るのは神か、偶然か。
それは、時の回廊を巡る永遠の謎掛け。
だが、キリコの運命を変えたのは『猛将パットン』と呼ばれたあの物体。
平凡な家庭の闇の中で走り抜けた戦慄が今、高校生の胸に甦る。
次回、『過去』
紙製の駒のシャワーの中から、なにかが微笑む。
(ナレーション:銀河万丈)
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~ Comment ~
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鋼鉄少女、お待ちしておりました!
あー、ネタかぶりとおっしゃってたのはこの辺りの展開でしたか。
いや、(キリコちゃんの)実績の上での招待されてのテストプレイですから全然かぶってないですよー。
これは全国から集められた猛者テストプレイヤーたちとの戦いでの(キリコちゃんの)重厚な指揮ぶりとか(ユメちゃんの)華麗な用兵とか期待してしまって良いでしょうか!
とりあえず次回は過去編ということで、そちらも楽しみにしております。
あー、ネタかぶりとおっしゃってたのはこの辺りの展開でしたか。
いや、(キリコちゃんの)実績の上での招待されてのテストプレイですから全然かぶってないですよー。
これは全国から集められた猛者テストプレイヤーたちとの戦いでの(キリコちゃんの)重厚な指揮ぶりとか(ユメちゃんの)華麗な用兵とか期待してしまって良いでしょうか!
とりあえず次回は過去編ということで、そちらも楽しみにしております。
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Re: 椿さん
そういう展開にならないわけがないじゃないですか(イヤらしい笑いで(^皿^))
人間とは信じていいものであろうか(深遠なテーマ)