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    昔話シリーズ(掌編)

    大泥棒と盗まれた宝物の昔話

     ←日の下に新しきものなし →復活しない日
     ……先生、たまには、先生の昔のことを聞かせてくださいませんか?。
     ……昔のことなんか、聞くもんじゃない?  それもそうですけど、先生のようなかたを見ていると、どこかで聞いたこういう昔話を思い出すんですよ。
     ええ、いいですよ。お聞かせします。それは、昔、昔のこと……。

     昔、昔、あるところに大泥棒が住んでいました。手に負えない、冷酷非情な悪党というものがいたとしたらまさにこいつで、王侯貴族の宝石から、商人の金貨、芸術家の仕上げたばかりの作品、そして貧しい一家の明日の糧まで、盗めるものはなんでも盗んで、自分の懐を膨らませるのでした。人々は泣き、おびえ、呪い、困り果て、なんとか大泥棒を捕まえようとするのですが、敵もさるもの、おびただしい捕り手たちの手を鼻先で逃れては、いつもゆうゆうと、神と法とを笑って生きていたのでした。
     そんな大泥棒にも、ひとつだけ隠している宝物がありました。とても大事なものらしく、自分の隠れ家の一番奥の秘密の金庫に、しっかりと鍵と鎖をかけて、誰にも見せないでしまっておいたのでした。
     高名で気まぐれな大魔道師が自分に与えてくれたその宝物がなんであるか、大泥棒は自分でも知りませんでした。秘密が洩れるのを防ぐため、大泥棒は自分にも魔法をかけてもらい、その宝物がなんなのかも、その隠し場所も、自分の心の中からすっかり消し去ってしまったからです。これは頭のいいやりかたでした。誰も存在を知らないものは、盗みようがないからです。ただしそれでは奪われてもわからないので、大泥棒は誰かがそれを奪ったとわかったときには宝物のことを思い出すように、魔法の一部を弱めておくことも忘れませんでした。
     さて、そうして国々を股にかけて荒らしまわっていた大泥棒ですが、ある日、その上を行くような向こう見ずが現れました。
    「なんてこった」
     隠れ家に戻ってきた大泥棒は驚きました。
    「いない隙を狙ったとはいえ、この隠れ家に盗みに入るとは、太い肝っ玉のやつもいるもんだ」
     その泥棒の腕については、さすがの大泥棒も認めないわけにはいきませんでした。罠という罠をすべてかいくぐり、見事に隠れ家から逃げ出すことに成功していたのですから。
    「生きて捕まえられれば、手下にしてやろうか。そうでなければ、皮をはいで殺してやる。さて、こいつ、なにを盗んでいったんだ?」
     大泥棒は部屋を検分し……さっと顔色を変えました。大泥棒は思い出したのです。鍵を開け、鎖を断ち切り、金庫をこじ開けて盗まれていたものは、大泥棒の秘密の宝に間違いありませんでした。
     大泥棒は怒りました。
    「くそ、大事な宝を盗みやがって。皮をはぐどころじゃない、この世に生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやる。しかし……いったい、なにを盗まれたんだろう?」
     そうでした。かけられた魔法が不完全だったのか、それともあの大魔道師のいたずらによるものか、大泥棒は、宝物を盗まれたことはわかっても、いったいなにを盗まれたかについてはなにも思い出せなかったのでした。
     大泥棒にとっては実に悔しく、しかも神経を逆撫でされるようなことでした。自分にとってなにか重大なことがあったはずなのに、それでいて記憶のここまで出ているのだけれどなんだかわからない、ということほどいらいらすることはほかにありません。
     翌日、大泥棒はさらに腹が立つ経験をすることになりました。国中の詩人が、そろいもそろって、『あの大泥棒の隠れ家から、大事な宝物を盗み出した偉大な冒険家』についての歌を歌っていたのです。人の噂は伝わるのが早いといいますが、言葉に羽根が生えたようにこのことはあっという間に諸国に広がり、大泥棒はかつてないほどの笑いものになってしまいました。
     詩人たちは歌いました。
    『……大泥棒の隠れ家の、中を覗けばがらくたか。
     卵の形の赤い石、大事に隠しておったとは。
     献上された王様は、おなかを抱えて大笑い。
     お城の玉座の前に置き、なんと愉快な見世物よ……』
     大泥棒は烈火のごとく怒りました。
    「ふざけたことを……!」
     大泥棒は、宝物を取り返しに、王の居城へ忍び込むことにしました。
     いったい、なぜ自分がそんなものを大事にしていたのかは相変わらず思い出せませんでしたが、その赤い石が、自分が隠していた大事な宝物であることだけははっきりとわかりました。
     すでに、自分の体面だとか、盗んだ冒険家への怒りなどはどうでもよくなっていました。もちろん、そうした感情が消えてなくなったわけではありませんが、それよりも、自分がなぜそんなものを大事に持っていたのか、それを突き止めようとする好奇心のほうが勝っていたのです。
     お城では、衛兵たちがものものしい警戒をしていましたが、かつて何度も忍び込んだことのある、勝手知ったる自分の庭みたいなものです。大泥棒はゆうゆうと警戒網の裏をかき、まっすぐに玉座の間へと進んでいきました。
     物陰から玉座の間を除くと、いますいます。衛兵が一ダースも、目をらんらんと光らせて小さな赤い石を取り囲んでいます。
     大泥棒はにやりと笑い、懐に持っていた特別性の煙玉に火をつけ、投げ入れました。
     山奥のさらに奥地に生えている、眠り草の根をたっぷり含ませておいたその煙玉の煙を吸った衛兵たちは、心臓が十を打つまでの時間もしないうちに、皆、眠ってしまいました。
     大泥棒は足音ひとつ立てずに、玉座の間の真ん中まで入ると、その赤い石に手を伸ばそうとしました。
    「待て!」
     部屋の陰から鋭い声がしました。
     大泥棒が振り返ると、そこには細かい文字が無数に刻まれた革鎧を着た若者が立っていました。
    「……なるほど。お前が例の冒険家だな」
    「この鎧が、お前の邪悪な煙から守ってくれたのだ。わたしがいるからには、もう逃げられん。おとなしく縛につけ!」
     大泥棒は、顔をゆがめて笑いました。
    「思い出したぞ。宝のことを知っているだなんて、どんなやつかと思えば、あの大魔道師のところで下働きをしていた小僧じゃないか。お前にはこれが似合いさ!」
     大泥棒は奇妙な言葉を唱えました。
     冒険家の顔が苦痛に歪み、彼は力なく床に膝を突きました。
    「あの魔道師のところにやっかいになっていたとき、お前ら下っ端の名前がずらずらと書かれた覚え書きをいただいておいたのさ。お前ら魔道師とその弟子たちは、名前を押さえられたらなにもできないんだろう?」
    「どう……する、つも……りだ……」
     大魔道師の弟子だった冒険家を冷たく見下ろしながら、大泥棒はいいました。
    「今は殺しはしない。宝を手に入れてから、ゆっくり殺してやる。まずは、大事な宝が持ち主の手に帰るところを、ゆっくり見ているがいい!」
     大泥棒は、台座の上に置かれている赤い石をぎゅっと握り締めました。
     そのとたん。
     大泥棒の身体が硬直しました。大泥棒は、頭を抱えて玉座の間の床を転げ回りました。
     荒い息を吐きながら立ち上がった冒険家は、腰の剣を抜いていいました。
    「なるほど、亡きお師匠様のおっしゃられたとおりだ。お前は、自分がなにを探しているのかも知らなかったのだ。いいか、お師匠様がお前から取り出し、結晶化させたあの赤い石は、人ならばなにものにも代えがたい宝、お前の人としての心、良心そのものだったのだ!」
     そうでした。自分の犯した罪に対する悔恨、貧しい家庭から盗んだときの呵責、人を裏切った後ろめたさ、そういった、これまで棚上げにしてきた全ての罪悪感が、奔流のように大泥棒の心になだれ込んできたのです。
     冒険家は、悪しき眠りを振り払う魔法の印を切り、眠りこけていた衛兵を正気づかせました。
    「衛兵! 今だ、あいつを捕らえろ!」
     しかし、衛兵が動き出す前に、大泥棒はよろよろと立ち上がり、わけのわからない叫びを上げながら玉座の間から逃げ出しました。
    「追え!」
    「逃がすな!」
     怒号がこだまし、城内は時ならぬ騒ぎに包まれました。
    「……落ちた!」
     誰かが悲鳴を上げました。
     冒険家は、息を切らして、悲鳴を上げた衛兵たちのそばに駆けつけました。
    「落ちた、とは?」
     衛兵は、震える指で窓を指し示しました。
    「……ここです。この窓から、やつは落ちました」
     冒険家が窓を覗き込むと、その下は断崖絶壁となっていて、遥か下に波の砕け散る海とごつごつした岩場があるばかりでした。
    「……ここから落ちたのか」
     冒険家は剣を納めました。
    「いくらやつでも、ここから落ちたのでは助かるまい。すぐに、人をやって死体を調べさせよう」
     王様の家来たちは夜を徹して崖下を探しましたが、結局死体は見つかりませんでした……。

     ……という話なんですけど。
     ええ。大泥棒の死体は見つからずじまいでした。そこで話は終わっています。
     死んだ、やっぱりそう考えるのが正しいんでしょうね。でも、物語としてはつまらない終わり方です。
     今、先生がおっしゃったように、生きていていまだに盗みを続けているっていうのも、救いがないですね。
     わたしは、こう思うんですよ。大泥棒は、自分が再び手にすることになった、良心というものが、気に入ってしまったのではないかって。良心を気に入って、今もそれとともに、ごく普通の生活を、ごく普通に送っているんじゃないかって。
     先生みたいな堅い人も、実はこの大泥棒みたいに、一度手放した良心を、再び取り戻したくちなんじゃないですか?
     実は、昔は手に負えないほどの悪いやつだったんじゃないですか?
     ……え? さっきの昔話では、大泥棒が男か女か明言されていない?
     実は大泥棒は女で、君が自分のことを語っていたんじゃないかって? 昔、本当に悪いことをしていたのは、わたしのほうだったんじゃないかって?
     あら。あらあらあらあら。あらあら。まあまあ。
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    まあ、まったくの丸写しではないんですが、アイデアのもととなる部分をいただいてしまい……でもそれからの展開はオリジナルです。

    どこが似ているかはぜひ「影のジャック」をお求めになって……(どこで!(笑))

    こんばんは^^

    これ、結構好きでした~
    手に入れたモノが良心って、なるほど!って^^

    ――え?「影のジャック」の引き写しだったのですか?^^
    昔話の最後の締め方がいつも好きなんですよね。
    実はゆかりがある???って感じが^^

    Re: LandMさん

    ということはスパイも破壊工作も民生品接収もないんですか!?

    政府が崩壊しても治安がムチャクチャにならないんですか!?

    などとつい考えてしまうミリタリファンでありました(^^;)

    やっぱりわたしは趣味が悪いのかなあ(汗) いやーだって戦争になったら最初に貧しくて品行方正な人からひどい目に遭うと思っているので……。


    ちなみにこの大泥棒の話のヒントになったのは、ロジャー・ゼラズニイ「影のジャック」です。かつてはサンリオSF文庫から出ていましたが、絶版です。ヒントというよりもまんま引き写し……(^^;)

    NoTitle

    大泥棒の話は面白いですね。
    ウチのサイトは泥棒や盗賊の要素は全くないですからね。・・・・・・まあ、そんな奴いたらカレンが容赦なく叩き斬るような気がしますけどね。ヒマがあったら、そんな要素も書いてみたいですね。

    >ネミエルさん

    うちみたいな零細ブログの小説を毎日読んでくれるとは、なんて良心あふれるかただといつもいつも思っております(^^)

    これからもよろしく~♪

    あらあら。

    そういうことでしたの。

    それならば僕にも・・・

    あるはず。

    良心が。
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