FC2ブログ

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    日本ミステリ70位 死のある風景 鮎川哲也

     ←鋼鉄少女伝説 12 流速 →日本ミステリ70位 殺人鬼 浜尾四郎
     大学在学時読んだ気がする。そしてそれほど感銘を受けなかったような気もする。それくらいに自分の中では印象が薄い作品であった。どうもアリバイ崩しというやつは、どれもこれも時刻表のトリビアを操作している感じがして好きではない。再読してもどうかなあ、などと思いながら20年ぶりに再読。

     この「東西ミステリーベスト100」を丹念にひとつひとつ読んできたわけだけれど、それによる一種の「成長」は自分なりにあった、ということを、この本を読んで「自覚」したのは何物にも代えがたい体験であった。この、鮎川哲也作品を読んで、わたしは身体の底から「震える」経験を味わったのだ。それは、精緻を凝らしたアリバイトリックでもなければ、遠距離で起こった二つの事件を結びつける手際でもない。探偵役となる鬼貫警部が、犯人の鉄壁のアリバイを崩す「突破口」となるのが、クイーンの「ヨードチンキの瓶」であるのと同様のさりげなさで書かれた、「あるもの」の欠如だったからである。これにはしびれた。作者自身も作中で弁解しているが「あるもの」の欠如それ自体は、単に「なくしたから」だけで済んでしまうようなものである。だが鬼貫はそこから明晰な理論を展開し、その説の検証のために列車を乗り継いで現場まで行くのだ。仕事の鬼である。

     この本を読んで思ったのだが、名探偵は、「オッカムの剃刀派」と「アンチオッカム派」で分類できるのではないだろうか。「オッカムの剃刀」とは、ある現象の原因について、最も説明が少なくて済む仮説を採用する哲学的立場である。例えば、「犯人がそのヨードチンキの瓶を選んだことについてもっとも説明が少ない、ありそうな理由」から犯人を推理するエラリーはオッカムの剃刀派。それに対して、「あるもの」の欠如それ自体に、過剰なまでの意味を読み取り、「普通に考えれば『なくした』だけのことにすぎないんだろうけど、しかしこれは犯人のミスの現れに違いない。絶対そうだ」と結論付けて現場まで足を伸ばす鬼貫は、明らかに「アンチオッカム派」である。クラシックの探偵に対し、新本格ミステリの探偵役は、あからさまにアンチオッカムが多い。

     それは日本人自体が、「オッカムの剃刀」という立場を採用したがらないからかもしれない。「たしかにそう解釈して矛盾はないけれども、別の説明に比べたら圧倒的に煩雑で説明過多な」説を「その行為の原因」として語ることが、一部の人間によくあるのだ。例えば、誰とは言わないが、某そばうどん問題に対して、あからさまに不自然で説明過多で煩雑なことを「起こったこととして」論じる、日本のえらい人とか。いや、誰とはいわないよ、誰とは。とにかく、そういう論理が大手を振ってまかり通る事態が、こりゃヤバいんじゃないかと思う次第で。日ごろから本格ミステリ顔負けの陰謀と詐術の海を泳いでいるようなおかたたちには当然のことかもしれないけどさあ……。
    関連記事
    スポンサーサイト






    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    もくじ  3kaku_s_L.png X氏の日常
    【鋼鉄少女伝説 12 流速】へ  【日本ミステリ70位 殺人鬼 浜尾四郎】へ

    ~ Comment ~

    Re: blackoutさん

    ミステリ書くにはその両方が必要ですからね。

    初期のホームズなんて、まさに「仮説に屋上屋を重ねたがる警察に、ホームズがずばりと意外かつシンプルな真相」を突き付けるようなものですし、それはそれで面白いですが、

    殊能将之の問題作「黒い仏」なんて、あまりにもシンプルな真相を、名探偵が仮説に屋上屋を重ねて真相にしてしまう面白さを狙ったものですし、それもそれで面白い。

    要はバランスですな。名探偵がアンチオッカムの立場を貫き通して芸術品にしちゃったのが小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」でしょうねえ……。

    Re: 部分日っひゃくさん

    参照するデータの量自体はそれほど関係ないんですよ。オッカムがカミソリでばっさばっさ切り落としてしまったのは「仮説の複雑さ」ですから。

    たとえば、ある豪雨の日に布団に入り、目が覚めたら街でいちばん高い木が焼け焦げて倒れていたとします。

    そうした場合、「夜中に雷が落ちて木が倒れた」と考えるのと、「夜中に炎を身にまとったクトゥルフ神話の邪神様が現れて念動力で木を倒し、炎を噴射して木を焦がして、誰にも見られずに去った」と考えるのとでは、どちらもその現実を説明するのに十分な仮説ですが、前者のほうを採用する、というのが「オッカムのカミソリ」の考え方です。

    鬼貫警部やアンチオッカムなかたがやっているのは、考えられる以上は後者の説も検証しないわけにはいかない、とはるばる別の惑星のクトゥルフ神話の邪神の神殿(どこにあるのか知りませんが……)まで足を延ばすようなものだ、と、オッカムのカミソリの支持派は評すると思います。

    まあ、哲学はどうであれ、ミステリは面白ければそれでいいのですが(^^;)

    NoTitle

    仮に、自分が今後ミステリを書くことがあったとしたら、たぶん探偵役はオッカムの剃刀派になると思いますですw

    逆にワトソン役はアンチオッカムにするかもw

    または、そのパターンに飽きたら、探偵役をアンチオッカムにして、ワトソン役をオッカムにしたりするかもですw

    簡単なことを小難しくとか、ちょっとした行動や仕草に過剰な意味を、みたいなのは、自分的には微妙なわけです

    NoTitle

    >オッカムの剃刀
    その言葉をここで初めて知った人がいうのもなんですけどw、でも、日本人って、簡単なことを小難しく語るの大好きじゃないですか(^^;
    (いや、日本人に限らないのかもしれませんけど)
    私は統計の世界で長く過ごしてきた人間ですけど、ホント好きですよ。みんな。無意味なグラフを所望したり、日本語でいいことを横文字に変えるように指示してきたり(笑)
    90年代の後半からみんなネットを使うようになって、さらにスマホでいちいちパソコンたちあげなくてもネットを見られるようになって、それはさらに加速しているようですけど、まさにそのオッカムの剃刀ですよね。
    情報過多で、伝える側も伝えられる側もその瞬間、何が求められているのか?何を求めているのか?わからなくなっている。
    NHKのニュースがまさに最たるもので、災害があった場所の映像を中継しているのに、画面の上、左右に見出しし、横には図を出して、肝心の映像はそれらの隙間からちょっと見えるだけ、みたいな(笑)

    ただ、それはそれとして、これから生活にAIが入ってくるとどうなるんだろう?とも思うんですよね。
    AIなら、あらゆる想定(不要なものも含め)をしても処理できるだろうし。反面、AIが本当に必要(とAIが勝手に判断したものだけ)の情報、つまり答えや指針しか情報として流されない可能性もある。

    とはいえ、統計の世界の世界はともかく、マーケティングの世界でいうと情報とかデータって、判断の材料でしかないんですよ。
    いろんなデータを見た結果、企業の担当者は逆にわからなくなっちゃって。しょうがないから、えい!やっ!で商品作って、見つくろったデータでを後付けしたものが意外にうまくいったりすることも多いわけですよ。

    って、何の話かわかんなくなっちゃったけどw、こんな時代だからこそ感情や肌感覚は大事ってことなんじゃない?(^^;
    • #19813 部分日っひゃく 
    • URL 
    • 2019.01/06 18:54 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 面白半分さん

    「ささいなことから深読みに深読みを重ねて真相にたどり着き、それを実証し裏付けをとるためにわざわざ遠方まで行く」鬼貫警部、星影龍三との違いは「裏付け実証するための遠出をするかしないか」ということくらいだといま気がつきました。

    やっぱり同じ作者の名探偵ですなあ。

    NoTitle

    「アンチオッカム派」ですか。
    新本格は確かに過剰なまでの意味を読み取りをしていますなあ。

    鬼貫警部がこの源流にいた、というのも興味深いです
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【鋼鉄少女伝説 12 流速】へ
    • 【日本ミステリ70位 殺人鬼 浜尾四郎】へ