「ショートショート」
SF
復活しない日
二〇一×年一月×日
このところ、老人の突然死が相次いでいる。インフルエンザによるものが大半らしい。まったく、新型であれほど大騒ぎしたのはそう昔の話でもないにもかかわらず、老人が死んでも別にそれほどたいしたニュースにならないというのは、人間というものをシニカルに眺めさせられることおびただしい体験だ。
二〇一×年二月×日
老人の突然死はやまず、ついには乳幼児にまで飛び火し始めた。世論が騒ぎ始めた。ずっと昔に読んだ、小松左京のSF小説「復活の日」を地でいく状況に、一抹の不安を禁じえない。WHOの発表によると、新型ではなくこれまでと同じタイプのウイルスだということなので、まああんな小説のようにいくことはないと思うが。
二〇一×年二月×日
WHOが緊急発表というのでなんのことかと思ったら、例のインフルエンザウィルスは、新型であったとのこと。これまでのA香港型と細部までそっくりでわからなかったが、DNAの相違点を突き詰めて分析した結果、極めて些細だが根本的な部分で、A香港型はおろか我々の知るインフルエンザウィルスとはまったく違うウィルスであることが判明したそうだ。これは、もしかすると……。待て。あれはSF小説だ。
二〇一×年三月×日
ハルキ文庫が「復活の日」の再刊と増刷を始めたと新聞で読む。タイミングは最悪だ。わたしの周りにも、例のウィルスの患者が出てきた。こんな国民的危機の事態において、あの「インフルエンザのせいで人類が滅亡する」なんて小説を出版したら、パニックに陥りかねない。しかもあの本、迫真性は抜群なのだ。
二〇一×年五月×日
事態はどんどん、小松左京が書いた通りになりつつある。月単位の死亡者数は上昇する一方だ。インフルエンザ患者はもう珍しくもない。流行は世界的なものとなり、第一発症者の出た日本と日本人は世界各国のいいスケープゴートになってしまっている。
今日のテレビで、深作欣二監督の角川映画「復活の日」をやっていたので見る。退屈な作品。
二〇一×年八月×日
ついにインフラにまで支障をきたすレベルにまで達した。死者数は日本国内だけで百万を突破。三ヶ月で百万人以上が死ぬなんて、スペイン風邪どころの話ではない死にかただ。このインフルエンザは、地球のものではなく、宇宙から進入してきた謎のウィルス、新種の病原体であるということが、ほぼ常識となっている。このままいけば……いかせてなるものか。
しかし、それにしても暑い。暑さのせいか、身体もふらふらする。
二〇一×年八月×日
やられた。風邪をひいてしまった。もう外にも出歩けない。しかし出歩かなくては飢えて死ぬ。どうしようもない。ひどい頭の痛みと喉の痛みとせきと鼻汁に耐えながら、日記を書き続けるだけだ。テレビを見ても死人のニュースばかり。まったくひどいものだ。
二〇一×年一〇月×日
死者は明日にでも一千万を越えるというところまで来た。世界的には少なめに見積もって五億が死んでいる。人口の全てがなんらかの風邪にかかっていて、インフラは完全にダウン。わたしは買いだめしておいた缶詰などでなんとか生きている。病気のせいで、誰も外へ襲いに行こうなどと考える余裕がないのか、町は意外と平穏だ。なにが幸いするかわからない。
二〇一×年十一月×日
なぜだ……? わたしはいつまで経っても死なない。二ヶ月前には、明日死んでもおかしくないような状況だったのに。町でも、病気が直接の原因での死はほとんど見られなくなっているようだ。なぜだ……?
二〇一×年十二月×日
久しぶりに、国の飛行機が大空を飛ぶのを見た。ばかでかい拡声器を積んで、放送を繰り返している。それによれば、わたしたちが感染しているのはインフルエンザではなく細菌性の風邪で、それがいわば天然痘における牛痘のような働きをして、あのインフルエンザによく似た謎のウィルスから身体を守っているということらしいのだ。熱があるのは、まだ身体に残っているあのウィルスと戦っているからということらしい。
……助かった! 安堵のあまり身体から力が抜けていくのがわかる。最期のときに飲むつもりだった秘蔵のブランデーを開けてひとりで乾杯する。残念だが、こんなうまいものを他人に分けるなんてできっこない。
……………………
二〇二×年十二月×日
あれから十年がすぎたことになるのか。人類は滅亡もせずになんとか生き延びている。いや、ある意味滅亡よりももっと悪い。
わたしたちを救ってくれた細菌性の風邪、おそらくはあれも宇宙伝来の謎の細菌だったのだろう。ただの風邪ではなかったのだ。
十年経っても、わたしたちの風邪は治らなかったのだから。
死ぬことだけは免れたものの、わたしたち人類は皆、高熱とくしゃみと鼻汁とせきと喉と頭の激痛と身体のだるさと、その他風邪の諸症状を四六時中抱えた状態で、これまでもこれからもずっと生き続けなくてはならなくなったのである。
半殺しは死ぬより辛い。神よ、あなたはどうして人間にこのような辛い運命を。
いっそひと思いに殺してください。
どうか……。
どうか……。
このところ、老人の突然死が相次いでいる。インフルエンザによるものが大半らしい。まったく、新型であれほど大騒ぎしたのはそう昔の話でもないにもかかわらず、老人が死んでも別にそれほどたいしたニュースにならないというのは、人間というものをシニカルに眺めさせられることおびただしい体験だ。
二〇一×年二月×日
老人の突然死はやまず、ついには乳幼児にまで飛び火し始めた。世論が騒ぎ始めた。ずっと昔に読んだ、小松左京のSF小説「復活の日」を地でいく状況に、一抹の不安を禁じえない。WHOの発表によると、新型ではなくこれまでと同じタイプのウイルスだということなので、まああんな小説のようにいくことはないと思うが。
二〇一×年二月×日
WHOが緊急発表というのでなんのことかと思ったら、例のインフルエンザウィルスは、新型であったとのこと。これまでのA香港型と細部までそっくりでわからなかったが、DNAの相違点を突き詰めて分析した結果、極めて些細だが根本的な部分で、A香港型はおろか我々の知るインフルエンザウィルスとはまったく違うウィルスであることが判明したそうだ。これは、もしかすると……。待て。あれはSF小説だ。
二〇一×年三月×日
ハルキ文庫が「復活の日」の再刊と増刷を始めたと新聞で読む。タイミングは最悪だ。わたしの周りにも、例のウィルスの患者が出てきた。こんな国民的危機の事態において、あの「インフルエンザのせいで人類が滅亡する」なんて小説を出版したら、パニックに陥りかねない。しかもあの本、迫真性は抜群なのだ。
二〇一×年五月×日
事態はどんどん、小松左京が書いた通りになりつつある。月単位の死亡者数は上昇する一方だ。インフルエンザ患者はもう珍しくもない。流行は世界的なものとなり、第一発症者の出た日本と日本人は世界各国のいいスケープゴートになってしまっている。
今日のテレビで、深作欣二監督の角川映画「復活の日」をやっていたので見る。退屈な作品。
二〇一×年八月×日
ついにインフラにまで支障をきたすレベルにまで達した。死者数は日本国内だけで百万を突破。三ヶ月で百万人以上が死ぬなんて、スペイン風邪どころの話ではない死にかただ。このインフルエンザは、地球のものではなく、宇宙から進入してきた謎のウィルス、新種の病原体であるということが、ほぼ常識となっている。このままいけば……いかせてなるものか。
しかし、それにしても暑い。暑さのせいか、身体もふらふらする。
二〇一×年八月×日
やられた。風邪をひいてしまった。もう外にも出歩けない。しかし出歩かなくては飢えて死ぬ。どうしようもない。ひどい頭の痛みと喉の痛みとせきと鼻汁に耐えながら、日記を書き続けるだけだ。テレビを見ても死人のニュースばかり。まったくひどいものだ。
二〇一×年一〇月×日
死者は明日にでも一千万を越えるというところまで来た。世界的には少なめに見積もって五億が死んでいる。人口の全てがなんらかの風邪にかかっていて、インフラは完全にダウン。わたしは買いだめしておいた缶詰などでなんとか生きている。病気のせいで、誰も外へ襲いに行こうなどと考える余裕がないのか、町は意外と平穏だ。なにが幸いするかわからない。
二〇一×年十一月×日
なぜだ……? わたしはいつまで経っても死なない。二ヶ月前には、明日死んでもおかしくないような状況だったのに。町でも、病気が直接の原因での死はほとんど見られなくなっているようだ。なぜだ……?
二〇一×年十二月×日
久しぶりに、国の飛行機が大空を飛ぶのを見た。ばかでかい拡声器を積んで、放送を繰り返している。それによれば、わたしたちが感染しているのはインフルエンザではなく細菌性の風邪で、それがいわば天然痘における牛痘のような働きをして、あのインフルエンザによく似た謎のウィルスから身体を守っているということらしいのだ。熱があるのは、まだ身体に残っているあのウィルスと戦っているからということらしい。
……助かった! 安堵のあまり身体から力が抜けていくのがわかる。最期のときに飲むつもりだった秘蔵のブランデーを開けてひとりで乾杯する。残念だが、こんなうまいものを他人に分けるなんてできっこない。
……………………
二〇二×年十二月×日
あれから十年がすぎたことになるのか。人類は滅亡もせずになんとか生き延びている。いや、ある意味滅亡よりももっと悪い。
わたしたちを救ってくれた細菌性の風邪、おそらくはあれも宇宙伝来の謎の細菌だったのだろう。ただの風邪ではなかったのだ。
十年経っても、わたしたちの風邪は治らなかったのだから。
死ぬことだけは免れたものの、わたしたち人類は皆、高熱とくしゃみと鼻汁とせきと喉と頭の激痛と身体のだるさと、その他風邪の諸症状を四六時中抱えた状態で、これまでもこれからもずっと生き続けなくてはならなくなったのである。
半殺しは死ぬより辛い。神よ、あなたはどうして人間にこのような辛い運命を。
いっそひと思いに殺してください。
どうか……。
どうか……。
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~ Comment ~
おはようございます^^
実はある程度の人口淘汰が行われたら落ち着くような
神がかり的なウィルスなのかと思っていたのですが……
わぁ~~~それ以上でしたね^^;;
この状態で繁殖は望めないでしょうから
ゆっくりじわじわと滅亡へ……><。。。
神がかり的なウィルスなのかと思っていたのですが……
わぁ~~~それ以上でしたね^^;;
この状態で繁殖は望めないでしょうから
ゆっくりじわじわと滅亡へ……><。。。
Re: のくにぴゆうさん
おっかない話ですね。
伝統的に深刻な貧血状態をもたらす鎌型赤血球の持ち主であるアフリカの某部族は、遺伝的劣弱者と思われていましたが、研究により、この鎌型赤血球はマラリアに耐性があることがわかった、という事例を聞いたことがあります。
ちなみにこの小説のもとネタは、小松左京先生の「復活の日」のほかに、光瀬龍先生の「宇宙年代記」シリーズのひとつにある某短編からもちょっとアイデアをいただいております。たぶんその短編を読んでも気づかないと思いますけど。
伝統的に深刻な貧血状態をもたらす鎌型赤血球の持ち主であるアフリカの某部族は、遺伝的劣弱者と思われていましたが、研究により、この鎌型赤血球はマラリアに耐性があることがわかった、という事例を聞いたことがあります。
ちなみにこの小説のもとネタは、小松左京先生の「復活の日」のほかに、光瀬龍先生の「宇宙年代記」シリーズのひとつにある某短編からもちょっとアイデアをいただいております。たぶんその短編を読んでも気づかないと思いますけど。
NoTitle
ロシアのある村が長寿で有名だったそうです。
それで学者が調べた処、別に長生きに繋がるような長寿食があるわけでもなく、ごくごく普通だったらしいのです。
ただ一つ、この村だけの事がありました。
村の近くには大きな沼があって住民は、年中蚊に刺され、マラリヤに罹っていた。そのせいで体温がいつも高く、その結果、体内の雑菌が消毒されていたらしい。
何が幸いなのか、わかりませんね。
それで学者が調べた処、別に長生きに繋がるような長寿食があるわけでもなく、ごくごく普通だったらしいのです。
ただ一つ、この村だけの事がありました。
村の近くには大きな沼があって住民は、年中蚊に刺され、マラリヤに罹っていた。そのせいで体温がいつも高く、その結果、体内の雑菌が消毒されていたらしい。
何が幸いなのか、わかりませんね。
- #1164 ぴゆう
- URL
- 2010.05/06 13:05
- ▲EntryTop
>ネミエルさん
大掃除に明け暮れていて読んでませんでした(^^;)
謹んで読ませていただきますm(_ _)m
大掃除に明け暮れていて読んでませんでした(^^;)
謹んで読ませていただきますm(_ _)m
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Re: YUKAさん
そしていちばんひどいころ、999が鉄郎とメーテルを乗せてやってくるんでしょうなあ(笑)