FC2ブログ

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ63位 背徳のメス 黒岩重吾

     ←1985年(4) →日本ミステリ64位 蒸発 夏樹静子
     大学のときに読んだ。読後ものすごく疲れたことを覚えている。それ以外のことは完全に忘れた状態で、20年ぶりに再読。楽しみだが怖くもあった。

     読み終えたが、とにかく疲れる小説である。小泉喜美子が理想とする、「おしゃれで、都会的で、遊び心がたっぷり感じられるミステリ」を一方の極としたら、その正反対のベクトルを愚直に貫いたのがこの小説だ。昭和三十年代の、誰からも見捨てられた大阪の貧民街で、エゴイズムむきだしのどろどろの現実がつづられていくこの社会派推理小説に、「遊び心」などというものが入る余裕はどこにもない。そんなものを入れる余裕があったら、もっと怒れ、と黒岩重吾は主張したかったのではないだろうか。不公正な世界で行われている邪悪に対し、なにもできないでいる自分たちの境遇を、もっと見据え、怒れと。昭和三十年代の日本では、まだ怒る気力が読者層にあったのか、この小説は第四十四回直木賞を受賞している。現在では無理だろう。なにしろ、社会の不公正を糾弾しようとしてデモに参加すると冷笑される世界なのだから。それだけ衣と食と住とが、昭和三十年代に比べて行き渡っていることを素直に喜ぶべきなんだろうが……。

     解説で、医療ミスとその隠蔽が大きな縦糸となる本書を、「チーム・バチスタの栄光」などの現代の医学ミステリーの先駆的作品と評価していたが、それはどうだろうか。ここで黒岩重吾が怒っているのは、「医療ミスとその隠蔽」ではないのである。黒岩重吾が怒っているのは、「貧富の格差」そのものであり、この小説が病院を舞台にしていて医療ミスの問題が取り上げられているのは、単なる「偶然」にすぎない。「貧富の格差」によって、たやすく歪まされてしまう職業者の倫理というものを、黒岩重吾は徹底的に憎悪する。そのため、本書においては、出てくる登場人物に、読者が自分を仮託したくなるような「安全な人物」はひとりも存在しない。もう、出てくるやつ出てくるやつ、みんなエゴイズムだけで動いている、まことにイヤなやつか、そうでなければ過去に強烈な不幸を背負っているかのどちらかなのだ。結果として話はすさまじく陰惨なものになる。

     現代でこんな作品がウケるはずも……と思ったが、もしかしたら「虚淵玄」の作品におけるエゴイズムのカタマリのような登場人物たちが社会派推理小説の後継者かもしれない。社会の矛盾というものは、告発するのではなく、対決するのでもなく、「自分にはどうにもしようがないもの」として受容し、利用するだけ利用するのが、21世紀の生き方なのかもしれない。それって裏を返せば、昭和三十年代以前に帰ることを意味するのではないか。2018年の日本の社会情勢がこの「背徳のメス」のようになってきている現在、われわれがやらなければならないのは「怒る」ことであり、社会派推理小説を復権させることなのではないか、などと考えるのである。
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    【1985年(4)】へ  【日本ミステリ64位 蒸発 夏樹静子】へ

    ~ Comment ~

    Re: blackoutさん

    ダメ子さんのお姉ちゃんといい、なんか虚無的なコメントが続いたから、田中圭一先生の「うつヌケ。」でも読んで早めに寝よう!(笑)

    NoTitle

    怒れる余地というかエネルギーがあるなら、まだ救いがあるかなと思っちゃう今日このごろ

    ええ、自分も、怒ってみても結局社会にいいように利用されたり、搾取されたりするだけ、って思ってますね

    なので、自分の作風はあんななんかなと思ったりします
    怒りや皮肉が入り込む余地すらないですからねぇ(汗)

    そして、最終的には無に帰る、死に絶える、っていうのがチラつくわけですが、その過程で一瞬でもキラリと輝くというか光るものは何か?って自問自答してる感じですかね

    Re: 面白半分さん

    ハードボイルドとも、警察小説とも違う、社会問題を扱いながら、人間ドラマを濃厚に描く「社会派ミステリ」は、日本が産んだひとつのミステリの独自の形としてもっと評価していいような気がします。

    疲れた中年刑事が駅で立ち食いそばをすするのが社会派ミステリ、みたいな固定観念からはもっと自由になっていいと思うんですがねえ……。少なくとも、松本清張の小説の肝はそんなところにないですし。

    NoTitle

    これは重そうな作品ですね。
    私、最近は読んで疲れそうな作品は避けてしまっています。
    かといって軽いのばかり読んでいると物足りなくもなり
    重厚な社会派ミステリの復権は個人的にだけでなく必要かもしれませんね

    Re: ダメ子さん

    ダメ子さんのお姉ちゃんのいってることは、ときどき変な当たり方するなあ……(^^;)

    まあ昭和30年代の小説ですし、今から見ればあまりにも古いかもね(汗)

    NoTitle

    もはや目指すべき理想の社会の形すらないですし
    誰が何をしようと少子高齢化で日本が破綻するのは確実ですし
    怒りを持ってもパフォーマンス特化の極右が台頭するだけですし
    社会に関わっても搾取されるだけだからなるべく関わらない方が得ですし
    ってお姉ちゃんが言ってました
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【1985年(4)】へ
    • 【日本ミステリ64位 蒸発 夏樹静子】へ