ささげもの

    八少女さんお題お返し

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    パイプ椅子とビデオモニターと


     おれはポップコーンを口に入れながら、粗い粒子の画面を見た。

     若い女が映っていた。場所はニューヨークの場末のバス停。常夜灯がぼんやりと停留所を照らしていた。冬ということもあり、女は両手を身体に回し、縮こまっていた。

     おれは仏頂面でポップコーンを口に運んだ。

     画面に、登場人物第二号が映った。女と同年代の若い男。女の前で立ち止まった男はかぶりをふると、女の身体を揺さぶった。女は眠っていた。男は肩をすくめると、女の身体に自分のコートをかけた。

     おれはしばらくその早回しの画像を見た。朝が来て、男はかぶりをふるとその場に女とコートを残して立ち去った。

     早回しで三十秒、現実時間では三分くらいの後、女は目を覚ました。自分にかけられたコートに気がつくと、女ははっとした様子で左右を見回し、誰もいないことを知ると、コートを残してそのまま足早に立ち去って行った。

     それからさらに早回しで三十秒。両手にカフェラテの容器を握った男が戻ってきて、とまどったように立ち止まると、がっくりと肩を落とし、二杯のラテを飲み干すと、コートを着てその場を離れた。

    「止めろ」

     おれはそういって、新聞を読んだ。内容はすっかり頭に入っていたが、もう一度頭の中で再構成をする必要があったのだ。

    「次」

     おれはあごをしゃくった。粗い粒子の映像が再び始まった。

     映ったのはこじゃれたレストランだった。あからさまに高い料金をふんだくるタイプのレストランだ。先ほどのコートを着た男が、レストランから出てくるところが映った。

     男はそのままレストラン脇の消火栓のところで立ち止まると、両手をコートのポケットに突っ込み、そわそわと時計を見始めた。

     その後、何が起きるのか実によくわかっていたおれは、無言でポップコーンを口に放り込み、続きを見た。

     そう。果物屋のトラックのタイヤがバーストして、山のように積まれていたココナツの実が荷台から放り出され、そのひとつが男の頭を直撃し、この通りが大騒ぎになるのだ。

     おれは画面を見続けた。

     延々と続く早回しの映像。だいたい画面内の時間で三十分もたったころには、警察の現場検証も終わり、男も救急車でしかるべき病院に運ばれ、通りにはまるで何事もなかったかのように元の喧騒が戻ってきていた。

     画面内にひとりの若い女が歩いてきたのはそれからだった。女はレストランの前で立ち止まると、しばらく店をにらみつけ、ふいに先ほどと同じ足取りで、憤然と、といったように歩き始めた。

    「そこまで。次」

     おれは新聞に目をやった。一面に、『「幻の男」事件』という見出しが躍っていた。

     記事によると、ミートパッキング・ディストリクト近辺で、昔だったら質屋と呼んだだろう宝石商のもとに覆面をした賊が押し入り、防犯カメラを無効化した後に鈍器でもって店主を殺害、一万ドル相当の貴金属を奪ったということだった。防犯カメラが壊される直前にかすかに映った映像は、賊が女であることを示していた。

     警察の発表によると、ミートパッキング・ディストリクト界隈のクラブを捜査していた警官が、アイリーン・ダルトン被告のコートのポケットから、物証となる指輪を発見、緊急逮捕を行った。ダルトン被告は当時泥酔状態で、指輪の入手先について、「クラブで知り合った男からもらったもの」だと主張。しかし、顔も名前も具体的なことは答えられず、「顔はもう一度見たらわかると思う。話がとても面白い男で、かなり盛り上がったことを覚えている」とのみ答えた。ミートパッキング・ディストリクト近辺で、該当する男は発見されなかったことから、警察はダルトン被告が犯人と断定し、第一級殺人罪で告訴した。

     おれはポップコーンを口に入れようとしたが、すでにカップは空になっていた。

    「次を回してくれ」

     カップを放り出し、おれは画面に見入った。

     夜。バーの戸口から出てきた男と女のふたり連れが、立ち止まって何かを話していた。それが誰だかおれは知っていた。あのバス停にいた男と女で、レストラン前でコメディじみたことをした、男と女だ。

     おれとアイリーンなのだ。

     忘れもしないあの夜、泥酔状態でバス停で眠っていた名も知らぬ女に、おれはひと目で惹かれてしまった。なんとか言葉を交わすチャンスに結び付けられはしないかと、おれは女の身体にコートをかけて、目が覚めるのを待った。しかし女はなかなか目を覚まさず、しびれを切らしたおれは、朝になって店を開け始めたドラッグストアに何か温かいものを買おうとバス停を離れた。戻って来たら女はいなかった。名前くらい調べておくのだった。職業柄プライバシーには敏感にならざるを得ない自分をどれだけ呪ったことか。

     おれは忙しい仕事の合間を縫って、女を探し始めた。ある日、クライアントと会食をしたレストランの窓越しに、こっちを見ている女の顔を見つけたときは、運命だと思ったものだ。おれはその会食の時間を手掛かりに、女が来るのを待ち構えることにした。レストランに席を確保してくれるよう頼み、おれは毎日のように店の前に立った。まさかその第一日目に、バスター・キートンのコメディ映画のようなことがおれの頭に起きるとは。ココナツの固い実の直撃を食らったおれは、脳神経外科にかつぎこまれ、三日間の安静を強いられた。

     あの女に似た人間をミートパッキング・ディストリクト近辺で見た、と聞いたおれは、そちらへと足を向けた。ふと目を止めた宝石店で、おれは指輪を買うことにした。あのココナツの一撃で、おれは保険会社から少なからぬ賠償金を得ていたから、それをつぎ込んでなかなかのガーネットの指輪を買った。その日は女は見つからなかったが、おれは希望は捨てなかった。

     希望はその翌晩に叶えられた。ブルックリンのいかさないバーに入ったおれの前で、カウンターに突っ伏して泣いていたのは間違いなくあの女だったからだ。女は明らかに、かなり酔っていたが、おれとの対話が成立しないほどではなかった。

    「お席、よろしいですか」

    「かまわないわよ」

    「ジョー・カールトンです」

    「何それ。聞かれもしないうちに名前を名乗るなんて、結婚でも申し込むつもり?」

    「それがよければ」

     女は笑った。

    「アイリーン・ダルトンよ。ふられ女ってところね。あなた、いける口?」

     おれは知っている限りの弁論術を使って、アイリーンを楽しませた。その間も、アイリーンは酒をどんどん口に運んだ。よほど世の中に恨みでも抱えていたに違いない。少なくとも、アイリーンとの会話は、実に盛り上がった。

     そのとき、おれのアイフォンが鳴った。クライアントから緊急の呼び出しだった。

     見るとアイリーンはべろべろだった。おれは丁重にカウンターから連れ出すと、料金を払ってバーの外に出た。

    「寒いわ」

     とアイリーンはいった。

    「ぼくがあなたに温かさを取り戻してみせます」

     おれは昨日買ったばかりのガーネットの指輪を取り出した。

    「受け取ってください」

    「いいの?」

    「あなたが振り向いてくれるまでは、こんなものいくつでも差し上げますよ、アイリーン」

     おれはアイリーンの薬指に指輪をはめると、そっとキスをした。

    「緩いわ」

    「締めることならこれからいくらでもできます」

     ちょうどその時、イエローキャブが通りかかったので、おれはアイリーンを乗せ、運転手に二十ドル札を渡すと、「このご婦人のいうところへ」といった。

     クライアントとの約束が遅れそうだった。おれはタクシーが行くのを見送るが早いか、慌てて事務所へと向かった。

     予測できないことが起こったのはその後だ。まず、おれが工事中のマンホールに転げ落ちて十日間も人事不省でいたことと、アイリーンがよりによって「ミートパッキング・ディストリクト」などと運転手にいってしまったらしいことだった。アイリーンを乗せた車はブルックリンからはるばるマンハッタン島に行き、そして警察の目の前に、見当違いの獲物として現れたという次第。

     十日後に意識を取り戻して新聞を開いたおれがどんな顔をしたかは想像してもらいたい。

     おれはパイプ椅子から立ち上がった。

    「カールトンさん、おっしゃった時間の、おっしゃった場所の防犯カメラの映像はこれだけですが、これでいいですか?」

    「上出来です。後はこれをモズビー弁護士に伝え、ぼくが証人として証人台に立つだけだ。あの宝石店の共同経営者は、どうしてぼくが受取票をもらって前日に買ってある指輪が、盗難品のリストに記載されていたのかについて苦しい言い訳をしなくてはならないでしょうね」

     警察の防犯カメラ施設の管理者は、にやりとした。アイリーンが巻き込まれた今度の事件の担当の警部とは仲が悪いことで有名なのだ。

    「本当は、あなたが弁護を担当したかったんではないですか? カールトン弁護士」

     おれもにやりとした。

    「それも魅力ですがね、陪審員と検事の不意を突くように突然法廷に現れて、あの魅力的な女性に、ウールリッチの小説のラストシーンみたいに、『ひとつ忠告しておこう。これからあなたに指輪を送ろうという男性が現れたときは、その顔と名前を、しっかりと覚えておくことだな』と笑っていってやれる機会というのも、そうそうないものですよ」

     おれはそういうと、笑顔で警察を後にした。



    ※ ※ ※ ※ ※


     昔はいざ知らず、いまのわたしにできるお題条件のクリアと「萌え」はこのくらいが限界か。

     はたしてこれ、女性に対して「萌え」アピールになってるのか?

     もう知らん。寝る。
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    アイリーンは萌えないでしょうし、このふたりはなかなか結ばれないでしょうが、ソープオペラというものはそういうもので、日常の行き違いとどたばたと、ドラマには事欠かないでしょうな(笑)

    誰でもいいから続きが読みたくなってきた(笑) マンハッタンの日本人みたいにならないよう、手は出さないからみなさん安心を(笑)

    NoTitle

    ポールさん超高速のレシーブですね。
    それもすべてクリア、凄いなぁ。
    サキなんかまだウンウン唸ってますよ。
    なにしろファンタジーですから。

    この作品、所々ノイズが入るモノクロ映画のようなイメージです。
    ハードボイルド風に展開しようとしても、結構コメディっぽいところがあって笑っちゃいます。
    この2人とても素直に結ばれるようには思えないんだけど、アイリーンは萌えるのでしょうか?
    カールトン、裁判所の階段を下りるときにすっころぶのに一票!

    Re: ダメ子さん

    カッコ良く決めるんでしょうね法廷では。

    カメラが待つ中、裁判所の階段を下りるときにすっころぶようなタイプだけれど(笑)

    NoTitle

    私はお子様なので壁ドンのような話になるのかと思っていたら
    まさか法廷ミステリーになるなんて

    悪徳宝石店がまさか仲人になるとは…
    事故にあわずに無事に法廷に到着するがどうかだけが心配です
    あっ、それと肝心な場面で噛んでしまって萌えシーンが台無しになるのもです

    Re: 八少女 夕さん

    額面通りの順番でやれ、と書いてあったときには正直頭を抱えました。だってあの曲の通りにやったらヒロインを裁判にかけるしかないもんな(笑)

    最初は普通のロマンス小説のように書くつもりでしたが、それは無理だ、と判断してボツにし、裁判から逆算して考え、防犯カメラ、というアイデアが浮かんでからは、モチベーションが続いている間に一気に書かなければまた破綻する、と焦りに焦った(笑)

    正直萌えポイントについてはまだよくわかってないです。女性心理は永遠の謎ですね(^^;)

    カールトン弁護士が間抜けな運命のいたずらに翻弄されるのは、ありゃ血筋かなんかでしょう(笑) たぶん法廷ではカッコいいんでしょうね。

    カーライル氏に関しては、「単なる書き間違い」です(^^;ゞ 制約キツイよお、もう許しておくれよお、とかヒイヒイいいながら書いたので、うっかり間違えた(笑)

    もうめったなことは口にするもんじゃないですな(^^;)

    ありがとうございますした!

    こんばんは。

    すごいじゃないですか、この短期間で、ここまで書けちゃうんですね。さすがです。

    アイリーンが逮捕された書いてあったのでぎょっとしましたが、ちゃんと歌詞通りに助けてもらっているし。

    そうそう、単純な壁ドンのようなその手のモノにはもうまったく萌えませんが、こういうのはやられますよね。ポールさん、よくおわかりで。

    ココナツに続き、マンホールと、かっこいい割に間抜けなことを繰り返すカールトン氏ですが、颯爽と登場した法廷で転けないことを願っております。

    素晴らしいお返し作品、どうもありがとうございました!

    ちなみにカーライル氏とカールトン弁護士は同一人物ですか?
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