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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ58位 猿丸幻視行 井沢元彦

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     高校の頃に古本屋で買って読んだ。そのときは、不可能犯罪のトリックに注意が行っていたせいか、面白かったは面白かったが「凡庸な作品」に見えて仕方がなかったのだが、さて今回読んでみるとどうか。25年ぶりに再読。

     というわけで、読んでみて驚いた。本書にとって、不可能犯罪など単なる付け足しであったのだ。本当のところは、恐ろしいほどに偏執狂的な「暗号ミステリ」であったのだ。そのうえで、日本を舞台に、日本語でしか成立しない暗号ミステリということでは、本書はミステリ史上最高の傑作である。泡坂妻夫の亜愛一郎もの「掘り出された童話」も暗号ミステリの佳品だったが、本書の偏執ぶりはそのはるか上を行くのである。二重三重どころではない、四重五重の解決がある暗号文は、漢詩や和歌、万葉仮名などを取り入れており、ただ難解なだけでなく、見ていてすばらしく美しい。この美しさは、欧米人はおろか、隣国の漢字文化圏の連中にも分らないだろうと思われる。繊細で大胆にして、もうどうしようもないくらい偏執的。作品のすべてが、この「暗号文」に奉仕するためだけに作られているといっても過言ではない。梅原猛の説に基づく「柿本人麻呂=猿丸太夫」説という縦糸にしろ、探偵役を日本が産んだ直観型の天才、折口信夫に設定した演出にしろ、時間遡行というSF的ガジェットにしろ、本書では作者渾身の暗号文と、それがいかに美しく解かれるか、という過程に奉仕するため「だけ」に存在するのだ。

     また、そうしたデコレーション自体が、なんと魅力的なことか。折口信夫をはじめ、明治の同時代人を贅沢なまでに使い、好きな人間をニヤリとさせるテクニック、次第に信じさせられてしまう「柿本人麻呂=猿丸太夫」という幻想、それは伝奇小説の色合いを帯び、そしてこの小説は「宝探し」小説として結末するのである。「宝探し」になることを読者に納得させるために、折口信夫にポオの「黄金虫」を暗号解読の手引きとして読ませたりして、もう老獪すぎてこたえられない。そこらへんが高木彬光「成吉思汗の秘密」との大きな相違点である。歴史を題材に大嘘をつくためには、それなりの手順なり演出なりが必要なので会って、高木彬光にはそのセンスが欠けていたのだろう。

     とにかく、本書は暗号ミステリとしても歴史ミステリとしても、一度読み始めたらやめられない大傑作である。梅原説が歴史学的にはどれほど取るに足らない根拠薄弱な異説であろうとも、本書を読んだ後では、「もしや……?」と思えてくるはずだ。歴史ミステリとしてはそれでいいのである。江戸川乱歩賞受賞作の中でも、リーダビリティの面でも論理パズルの面でも特上品。最近のトンデモ本のような歴史解説書を読んで「井沢元彦なんて……」と食わず嫌いする前に、ぜひ読んでもらいたい傑作。暗号文が大好きならば、退屈だけはさせないぜ。
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    ~ Comment ~

    Re: 面白半分さん

    あのSF的ガジェットは、まあ、「新本格の先取り」と思えば(笑)

    普通に折口信夫主人公の歴史ミステリーにしてもよかったと思いますが、それだと作者の歴史に対するスタンスと合わなかったのかもしれませんね。

    NoTitle

    実はSF的ガジェットでいかがなものかと思ってしまって
    そのほかのことはあんまり覚えていないのです。
    今回の記事を読んでまたしても再読したくなりました。

    紹介が巧いですね。

    Re: 椿さん

    暗号は偏執的ですが、江戸川乱歩賞受賞作ですし、リーダビリティも高くて面白いですよ。

    暗号が偏執的なことを除いたら、若き折口信夫を主人公にした青春恋愛ミステリーとも読めますし、偏執的な暗号に拒否感を覚えないのならご一読をお勧めします。今では電子書籍になってるかな。あの偏執的な暗号を電子書籍ではどう再現しているのかはわかりませんが。

    ……おれがいちばん偏執的か(^^;)

    NoTitle

    梅原猛さんは学生時代の友達が「面白いから!」と勧めてくれて「隠された十字架」と「水底の歌」を読みましたね。正しいかどうかはともかくとしてあの熱にはやられました。少なくとも物語としてはめちゃくちゃ面白かったです。

    ……と、記事を拝見していて当時のことを思い出しました。井沢さんの作品は未読ですが、読んでみようかなあ。
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