哲学者になれなかった男の語る哲学夜話
クセノパネス
タレスが「万物の根源は水だ」と説いてから、ギリシア、特にミレトスと呼ばれた小アジアのギリシア植民地では、そうした「万物の根源」を探ろうとする知的な運動が活発になった。その中でも代表的な人物が、アナクシマンドロスとアナクシメネス。
アナクシマンドロスは、「万物の根源は水ではない。それは、無限なるものだ」と説いた。アナクシマンドロスには、どう考えても、水で万物が作られているとは思えなかったのだろう。この説は、何となくものすごく奥深いことをいっているようで、哲学を学ぶ学生がおおっと驚き、喜ぶ。しかし、よく読んでみると、「万物の根源は水ではなく、よくわからないものだ」といっているのと同様であることに気づくだろう。よくわからないものの正体を説明するのによくわからないものを持ち出したのではしかたがないのである。
アナクシメネスは、「万物の根源は水ではない。それは、空気だ」と説いた。言っちゃ悪いが、これじゃ「水だ」と同レベルである。どうやら、アナクシメネスは、アナクシマンドロスの考えた「無限なるもの」とは空気だ、と考えていたらしいのだが。
この三人が、それぞれミレトス出身であったことにちなみ、ミレトス学派という。いずれも自然学者だが、やっぱり一番最初に始めたやつが一番偉いんじゃないか、ということになっているので、ここはタレスがえらいとしておく。
さて、そうした自然学という革命的なことが起きた紀元前6世紀は、宗教の面でもとんでもないことが起きていた。その口火を切ったのが、クセノパネスという小アジアのコロフォンに住んでいた人。この人を哲学者とするかどうかについては、いろいろな見方があるが、まず第一に詩人である、というのがもっぱらの評価である。そして第二に宗教改革者。理屈よりもパッションの人だったらしい。
さて、このクセノパネスという人は、たいへんにマジメな人であった。マジメな彼には、当時の社会が、めちゃくちゃ堕落していたように見えた。その象徴が、ギリシア神話である。マジメな彼は、自分の詩の技巧のすべてを使って、ギリシア神話と神々を攻撃した。
なんで神様のような素晴らしいものであるべき存在が、殺し合いだとか不義密通だとか、この世界の悪徳を煮詰めて凝縮したようなことばかりやっていなければならんのか! ヘシオドスの「神統記」なんて、神々の悪徳しか書いていない、悪徳の塊みたいな本じゃないか! それもこれも、神様が人間なんかに似ていると考えるから間違っているのだ!
別に、ギリシア各地の神話を集めて編纂し、体系的な詩文にまとめた詩人のヘシオドスは、悪徳を宣伝するために「神統記」を書いたわけではないのだが、このまじめなクセノパネス先生にはそう見えるのである。
人はクセノパネスに聞いたんじゃないのかな。それじゃ、あんたの信じる神様はどんなもんなのかい、と。
クセノパネスはマジメな人である。彼は書物を集め考えに考えたのだろう。そこに入ってきたのが、タレスたちミレトス学派の「万物の根源は~である」という最先端思想だった。
それを読んで、クセノパネスはひらめいたらしい。そうだ! この「万物の根源」こそ、神なのだ! と。神は唯一で、不動にして不滅。その姿は、ギリシア人が完全と見なしていた、球形をしている。神は完全で、善と美そのもの。多神教が当たり前の古代当時としては過激なほどの抽象的な神を信じる一神教である。
かくして、クセノパネスは、ギリシア世界で、最初の「一神教」を説いた人として名を残した。しかし、こうした過激なまでの一神教は、当時のギリシアではそれほど流行しなかった。
とはいえ、このクセノパネスの一神教の影響は、天才ぞろいの古代ギリシアでも有数の天才のもとに及ぶ。
その天才の名をエレアのパルメニデスという。その弟子が「ゼノンのパラドックス」で有名なエレアのゼノンだ。彼らがどんな事を説いたのかについては、次回に。
アナクシマンドロスは、「万物の根源は水ではない。それは、無限なるものだ」と説いた。アナクシマンドロスには、どう考えても、水で万物が作られているとは思えなかったのだろう。この説は、何となくものすごく奥深いことをいっているようで、哲学を学ぶ学生がおおっと驚き、喜ぶ。しかし、よく読んでみると、「万物の根源は水ではなく、よくわからないものだ」といっているのと同様であることに気づくだろう。よくわからないものの正体を説明するのによくわからないものを持ち出したのではしかたがないのである。
アナクシメネスは、「万物の根源は水ではない。それは、空気だ」と説いた。言っちゃ悪いが、これじゃ「水だ」と同レベルである。どうやら、アナクシメネスは、アナクシマンドロスの考えた「無限なるもの」とは空気だ、と考えていたらしいのだが。
この三人が、それぞれミレトス出身であったことにちなみ、ミレトス学派という。いずれも自然学者だが、やっぱり一番最初に始めたやつが一番偉いんじゃないか、ということになっているので、ここはタレスがえらいとしておく。
さて、そうした自然学という革命的なことが起きた紀元前6世紀は、宗教の面でもとんでもないことが起きていた。その口火を切ったのが、クセノパネスという小アジアのコロフォンに住んでいた人。この人を哲学者とするかどうかについては、いろいろな見方があるが、まず第一に詩人である、というのがもっぱらの評価である。そして第二に宗教改革者。理屈よりもパッションの人だったらしい。
さて、このクセノパネスという人は、たいへんにマジメな人であった。マジメな彼には、当時の社会が、めちゃくちゃ堕落していたように見えた。その象徴が、ギリシア神話である。マジメな彼は、自分の詩の技巧のすべてを使って、ギリシア神話と神々を攻撃した。
なんで神様のような素晴らしいものであるべき存在が、殺し合いだとか不義密通だとか、この世界の悪徳を煮詰めて凝縮したようなことばかりやっていなければならんのか! ヘシオドスの「神統記」なんて、神々の悪徳しか書いていない、悪徳の塊みたいな本じゃないか! それもこれも、神様が人間なんかに似ていると考えるから間違っているのだ!
別に、ギリシア各地の神話を集めて編纂し、体系的な詩文にまとめた詩人のヘシオドスは、悪徳を宣伝するために「神統記」を書いたわけではないのだが、このまじめなクセノパネス先生にはそう見えるのである。
人はクセノパネスに聞いたんじゃないのかな。それじゃ、あんたの信じる神様はどんなもんなのかい、と。
クセノパネスはマジメな人である。彼は書物を集め考えに考えたのだろう。そこに入ってきたのが、タレスたちミレトス学派の「万物の根源は~である」という最先端思想だった。
それを読んで、クセノパネスはひらめいたらしい。そうだ! この「万物の根源」こそ、神なのだ! と。神は唯一で、不動にして不滅。その姿は、ギリシア人が完全と見なしていた、球形をしている。神は完全で、善と美そのもの。多神教が当たり前の古代当時としては過激なほどの抽象的な神を信じる一神教である。
かくして、クセノパネスは、ギリシア世界で、最初の「一神教」を説いた人として名を残した。しかし、こうした過激なまでの一神教は、当時のギリシアではそれほど流行しなかった。
とはいえ、このクセノパネスの一神教の影響は、天才ぞろいの古代ギリシアでも有数の天才のもとに及ぶ。
その天才の名をエレアのパルメニデスという。その弟子が「ゼノンのパラドックス」で有名なエレアのゼノンだ。彼らがどんな事を説いたのかについては、次回に。
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おお……クセノパネスさんは知りませんでしたが、ギリシア神話にツッコみを入れた古代ギリシア人が存在したんですね。
紀元前六世紀、アメンホテプ四世よりだいぶ早いですね。
一神教の概念は多神教世界への疑問や反発から生まれていったのでしょうかねえ……
紀元前六世紀、アメンホテプ四世よりだいぶ早いですね。
一神教の概念は多神教世界への疑問や反発から生まれていったのでしょうかねえ……
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Re: 椿さん
エジプトに踏み込むと泥沼がもう深くて深くて(笑) なんてったって当時世界最高のテクノロジーを持っていた国ですから。しかし、テクノロジーは持っていても「哲学」を持っていなかったのがあの国のよくわからんところです。
だからわたしは思うんですよね。今の現代人は、テクノロジーと哲学と科学を持っていますが、なにか、わたしたちが全く知らないような「なにか」としかいえないようなものを全く知らないまま文明の行き詰まりだのなんだのいっているんじゃないだろうか、と。