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    昔話シリーズ(掌編)

    耳の聞こえないバイオリン弾きの昔話

     ←復活しない日 →詩人とクリスマスのない国の物語
     ディスク? なに、お前またアルバム買ったの? よく金が続くね。いくら好きなアーティストだからって。
     そりゃ、お前にとっちゃ他のミュージシャンとは比較にならないかも知れないがな。本当にいい音楽ってのはな、つまりはだ、ああ、なんといったらいいか。こういう昔話知ってるか? 昔、昔……。

     昔、昔、ある国にバイオリン弾きが住んでいました。バイオリン弾きとはいうものの、その腕はおせじにもいいとはいえませんでした。もっと正確にいってしまえば、とんでもないへたくそでした。
     おかげで、バイオリン弾きはあちこちの酒場や宿屋で人々に馬鹿にされたり、石を投げられたりしながら、人々のお情けでめぐんでもらえたわずかの小銭だけを頼りに、放浪の毎日を送る毎日を過ごしておりました。
     そんな放浪生活にも疲れてきたある日。
    「……先生、先生!」
     疲れ果てて、教会の厩で眠っていたバイオリン弾きに、怪しげな小男が近寄ってきました。
    「なんだ? おれは先生なんて呼ばれる身分じゃない」
     バイオリン弾きは、わらの中で目をこすりながら、小男の言葉をさえぎりました。
    「いいや、あなたは、これからそういう身分になるんでさあ。ちょっとばかり、契約書に判を押していただければね」
    「……契約書?」
     ぼんやりとした頭で、バイオリン弾きは身体を起こしました。
    「そうでさあ。先生を、世界一のバイオリン弾きにしてあげようっていうんですから!」
    「世界一……」
     バイオリン弾きは夢見るような目をしましたが、すぐに首を横に振りました。
    「そんなことをいうとは、お前、悪魔かその使いだろう。それともおれをからかっているか。ここは神聖な教会の厩だぞ。お前なんかが入っていい場所じゃない!」
    「まあ、我々のことを悪魔という人もいますね。しかし、悪い取引じゃないでしょう。魂なんていらないし、死後、あなたを地獄へ引きずり込もうなんてわけじゃない。われわれがほしいのは、もっとわずかなものなんです」
    「……なにがほしいんだ?」
     バイオリン弾きは疑わしげに訊ねました。悪魔と名乗る小男は、にやりと笑っていいました。
    「なに。あなたの聴力ですよ」
     バイオリン弾きは、愕然としました。
    「おれは……耳が聞こえなくなるというのか!」
    「そうですよ。安いものでしょう? みんなから石やりんごをぶつけられることもなくなるし、寝るのもこんなところじゃない。ふかふかの寝台と、豪勢な食事。そしてなによりも安定した生活……」
    「失せろ! おれの前に二度と姿を見せるな!」
     小男は、にやにや笑いをしたまま、後ろに下がりました。
    「また来ますからね」
     次の日、バイオリン弾きは演奏の最中にトマトをぶつけられました。
     そのまた次の日は、腐った生卵でした。
     そのまたまた次の日、バイオリン弾きは悪魔の誘いに乗りました。
     二十年が過ぎました。
     バイオリン弾きは、王様の御前で、演奏を終えました。居並ぶ王侯貴族たちが、皆、拍手をして、偉大な芸術家に敬意を表していましたが、バイオリン弾きにはなにも聞こえませんでした。
     バイオリン弾きは力ない笑いでその拍手に答えました。老いた身体に、聞こえない拍手はつらいだけでした。
     バイオリン弾きは、二十年前のあの取引を、後悔することで毎日を送っていました。
     自分は音楽が好きで、そのためにバイオリン弾きになった。しかし、今やなにも聞くことができないのです。どれほど天上の演奏をしても、自分にはなにも聞くことができないのです。バイオリン弾きのもとには弟子を名乗る人間が幾千と訪れましたが、彼らの音楽を聴いて喜びや痛みや苦しみを分かち合うことすらできないのです。
     バイオリン弾きは、日夜、頭を抱えて苦悶しました。しかし、こんなこと、誰に話せるというのでしょう。悪魔との取引などの黒魔術は大罪です。よくて斬首か火あぶりか。
     そして、これほどの苦しみがあるのなら、斬首でも火あぶりででもいいからこの世から消え去りたいと願うのでした。
     そんなとき、バイオリン弾きの前に、忘れようもない顔が現れました。
    「またお会いしましたね」
     あのときの悪魔でした。
    「なぜわたしの声が聞こえるのかって? それは、あなたの聴力を奪ったのはわたしですからね」
     悪魔は意味深な笑いを浮かべました。
    「ところで、今日はあのときよりも耳寄りな話を持ってきたんですよ」
     バイオリン弾きは次になにをいわれるのかがぼんやりとわかるような気がしました。
    「あなたに、聴力をお返ししたいのですよ。もちろん、ただでとはいいませんがね。あなたの魂をいただければ……」
     バイオリン弾きは声にならない叫び声を上げてそのまま逃げ出しました。
     バイオリン弾きは教会へと駆け込み、懺悔しようとしましたが、耳が聞こえないので自分がなにをしゃべっているかもわかりません。
     バイオリン弾きは絶望のあまり、外へとふらふらと出て行きました。いつかは自分があの悪魔のささやきに乗って契約を結んでしまうだろうことがわかっていたからです。
     いつしか城の外の大通りの前に来ていたバイオリン弾きは、ふと目を上げました。
     …………!
     バイオリン弾きは、老体に鞭打って飛び出していきました。頭の中は、なにも考えられなくなっていました……。
     馬車に弾き飛ばされて倒れ伏したバイオリン弾きの前に、人々が集まってきました。
    「……なんだ、どうした? 誰だ、この人?」
    「……おれ、知ってるぞ。なんとかいう、有名な音楽家だよ。耳が聞こえないのに、ものすごく美しいバイオリンを弾くんだぜ」
    「馬車が来たのに気がつかなかったのかな」
    「……いや、見ろよ。あそこに、子供が泣いているじゃないか」
    「じゃ、この人は、あの子を……?」
    「馬車に轢かれるのから助けたんだぜ」
    「えらい人だったんだなあ……」
     バイオリン弾きは、彼らの話を聞いてはいませんでした。魂が身体を抜けようとしていました。今やバイオリン弾きは、天使たちが奏でる、天上の調べを聴いていたのでした……。
     それからバイオリン弾きの魂がどうなったか、知っているものは誰もいません。

     ……そう、本当の天上の調べなんてものは、そういうときにしか聞けないんだ。だからな、お前も……って、お前にはたぶん、死ぬときにもあのミュージシャンの音楽が聞こえてくるんだろうな。得だな、お前。おれなんか、ライブでしか満足できないから……神の奇跡にすがるしかないのかな。さすがに、楽団を枕元まで呼べるとは思えないもんなあ……。
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    ~ Comment ~

    Re: namaさん

    悪魔との取引もの、書くのが好きなんですよ。星新一先生は多用を戒めておられましたが、悪だくみをどう練るか、考えていると楽しいですね。

    たしかに書き込みが足りなかったかもしれませんが、これ以上書き込むと悲惨になりすぎる気がしまして……(汗)

    人心を把握した悪魔の巧妙さに感服。先を予測せずに拝読していた所為もあってか(←)、2回目の誘いには「なるほどな」となりました。

    目先のものに囚われると後悔することになりますね。

    個人的には、事前にバイオリン弾きの人格や苦悩、音楽に対する情熱等がさらに掘り下げられていれば、“死の際で「天上の調べ」が聞こえる”、というオチにもっと感動できたかもと勝手な感想も…。

    Re: ダメ子さん

    ベートーベン並みの音感と作曲センスがあれば作曲家もいいですが……。

    わたしだったら耳が聞こえない段階で音楽の道をあきらめてしまうと思います。

    地獄の辛さだっただろうなあこのバイオリン弾き……。

    耳の聞こえない演奏家は辛そうです
    自分でどれだけできてるかもわからなさそうだし
    私なら作曲家の方がまだいいかな?

    Re: YUKAさん

    作者としてはあのシーンは救いのシーンとして書いたのですが(^^;)

    ベートーベンだったらまだ救われるでしょうね。子供のころから絶対音感をもっていたらしいから、譜面を読めば頭の中で曲を再現できる。

    いや、ベートーベンのほうがつらいかな?(^^;)

    こんばんは^^

    うぬぬ。
    悪魔と取引して聴力を失い
    最後に聞こえたのが「本当の天上の調べ」とは、なんと皮肉な^^;
    聴力がない音楽家といえば、ベートーベンですかね~

    Re: ぴゆうさん

    本人は軽く受け流したつもりだった(^^;)

    これ以上軽くするとわたしの場合「悪趣味」が出る(^^;)

    わはは(汗)

    NoTitle

    またぁ、まじコメしてぇ!
    軽く受け流しテェなv-12

    Re: ぴゆうさん

    思うのですが、片方の耳しか聞こえないというのもつらいのではないかなあ。浅田次郎先生がエッセイで、中耳炎で片方の耳が聞こえない状態でクラシックのコンサートに行ったら地獄の苦しみだった、と書いておられましたから。

    しかしベートーベンというのは偉い人ですね。難聴であんな曲書くんだもんなあ。天才は違うなあ。

    NoTitle

    タルティーニの悪魔のトリルを思い出しました。
    悪魔は魂をもらうかわりに曲を授けた。
    こちらの悪魔は技術を授ける代償として耳を奪った。
    いつもながら、人にはきつい条件ばかり。
    私なら、左耳と交換したな。
    右耳が残るもんねv-391
    それでは話になりませんから~~

    >匿名さん

    まったくです。
    魂の自由ばかりは売り渡してはいけないと思います。
    どんな魅力的なエサをぶらさげられても……。

    >森野海月さん

    自分がなにをしたいか、と、なにができるか、の狭間にこのバイオリン弾きは落ち込んでしまったのでしょうね。そのギャップからたいいていの悲劇は始まるのですが。
    わたしたちにそのような過ちを起こさないだけの理性が備わっていますように。

    メリクリ~♪

    ホ~ラリルレロー・ナイト☆

    こんにちは。
    結局は何でも人間の内にある、そう思っております。
    一時の他人のもたらす誘惑に打ち勝つ事よりも、
    自分が何をしたいのか、していきたいかの模索こそ、
    人生なのではないかと思う次第。

    メリー・クリスマス♪v-480v-255

    悪魔というものは本当に恐ろしいものだと思うんです。
    魂ってものは死ぬまで誰にも渡したくないですね。

    僕は。
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