東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
日本ミステリ29位 黄土の奔流 生島治郎
初読のときは高校生。二十五年ぶりである。この本を再読するのは楽しみだった。運よく本も図書館にあった。いや、あるのは前から知っていたが、老眼もしくは目が悪い人向けの「大活字本」だったのである。字が大きすぎて読みにくいかと思ったのだが、普通に机の上において読んだらすらすらと読めた。別に老眼になったつもりはないが、歳を取ったのだろうか。トキノハエハヤヲコノム。キビシイ。
国産冒険小説黎明期である昭和四十年発表の作品である。読み返して驚いたことに、全く古びていない。エキゾチックな風景、危険な任務、一筋縄ではいかぬタフな男たち、はっとするような美女、喉を灼く酒……スタイリッシュでかつ、愚直なまでにオーソドックスな、「大人の童話」である。「大人の童話」ということでは、クィネル「血の絆」もそうであったが、「黄土の奔流」のほうがいささかひねくれた男向きか。「血の絆」にあった甘さは、こちらではかなりビターなものとして処理されている。そこがたまらんのである。
舞台が大正十二年の中国大陸というのもまたよろしい。武装した土匪だの軍閥だのがうようよし、それぞれが自分の野望と欲望のために相争う中を、おんぼろのジャンク船で揚子江をさかのぼり、重慶まで二千キロの船旅をするのだ。宝物は、第一次大戦のバブルがはじけた不景気の中で、軽工業国である日本にも簡単に作れる「歯ブラシ」の原料である大量の豚毛。高級品を作るために必要な上質の真っ白なそれは、物資難の世界では同じ目方の黄金以上の価値があるのだ。なんというか、秘境冒険小説プラス北斗の拳みたいな世界である(そういえば蒼天の拳という漫画もありましたな)。そこで出てくる飯のうまそうなこと。さすが昭和八年上海生まれ。安いものでは屋台で売っている揚げた臭豆腐に薬味の辛子をたっぷりつけたものを高粱酒で、から始まり、全財産を失った主人公が最後の散財と乗り込んだレストランで頼む中華料理のフルコースでは「『そのあとは湯(タン)だ。料理が脂っこいから、鮑と卵のあっさりしたスープがいい。冬瓜をくりぬいた中へ入れてくるんじゃないぞ。気取ったつもりかもしれんが、あれじゃ湯の味が台なしになるからな』」とくる。捕虜交換のために乗り込んでいった土匪のアジトで美人の女首領と取る昼食には、得体のしれない、しかしやたらとうまそうな、ハマグリに似た二枚貝が。「殻の間から鮮やかな血がにじみ出している」「血の味はそれほどでもなく、ちょうど塩辛に似た風味が舌の上に広がった」「『その貝を好きだと言った日本人はあなたで二人目よ』」。よくできた冒険小説はよくできた飯テロ小説でもある。いやになるほど腹が減ってきた。もちろん、飯を食うばかりの小説でないのは当然だ。格闘、銃撃戦、交渉、陰謀、次から次への手に汗握るシーンの連続と、これ以上ないくらいに決まったラストには、冒険小説を読み、そして書く者の喜びが詰まっている。それだけでもないらしく、本書とその続編を「ツンデレBL小説」と読んだ人のレビューを見てわたしは軽いショックを受けた。そういう視点もあるのか……。
国産冒険小説黎明期である昭和四十年発表の作品である。読み返して驚いたことに、全く古びていない。エキゾチックな風景、危険な任務、一筋縄ではいかぬタフな男たち、はっとするような美女、喉を灼く酒……スタイリッシュでかつ、愚直なまでにオーソドックスな、「大人の童話」である。「大人の童話」ということでは、クィネル「血の絆」もそうであったが、「黄土の奔流」のほうがいささかひねくれた男向きか。「血の絆」にあった甘さは、こちらではかなりビターなものとして処理されている。そこがたまらんのである。
舞台が大正十二年の中国大陸というのもまたよろしい。武装した土匪だの軍閥だのがうようよし、それぞれが自分の野望と欲望のために相争う中を、おんぼろのジャンク船で揚子江をさかのぼり、重慶まで二千キロの船旅をするのだ。宝物は、第一次大戦のバブルがはじけた不景気の中で、軽工業国である日本にも簡単に作れる「歯ブラシ」の原料である大量の豚毛。高級品を作るために必要な上質の真っ白なそれは、物資難の世界では同じ目方の黄金以上の価値があるのだ。なんというか、秘境冒険小説プラス北斗の拳みたいな世界である(そういえば蒼天の拳という漫画もありましたな)。そこで出てくる飯のうまそうなこと。さすが昭和八年上海生まれ。安いものでは屋台で売っている揚げた臭豆腐に薬味の辛子をたっぷりつけたものを高粱酒で、から始まり、全財産を失った主人公が最後の散財と乗り込んだレストランで頼む中華料理のフルコースでは「『そのあとは湯(タン)だ。料理が脂っこいから、鮑と卵のあっさりしたスープがいい。冬瓜をくりぬいた中へ入れてくるんじゃないぞ。気取ったつもりかもしれんが、あれじゃ湯の味が台なしになるからな』」とくる。捕虜交換のために乗り込んでいった土匪のアジトで美人の女首領と取る昼食には、得体のしれない、しかしやたらとうまそうな、ハマグリに似た二枚貝が。「殻の間から鮮やかな血がにじみ出している」「血の味はそれほどでもなく、ちょうど塩辛に似た風味が舌の上に広がった」「『その貝を好きだと言った日本人はあなたで二人目よ』」。よくできた冒険小説はよくできた飯テロ小説でもある。いやになるほど腹が減ってきた。もちろん、飯を食うばかりの小説でないのは当然だ。格闘、銃撃戦、交渉、陰謀、次から次への手に汗握るシーンの連続と、これ以上ないくらいに決まったラストには、冒険小説を読み、そして書く者の喜びが詰まっている。それだけでもないらしく、本書とその続編を「ツンデレBL小説」と読んだ人のレビューを見てわたしは軽いショックを受けた。そういう視点もあるのか……。
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