「ショートショート」
SF
風評被害
「タルタルステーキなんて、何年ぶりかなあ?」
「手をさすり合わせるのはやめろよ。行儀が悪い」
「だって、肉だぜ、生肉。いいか、肉のうまみというものは、生で食べてはじめてその真価を知ることになるんだ。原始人はそれが一番うまいということを知っていたんだ。火であぶるなんてことを始めてから、人間は堕落したんだ」
「タルタルステーキだって、オリーブ油と塩コショウその他スパイスで味付けしてあるじゃないか」
「うるさいな。オリーブ油と塩コショウは天の恵みだよ。神様が人間に食えと差し出したんだ。それにくらべてだな、火というものは、プロメテウスが神様から盗んで……」
「はいはい。……おっと、来たみたいだぞ」
「そうそう。生肉。そう、上に卵黄がこう乗っかって……崩して、ケイパーと、野菜と、こう混ぜて……」
「うまいっ!」
「……たしかにうまいっ! 生肉は、この感じがいいんだよなあ。口の中でとろけて、ジューシィさがそのまま味わえる」
「うまいなあ。この店、最高だよ」
「……裏に、病院があるからだ、という話もあるぞ」
「……よせよ、そんな話」
「いや、このうまさは、それ以外に考えられない」
「そりゃたしかにうまいけどさ、飯を食っている最中にする話でもないだろう」
「……今日、子供のひき逃げ事件があったそうだな」
「頭を強く打って即死だったそうだね」
「知ってるのか」
「そりゃお前が知っているくらいだから」
「聞いているか? そのとき、子供は、牛肉のパックを持っていたそうだぞ」
「……それが、このタルタルステーキの肉になってると? ……冗談はよせよ。怪談としても、出来が悪い。怪談だったら、もっと違う展開で盛り上げるのが筋だろう」
「なんだよ、怖がらせようと思ったのに。ところで、それはおいといても、このタルタルステーキはうまいな。赤身と脂肪のバランスが絶品だ」
「……ところで、さっきの話だけど。ほんとに子供が持っていた牛肉パックが?」
「やっぱり気にしているのか」
「そういう話をおれも聞いたからさ」
「ふん?」
「倉庫から牛肉を専門に泥棒している不良少女がいて、ついに警察に逮捕されたんだが、その隠し場所をどうしても白状せず、ついには警察に責め殺されて……」
「……ふん?」
「よく考えてみればここから警察も近いんだよな」
「……あまり気持ちのいい話じゃないな」
「始めたのはお前だろう。ところで、このタルタルステーキだけど、お前に少しやろうか」
「いや、おれも、少しどころじゃなく、残りを全部お前にやろうかと考えていたところだ」
「……はははは」
「……はははは」
「…………」
「…………」
「……もし、この話が本当だとしたら、おれたち、狂っちまうのかな」
「ほんとうのわけないだろう」
「だって、お前もよく知っているだろう。例の、十年前に大発生したプリオン原因の狂畜病のせいで、ほとんどの牛、豚、鶏、羊といった家畜は、食べるとほぼ九十九パーセントの確率でウェルニッケ脳症を引き起こす有害物質になっちまったじゃないか」
「だから、ほんとうのわけがないっていってるだろう。大丈夫だ、この店はきちんと人間の死体を再処理した肉を使っているって。今や、魚を除けば、安心して食べられる肉は合成蛋白と人間だけなんだからな」
「……それにしては、このタルタルステーキ、やたらとうまくないか。まるで本物の牛肉みたいな味がしたぞ」
「気のせいだってば。最近では調理法も進歩して、人間の肉を牛肉そっくりの味にすることもできるんだから」
「だったら、この肉食べるか?」
「……いや」
「…………」
「…………」
「……帰るか」
「……帰ろう」
「人肉は、信頼できる店で食べたいもんだよな」
「手をさすり合わせるのはやめろよ。行儀が悪い」
「だって、肉だぜ、生肉。いいか、肉のうまみというものは、生で食べてはじめてその真価を知ることになるんだ。原始人はそれが一番うまいということを知っていたんだ。火であぶるなんてことを始めてから、人間は堕落したんだ」
「タルタルステーキだって、オリーブ油と塩コショウその他スパイスで味付けしてあるじゃないか」
「うるさいな。オリーブ油と塩コショウは天の恵みだよ。神様が人間に食えと差し出したんだ。それにくらべてだな、火というものは、プロメテウスが神様から盗んで……」
「はいはい。……おっと、来たみたいだぞ」
「そうそう。生肉。そう、上に卵黄がこう乗っかって……崩して、ケイパーと、野菜と、こう混ぜて……」
「うまいっ!」
「……たしかにうまいっ! 生肉は、この感じがいいんだよなあ。口の中でとろけて、ジューシィさがそのまま味わえる」
「うまいなあ。この店、最高だよ」
「……裏に、病院があるからだ、という話もあるぞ」
「……よせよ、そんな話」
「いや、このうまさは、それ以外に考えられない」
「そりゃたしかにうまいけどさ、飯を食っている最中にする話でもないだろう」
「……今日、子供のひき逃げ事件があったそうだな」
「頭を強く打って即死だったそうだね」
「知ってるのか」
「そりゃお前が知っているくらいだから」
「聞いているか? そのとき、子供は、牛肉のパックを持っていたそうだぞ」
「……それが、このタルタルステーキの肉になってると? ……冗談はよせよ。怪談としても、出来が悪い。怪談だったら、もっと違う展開で盛り上げるのが筋だろう」
「なんだよ、怖がらせようと思ったのに。ところで、それはおいといても、このタルタルステーキはうまいな。赤身と脂肪のバランスが絶品だ」
「……ところで、さっきの話だけど。ほんとに子供が持っていた牛肉パックが?」
「やっぱり気にしているのか」
「そういう話をおれも聞いたからさ」
「ふん?」
「倉庫から牛肉を専門に泥棒している不良少女がいて、ついに警察に逮捕されたんだが、その隠し場所をどうしても白状せず、ついには警察に責め殺されて……」
「……ふん?」
「よく考えてみればここから警察も近いんだよな」
「……あまり気持ちのいい話じゃないな」
「始めたのはお前だろう。ところで、このタルタルステーキだけど、お前に少しやろうか」
「いや、おれも、少しどころじゃなく、残りを全部お前にやろうかと考えていたところだ」
「……はははは」
「……はははは」
「…………」
「…………」
「……もし、この話が本当だとしたら、おれたち、狂っちまうのかな」
「ほんとうのわけないだろう」
「だって、お前もよく知っているだろう。例の、十年前に大発生したプリオン原因の狂畜病のせいで、ほとんどの牛、豚、鶏、羊といった家畜は、食べるとほぼ九十九パーセントの確率でウェルニッケ脳症を引き起こす有害物質になっちまったじゃないか」
「だから、ほんとうのわけがないっていってるだろう。大丈夫だ、この店はきちんと人間の死体を再処理した肉を使っているって。今や、魚を除けば、安心して食べられる肉は合成蛋白と人間だけなんだからな」
「……それにしては、このタルタルステーキ、やたらとうまくないか。まるで本物の牛肉みたいな味がしたぞ」
「気のせいだってば。最近では調理法も進歩して、人間の肉を牛肉そっくりの味にすることもできるんだから」
「だったら、この肉食べるか?」
「……いや」
「…………」
「…………」
「……帰るか」
「……帰ろう」
「人肉は、信頼できる店で食べたいもんだよな」
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~ Comment ~
おはようございます^^
あわわ^^;;
朝から何ともブラックな話でした^^;
人肉しか食べられない世界って怖い(;´▽`A``
狂気が日常になってしまって、違和感のなくなった人間達。
やっぱり人間が一番怖い。
朝から何ともブラックな話でした^^;
人肉しか食べられない世界って怖い(;´▽`A``
狂気が日常になってしまって、違和感のなくなった人間達。
やっぱり人間が一番怖い。
>森野海月さん
重ね重ねどうもすみません(^^;)
やっぱりちょっとグロかったですね。
いちおう、作者としては「そんな事態も『日常』にしてしまう、普通の人間の怖さ」というものを狙ってみたのですが。
1日に1本ショートショートをひねり出すのもたいへんで……(^^;)
重ね重ねどうもすみません(^^;)
やっぱりちょっとグロかったですね。
いちおう、作者としては「そんな事態も『日常』にしてしまう、普通の人間の怖さ」というものを狙ってみたのですが。
1日に1本ショートショートをひねり出すのもたいへんで……(^^;)
うっわぁー
こんにちは。
私の天井知らずの想像力をこれほど、
阻止したいと思った事はありません。
うっわぁー、止めてくれーな気分ですが、
視点が鋭いですよねぇー、お見事!!!
(ホラー好きですが、スプラッタ系は苦手
)
私の天井知らずの想像力をこれほど、
阻止したいと思った事はありません。
うっわぁー、止めてくれーな気分ですが、
視点が鋭いですよねぇー、お見事!!!
(ホラー好きですが、スプラッタ系は苦手

>トゥデイさん
急いで書いたわりにはダブル・ミーニングがうまくはまったと思います。
「ソイレント・グリーン」は見たことがないんですけど。
しんちゃんは、見よう見ようと思いつつも、いつも見忘れる……(^^;) これでチャンスを逃したの何十回目だろう(^^;) あと名作と称されるアニメでは、「時をかける少女」と「河童のクゥと夏休み」も見たいのですが、うーん、いろいろあって……(^^;)
>ネミエルさん
古代中国の文献では、味噌漬けにするとうまいとか。
なにをやるにしても徹底してるなあ、昔の中国人。日本人なんかとはスケールが違うなあ。
急いで書いたわりにはダブル・ミーニングがうまくはまったと思います。
「ソイレント・グリーン」は見たことがないんですけど。
しんちゃんは、見よう見ようと思いつつも、いつも見忘れる……(^^;) これでチャンスを逃したの何十回目だろう(^^;) あと名作と称されるアニメでは、「時をかける少女」と「河童のクゥと夏休み」も見たいのですが、うーん、いろいろあって……(^^;)
>ネミエルさん
古代中国の文献では、味噌漬けにするとうまいとか。
なにをやるにしても徹底してるなあ、昔の中国人。日本人なんかとはスケールが違うなあ。
あれ、こうか。でもこっちか、となった後に
「ですよねー」って感じでした。なるほどそうきたか。
「それ」とか「あれ」とかが指してたもの全部が…!
お見事です。
オトナ帝国とあっぱれ戦国は別格です。
「ですよねー」って感じでした。なるほどそうきたか。
「それ」とか「あれ」とかが指してたもの全部が…!
お見事です。
オトナ帝国とあっぱれ戦国は別格です。
- #611 トゥデイ
- URL
- 2009.12/18 21:12
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Re: YUKAさん
ブラックユーモア小説としてはかなり気に入ってます。
人間って怖いですよ。
新聞読むだけで慄然とすることありますもん(^^)