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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    日本ミステリ73位 黒い画集 松本清張

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     本自体の入手は難しくなかったが、高校時代から大学を中退するまで、積読になっていたミステリ。根性を出して読み終えた後で、なんとも辛く寒々しい気分になったのを覚えている。売ったか捨てたかしてしまったので、図書館の本で再読。

     面白いには面白いが、読んでいてつらい本だった。松本清張という男はイヤになるほど鋭いメスを持つ解剖学者のような男である。その手にかかれば、一見満ち足りた生活をしているような中年男女がふと抱く承認欲求、誰か、それも異性の誰かに心から「愛している」といわれたいという願望、それがいかに卑俗で自己欺瞞に満ちていて暴力的で下賤か、ということが分かりやすい文章で誰の目にも明らかになってしまうのだ。モームも怖い作家だったが松本清張も負けず劣らず恐ろしい。

     フランスにラ・ロシュフーコー公爵という皮肉に満ち満ちた警句を多数残して文壇に今なお消えぬ名を刻んだ男がいるが、彼が「テーマ」といえるほど執拗に攻撃とからかいの対象にした「自己愛」というもので新聞の三面記事を読み解いたのが松本清張の小説といえるかもしれない。人間は「おれは誰かに愛されるに足りる人物だ」と始終うぬぼれていなければ生きていくことさえもできない存在なのである。それが「裏切られた」と思い込んだ瞬間、善良だった銀行員や小間物屋は殺人鬼となり、彼らから身を守るために女は女で凶器を振るうようになる。なんともやりきれないが、それが松本清張の見た「現実」なのだ。松本清張には、奇怪な館や呪われた血統などというものは「余計なこと」に思えただろう。小市民の現実はそれだけでどんなからくり屋敷よりも奇怪な構造をしており、わざわざ血統に頼らなくてもいくらでも呪われたドラマを産み出してくれるのだから。

     そういった「社会派」に対して叛旗をひるがえしたのがあの「新本格」であるが、「新本格」は「社会派」を超克しえたのだろうか、と考えると、あれから20年を経て、「新本格」はようやく松本清張の足元にたどり着いたところなのではないか、と思わざるを得ない。読者は「館」やペダントリーやそれに類するデコレーションに飽きつつあり、飽きつつあるという事実を糊塗するために、作者は館の奇抜さやペダントリーの細密さ、限定された空間内でしか通用しない超論理にどこまでもこだわっているだけだ。

     いま、日本のミステリ界が待っているのは、ひとりの松本清張ではないのか。古式ゆかしき謎解き小説に傾いたバランスを、たったひとりで「三面記事的事件」の支配していた時代に揺り戻してしまう巨人ではないのか。そのくらいの衝撃度ある存在が出なければ、日本のミステリは、ライトノベルの波にただ飲み込まれてしまうだけだろう。それが運命なら仕方ないことだが、はたしてそれは正しいことなのだろうか。
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    ~ Comment ~

    Re: チョコレートひゃく個!さん

    まあ、今の日本で確信犯的に昔ながらの社会派ミステリを書こうとしているのは姉小路祐先生くらいですからねえ。

    社会派ミステリが担っていた部分は、ハードボイルドと警察小説がそっくりそのまま受け継いじゃいましたから……。

    いわゆるノベルズ作家については知りたくもない(笑)

    NoTitle

    >アパートの床が抜ける
    いいじゃん。床が抜けたら、そのまま下の部屋も使っちゃえば(爆)

    >松本清張みたいな人は不在なのかもしれんいまのミステリ界
    確かに、ミステリー小説に限らず、今の小説家であそこまでまったくオチャラケなし!って人はいないかもなー(^^;
    松本清張は、現在だとちょっと総花的すぎちゃうっていうのもあるんじゃない?
    適当な方向に特化してないと、(松本清張みたく)違う方向性の本を出した時に、現在のわがままな読者たちから「前のテイストと違う!」とアマゾンで酷評され、その途端売れ行きが落ちちゃう、みたいなとこが今はあるんだと思います。
    あと、今、本格モノがウケるのは、読む本くらい日常の生活から離れたいとか、サツジンという生々しくギラギラした感情はちょっとカンベンみたいな気持ちが読者にあるんじゃないのかな?
    何よりSNS映えする探偵wが、「犯人はお前だ!」とカッコよく“答え”を出してくれる話を望んでいるっていうのもあるだろうし(^^;
    ただ、いずれにしても松本清張が書いていた話の要素っていうのは、それぞれの弟子に引き継がれているから、今となっては松本清張みたいな作家はいなくてもいいのかもしれないですね。
    • #19905 チョコレートひゃく個! 
    • URL 
    • 2019.02/17 16:59 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 建ひゃく記念日さん

    東野圭吾は、ミステリ界の山寺宏一みたいなもんで、基本的にどんな文体でも書ける人です。宮部みゆきは何を書いても優しさがにじみ出るしなあ。そう考えると、松本清張みたいな人は不在なのかもしれんいまのミステリ界。

    とりあえず今は積読の本を消化せねばアパートの床が抜けるw

    NoTitle

    >松本清張をテクストとして素直に読んで、素直に評価することがミステリ界に求められている
    とはいえ、東野圭吾なんかは文体がもろ松本清張だし。
    宮部みゆきもかなり参考にしているみたいだし、何より「イヤミス」は松本清張の小説の登場人物を男女を入れ替えたらこんなにも女性にウケる!という、ある意味コロンブスの卵だったと思うけどなー。

    本格モノ、というか館モノ・孤島モノは時々無償に読みたくなる時があるんだけど、松本清張もそうなんですよね。あー、松本清張読みてえ!となる時が時々ある(*_*;
    ブリッツさんの言うように、ネガティブにとらえられる傾向はあるけど、その反面安定した人気はあると思いますよ。
    テレビでも定期的にドラマ化しているし、ドラマ化するとアマゾンの中古本がガーン!と跳ね上がるもん(泣)
    もちろん、それは松本清張のドラマを見る世代の人口ボリュームが大きいからというのはあるんでしょうけどね。
    とはいえ、ネットの(本や映画、音楽等の)評価は結局どこかで誰かが書き込んだ「これが名作」みたいなのがあり意味ブランド化されちゃって。それに接しないとその道の通じゃなくなっちゃうみたいな強迫観念で、みんなしてそれらを持て囃しているみたいなとこがあると思いますよ。
    そもそもコンテンツ(本や映画・音楽等)の評価を書きこむ人って、たぶん中高生くらいが多くて。それを見た他の世代がそれがいかにも世の正しい意見みたいに勘違いしちゃって、同じようなことを書き込むみたいな流れになっているんじゃない?
    そんな風に、ネガティブ評価に傾いているように感じるのは、名探偵コナンとか金田一少年から小説のミステリーを読み始めたばかりの新本格ファンの声がネットでは大きいからという面もあるんじゃないですかね(^^;
    とはいえ、古くさいのは確かだし、また、濡場や男のギラギラした欲望(欲情)が描かれていると、とりあえず最近の小学低学年の学級委員会的倫理観で否定しなきゃならないみたいなとこあるから、そこでどうしてもネガティブ評価になっちゃうみたいなとこはあるんじゃないかな?

    ていうか、ブリッツさんが松本清張で書くから、また読みたくなっちゃって。前から読もうと思っていた『死の枝』を読み始めたんだけどさー。
    なんで、こんなぶっきらぼうな文章と唐突な展開なのに全然違和感がないんだろうって(笑)
    あと、ミョーに抒情的なんですよね。あれは、ホント不思議!
    ブリッツさんの言うように、ミステリー作家は松本清張をもっと参考にした方がいいと思いますね。
    • #19890 建ひゃく記念日 
    • URL 
    • 2019.02/11 18:53 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ひゃっくと豆まきさん

    ラ・ロシュフーコー公爵は、政争には巻き込まれるわ戦場へは何度も駆り出されるわ家庭は不幸だわで大変な人生を送ったみたいですね。そのせいですっかりあんなおじいちゃんになっちゃったみたいでw

    松本清張については、新本格の台頭以来、みんな非常にネガティブな評価に傾いているような気がするんですよね。もうちょっと、松本清張をテクストとして素直に読んで、素直に評価することがミステリ界に求められているんじゃないかと思いますねえ。

    NoTitle

    >彼が「テーマ」といえるほど執拗に攻撃とからかいの対象にした「自己愛」
    その、ラ・ロシュフーコー公爵というヤツ。
    なんだか、とても気が合いそうな(爆)
    ただ、そういうヤツって、実はそーと―ナルシストだったりするんだよね(^^;

    >奇怪な館や呪われた血統などというものは「余計なこと」
    松本清張エライ!(笑)

    >「新本格」はようやく松本清張の足元にたどり着いたところ
    足元にたどり着いた所というよりは、意識して遠ざかっているような(笑)
    その「新本格」が具体的に何なのかは知らないで。あくまで、館モノ孤島モノ+名探偵としますけど、「新本格」(のファンとファンに読んでもらいたい作者&出版社)は進化ではなく、ひたすら深化に励んでいるような気がするんですよね。
    ひたすら内向きというか、仲間内でしかわからないような差異をあーでもない、こーでもないといじくりまわしてニタニタ笑ってるみたいな(^^;
    いや。キライじゃないんですよ、本格モノ。時々、無性に読みたくなる。
    ただ、その無性に読みたくなる時を思い返すと、現実逃避したいがゆえにそれを求めているような気がするんですよ。
    もちろんね。本を読む行為なんて、ある意味現実逃避なんで。全然悪いことではないとは思います。
    そうなんだけど、深化に耽溺のあまり、実話怪談レベルなバカバカしい内容になっちゃったり、ファンが喜びそうなキャラクターが出てくるだけの物語(というか物語になっていない)になっているものが多いような気がするんですよね(+_+)

    >「三面記事的事件」の支配していた時代に揺り戻してしまう巨人ではないのか
    松本清張は本人一人のボリュームもさりながら、その影響を受けた人があまりに多いじゃないですか。
    だから、多いがゆえにバリエーションが広がりすぎちゃって。
    その広がったバリエーションごとにマーケットがあるみたいな状況だから、新たな松本清張!みたいな人は出にくいんじゃないかと。
    ていうか、松本清張が活躍していた頃っていうのは、(想像ですけど)まず、週刊誌や雑誌の連載というマーケットがあって。その後、本になるという時代だったわけで、今の市場構造とは違ってきているような気がするんですよね。
    何より、本が売れない時代だし。雑誌にいたっては虫の息みたいなところもある。ていうか、流行りすたりのサイクルが異常に早いですよね。
    そういう時代に一人の作家が状況をガラっと変えちゃうみたいな状況は起きにくいんじゃないかと。

    これもあくまで想像ですけど、ライトノベルがこれだけ隆盛(なのか?)なのは、それが漫画やアニメの延長にあるからだと思うんです。
    幼児や小学生は漫画やアニメを見て、その後、それよりもちょっとだけ大人なライトノベルに進む。
    一方、オトナは楽しみをスマホでSNSやゲームにしか求めないようなところがあるんじゃないですかね。
    ていうか、今はそのオトナがアニメや漫画に夢中な時代ですから(^^;
    それこそ松本清張みたいな人が小説で正論を書いちゃったら、キレイゴト大好きな人たちから一斉攻撃されちゃうんじゃないかと思うけどなー(爆)
    本はともかく、テレビドラマなんか見てると、小学校低学年の学級委員会的なキレイゴトを世界観に描かないと、見ている人は誰も理解できないじゃないかって気がします(笑)
    • #19869 ひゃっくと豆まき 
    • URL 
    • 2019.02/03 17:20 
    •  ▲EntryTop 

    Re: LandMさん

    だからあの人の小説のモデルにされちゃった人たいへんだったそうですな。

    遭難記録をモデルに完全犯罪サスペンスを書かれた登山家の人なんて、もろに「犯人」呼ばわりされたそうですから、たまったもんじゃない(笑) いや、笑い事じゃないけど、そのサスペンス、小説として、面白かったもんなあ(笑)

    NoTitle

    そういえば。
    松本清張先生のことを知っている人は。
    「あの人は知りたいって思うことは徹底的に聞く人だから~~。
     それこそ解剖するみたいに根掘り葉掘り聞いてくる~~。」
    ・・・ということを。
    松本先生の識者はみんな言っているらしいです。
    それは小説に反映されているんですね。
    (-ω-)/

    Re: 面白半分さん

    まあ、明治の小説が昭和の小説に駆逐されたのを思えば当たり前の流れかもしれないんですが……。

    芭蕉でも清張でもいいから出てきてほしいもんです。そうしないと、今は元が太いから何とかなってますが、いずれ「小説」はラノベに駆逐されるんとちゃうかなあ。

    NoTitle

    乱歩の”ひとりの芭蕉”のならぬひとりの松本清張、
    いずれでてくるんでしょうか

    ライトノベルの波は強そうです
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