「ショートショート」
ミステリ
手袋
いつかはおれのもとへも刑事がやってくるだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。
「しのぶさんのことはお気の毒でした」
椅子に腰かけてから刑事は頭を下げたが、その目は上目遣いでおれを見ていた。マムシのような目だな、という印象を受けた。マムシなんて生まれてこのかた実物を見たことなどなかったが。
「おつらいでしょうが、事件についてお話ししましょう」
いいから早く帰ってくれ、といいたかったが、そんなことをいったら怪しまれてしまう。
「あなたの婚約者だった沢村しのぶさんは、なにものかに首を絞められて殺されました。彼女を呼び出す電話を、同僚のOLが受けてます。低い声の男でした。声楽部でテノールだったあなたとは正反対ですね」
そうだ。ボイスチェンジャーを使ったんだから当然だ。あのOLに聞かせるために。まず録音はしていないだろう。
「それで?」
「その伝言を聞いたしのぶさんは、どこかへと出かけていった。見るからに浮き浮きした足取りだったそうですね」
おれはうなずいた。
「そして三時間後、彼女は死体で発見された。首を絞められた痕もはっきりとわかる死体となって。着衣は乱れていませんでした。車を運転してきたときのまま、手袋をはめた状態で。典型的な情痴殺人でしょうな」
おれはあの女を絞め殺したときの感触を思い出して嫌な気持ちになった。人殺しはみんなそんなものだ。別れ話をしようとしても聞く耳持たないことがはっきりしている相手にはそうするしかないから、ある意味緊急避難みたいなものだが。
「しのぶの男友達で、その時間帯にアリバイのないものはいるんですか?」
おれは綿密なアリバイを作っていた。自信のあるアリバイだった。そう簡単には突き崩せないだろう。
「しのぶさんは、あなたの目を盗んで、その低い声の愛人のもとに出かけていき、そして殺された、という推理ですな。ええ。われわれもそう考えた」
そのいいかたに、おれはちょっと引っかかるものを感じた。
「……考え『た』?」
「そう、考えた。一度はね。今は違います」
どういうことだ?
「どういうことですか?」
「なに、運転用の手袋を脱がせてみたんですよ。そうしたら、綺麗に染めた爪が出てきたじゃないですか」
「……それで?」
刑事はかぶりを振った。
「おかしくありませんか? 犯人と目された、その低い声の男に、浮き浮きしながら逢いにいったにしては、綺麗な爪も見せようとしなかったなんて。手袋もしたままで逢うなんていうのは、すでに釣り上げてしまった相手に対してする態度ですよ。例えば、婚約者とかね」
「刑事さん、あなたは……!」
刑事はにやりと笑った。
「わたしはマムシと仇名されていましてね。これと思った相手には徹底的に食らいつく。そう、徹底的にね」
刑事は立ち上がった。
「また来ます。こんどはもうちょっと長くなるかもしれません」
遠ざかっていく刑事の足音を聞きながら、おれは真っ青な顔でその場に座り込むことしかできなかった……。
「しのぶさんのことはお気の毒でした」
椅子に腰かけてから刑事は頭を下げたが、その目は上目遣いでおれを見ていた。マムシのような目だな、という印象を受けた。マムシなんて生まれてこのかた実物を見たことなどなかったが。
「おつらいでしょうが、事件についてお話ししましょう」
いいから早く帰ってくれ、といいたかったが、そんなことをいったら怪しまれてしまう。
「あなたの婚約者だった沢村しのぶさんは、なにものかに首を絞められて殺されました。彼女を呼び出す電話を、同僚のOLが受けてます。低い声の男でした。声楽部でテノールだったあなたとは正反対ですね」
そうだ。ボイスチェンジャーを使ったんだから当然だ。あのOLに聞かせるために。まず録音はしていないだろう。
「それで?」
「その伝言を聞いたしのぶさんは、どこかへと出かけていった。見るからに浮き浮きした足取りだったそうですね」
おれはうなずいた。
「そして三時間後、彼女は死体で発見された。首を絞められた痕もはっきりとわかる死体となって。着衣は乱れていませんでした。車を運転してきたときのまま、手袋をはめた状態で。典型的な情痴殺人でしょうな」
おれはあの女を絞め殺したときの感触を思い出して嫌な気持ちになった。人殺しはみんなそんなものだ。別れ話をしようとしても聞く耳持たないことがはっきりしている相手にはそうするしかないから、ある意味緊急避難みたいなものだが。
「しのぶの男友達で、その時間帯にアリバイのないものはいるんですか?」
おれは綿密なアリバイを作っていた。自信のあるアリバイだった。そう簡単には突き崩せないだろう。
「しのぶさんは、あなたの目を盗んで、その低い声の愛人のもとに出かけていき、そして殺された、という推理ですな。ええ。われわれもそう考えた」
そのいいかたに、おれはちょっと引っかかるものを感じた。
「……考え『た』?」
「そう、考えた。一度はね。今は違います」
どういうことだ?
「どういうことですか?」
「なに、運転用の手袋を脱がせてみたんですよ。そうしたら、綺麗に染めた爪が出てきたじゃないですか」
「……それで?」
刑事はかぶりを振った。
「おかしくありませんか? 犯人と目された、その低い声の男に、浮き浮きしながら逢いにいったにしては、綺麗な爪も見せようとしなかったなんて。手袋もしたままで逢うなんていうのは、すでに釣り上げてしまった相手に対してする態度ですよ。例えば、婚約者とかね」
「刑事さん、あなたは……!」
刑事はにやりと笑った。
「わたしはマムシと仇名されていましてね。これと思った相手には徹底的に食らいつく。そう、徹底的にね」
刑事は立ち上がった。
「また来ます。こんどはもうちょっと長くなるかもしれません」
遠ざかっていく刑事の足音を聞きながら、おれは真っ青な顔でその場に座り込むことしかできなかった……。
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