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    鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 14 強敵

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    stella white12

       14 強敵

    『HELLO、CUBISM』

     今日の相手のひとりと見られる『LHART』からのメッセージは、そう始まっていた。すべて英文だ。めんどくさいから以降全て日本文に訳す。

    『君の評価と再現データをサイトで読んだ。一度手合わせしたいと思っていた。今日逢えて嬉しい。今回の舞台はわたしからのプレゼントだ。喜んでもらえればいいのだが』

     MAPの個室でスツールに座ったぼくには、なにをどう喜べばいいのかまったくわからなかった。

    『紀元七〇年、ローマ軍による攻城戦。赤軍・防戦側』

     ETによる解説は、これだけしかしゃべってくれなかったからだ。

    『あれですね』

    『あれね』

     キリコとユメちゃんはETを介して手短に言葉を交わした。この不親切きわまる解説だけですべてが飲み込めたらしい。

    「いったいなんなんだよ、これ」

     ユメちゃんが説明してくれた。

    『紀元七〇年にローマ軍は大規模な攻城戦を戦いました。イェルサレム攻防戦です』

    「イェルサレムって中東にあるあれ?」

    『もちろんよ』

    『当時のイェルサレムにはヨセフス・フラヴィウスの記述をそのまま信じるならば二百万人以上が立てこもっていました。攻めることになったのが四個軍団二万四千の歩兵部隊を中心とするローマ軍。総数は七万人というところです』

    「どっちが勝ったんだ?」

    『戦闘機械みたいなローマ軍に狂信的なだけのユダヤ人が勝てるわけないでしょ。数ヶ月に渡る激しい殺し合いの末、イェルサレムは陥落。それが現在のパレスチナ問題の原因ともいうべきディアスポラという結果をもたらしたのよ』

    『完全に正確ではありませんが、だいたいそんなところです。ここらへんの状況はぐちゃぐちゃですので、まともに説明をすると一時間くらいかかりますし』

    「よくわからないが……ぼくたちは悪玉側なのか?」

    『順昇、あなたそのなんでも善悪にわけて考えるっていう考え方、やめたほうがいいわよ』

     キリコが、どことなく憂いを帯びた声でいった。

    「ふん。そういう頭の構造をしているもんでね。それで今回は、ぼくはなにをやったらいいんだい?」

    『いつもと同じ。敗走してきたやつを再編成して前線に送り返して。でも』

    「でも?」

    『今回のゲームでは、順昇の存在が鍵になるわ。だから、気を引き締めて操作して欲しいの』

    「なんだよ。弱気だな。あの相手を知ってるのか?」

    『「LHART」?』キリコは、エルハート、と発音した。『いいえ。知らないわ。でもね。リデル=ハート卿の名前をハンドルネームに使うっていうのは、よほどの身の程知らずか、よほどのつわものよ』

     ユメちゃんから後で聞いたところによると、リデル=ハート卿というのは、すでに故人だがその筋では神様みたいに思われている、戦略理論の専門家だそうだ。

    『……それにね』

     キリコはちょっといいよどんだ。

    『戦いの舞台を選択できるってことは、このゲームの関係者だと推定してまず間違いないでしょう。関係者が身の程知らずのバカだとは、わたしにはとても思えないわ』

     キリコは通話を切った。

     とりあえず視界を地図に切り替え、キリコが部隊を配備する様子をぼんやりと見ていた。いろいろと悩んでいるようだ。

     だからといってぼくになにができるわけでもなかったけれど。

     キリコとユメちゃんは布陣を終えた。敵も布陣を終えた。

     ローマ軍による破城槌の一撃とともに戦闘が始まった。

     戦いは錯綜を極めた。

     イェルサレムの街は、神殿を中心として三つの強固な壁で取り囲まれている。内側から、第一の壁、第二の壁、第三の壁、と地図には書いてあった。第三の壁が、外壁だ。

     最初はイェルサレムの外壁での激烈な殴り合いだった。

     敵は、はしごをかけて壁を登ってきているらしい。ローマ兵は次から次へと、アリがたかるようにじわじわと浸透しようとしていた。

     こちらの部隊も敵が来るところに鈴なりになっては、槍や刀を振り回したり、燃え上がるたいまつを投げたりして、ローマ兵をもぐらたたきでもするかのように潰していく。

     そんなことをしていたときには、もしかしたらけっこう粘れるのではないかという感じがしていたのだが、そんなのは大甘もいいとこな見通しだった。

     ローマ軍はばかでかい破城槌をいくつもいくつも持っていた。雄羊の頭の形をしているのだが、それが城壁を突き破って、死人をも起こすような音とともに勢いよく姿を見せるのだ。さっきからこちらがさんざん投げているたいまつも、この破城槌を破壊するためのものらしい。当時の人間も、こんなのが相手だったらきっと心臓が止まる思いだったに違いない。

     数え切れないほどの破城槌の突撃で、壁はいたるところで破られた。ローマ軍が突入してくる。

     市街戦が始まった。

     この状況については、ぼくはよくわからない。なぜならこのころになると、部隊の再編成という作業は猛烈に忙しくなっていたからだ。

     ぼくは、前線からちょい後ろという位置にいるものとして再編成を行なっていたのだが、前線からは、次から次へと混乱した兵士たちが送られてきていた。お前らも狂信者だったら、その場で立って死んでこいといいたくなる。

     やっとのことで再編した兵士は、前線に送り出すのだが、最初はキリコのいう通りに、ここが弱い、あそこが弱いという場所に送っていたものの、じきにもうなにがなんだか分からなくなってしまった。

     イェルサレムの街の迫真のCGと、合成音声とは思えない身体をゆすぶるような兵士たちの叫び声に幻惑されていた、というのも一因ではあるが、とにかくひどい混乱状態だったのだ。

     ここまで作るかという、本物そっくりの傷だらけの兵士。ローマ軍の上にぶちまけられる煮えたぎった油。ばかでかい石弓……。

     ときの声。断末魔の絶叫。絶望的な戦況を目にした人間たちの、泣き叫ぶ声!

     それらがわんわんとぼくの周りを取り囲むのだから、細かい作業はやりづらいのだ。

    『浦沢先輩! 兵をください! 大至急!』

     ユメちゃんからせっぱつまった伝令が来た。ほかならぬユメちゃんの、それもこのゲーム中はじめての頼みだ。聞いてあげたかったが、先ほど再編成した部隊はキリコのもとに送ってしまったばっかりなので、今はどこにも余裕がない。

    「作りしだい送る! 待て!」

     その空約束だけを伝令として送るのが精一杯だった。

     ようやく一個大隊を組み上げて地図を見ると、ローマ軍は内側の第二の城壁にも迫りつつあった。キリコもユメちゃんも頑強に抵抗しているらしいが、戦況は圧倒的に不利のようだ。

     ここまで出血がひどいと、「逐次投入・各個撃破」の愚(ぼくだってこれだけゲームをすると戦術の初歩くらい覚えるのだ。覚えたところで使いこなせるかは別なんだが)なんて言ってられないのも事実だろう。

     ぼくは大隊をユメちゃんのもとに送った。

     また、再編という作業が延々と続くのか……。

     延々と続くわけでもなさそうだった。

     ローマ軍は、さっきの破城槌などの攻城兵器を前面に押し立てて第二の壁にも猛攻を加えてきたからだ。

     第二の壁は外壁である第三の壁ほどの時間ももたなかった。

     キリコとユメちゃんは善戦しているようだったが、なにぶん兵士の質が違っていた。防衛線が破られそうだから可能なかぎり早く兵士を頼むというキリコからの伝令が、数を数えるのもバカバカしくなるくらい届いた。

     地道に再編成をする以外にぼくになにができるっていうんだ。

     とうとうキリコたちは第二の壁も放棄した。

     ローマ軍強すぎる。

     今やぼくたちは、袋のネズミという言葉がぴったりする状況にまで追いつめられていた。最後の第一の壁を破られたら、後は神殿にたてこもるくらいしかない。

     たてこもる部隊にしても、もう再編成しようにもできそうにない。どうやらほとんどは戦死してしまったようだ。

     激戦の末、ローマ軍はついに第一の壁も突破した。

     ユメちゃんが必死にローマ軍の攻撃に対して防波堤となる中、キリコは神殿にたてこもった。

     ローマ軍はユメちゃんの部隊を蹂躙したようだ。衆寡敵せずとはこういうことをいうのかと、ぼくは変なところで納得した。あまりといえばあまりな展開に、感覚がマヒしてきたみたいだ。

     伝令が届いた。ユメちゃんからだ。

    『浦沢先輩。兵をください』

     つぶやいた。

    「もうやめてくれ」

     ゲームとはいえ、全員玉砕なんてひどすぎる結末だ。だからシミュレーションゲームなんて嫌いだ。

     そのときだった。

     今まで聞いたことのない音楽とともにゲームが停まった。

     びっくりして目をぱちくりする。

    『TIME UP』

     時間切れだって?

    「どういうことだよ」

     ETを操作してキリコに聞いてみた。ゲームが終わった以上、通話には伝令を通す必要はない。

    『ローマの補給が尽きた、ということね』

     よくわからん。

    「歴史的なことはいいよ。それでぼくたちは? 負けたんだな?」

    『それは……』

     キリコがなにかいいかけたところで、急に音楽が変わった。

     なじみの曲。

     目の前に、これまたなじみの文字のETが。

    『YOU WIN!』

     信じられなかった。

     文字の下になにか書いてある。目を皿のようにして読んだ。

    『勝利ポイント 青軍 519 勝利条件の1000に達しませんでした。赤軍の勝利です!』

    「勝利ポイント? なんだよこれ。こんな表示は見たことないぞ」

     ユメちゃんが教えてくれた。

    『毎回このゲームをやると、内部で、作戦目標を達成したぶんを、勝利ポイントとして計算してくれるんですよ』

    「作戦目標?」

    『占拠した土地とか倒した敵数とかですね。いつも浦沢先輩がご覧になれないのは、会長は、このような勝利ポイントで計るような状況になる前に、決定的勝利を収めてしまうからです』

    「でも、それにしたって、今回は負けていたじゃないか」

     反論に対する答えは、メッセージの形で表れた。「LHART」からだ。

    『アイアン・ガール!』

     メッセージはその言葉で始まっていた。キリコが激しく息を吸い込む音が聞こえた。あいつは回線を切っていなかったのだ。

     メッセージは続く。ぼくは英文を追うのに必死になった。

    『すばらしい。CUBISM、君はまさに鉄のような女性だ。わたしの会社でも、君ほどうまくこのゲームのシステムを使いこなすことができる人間はいないだろう。

     わたしは、このシナリオを組むに当たって、史実のイェルサレム攻略戦をデフォルメしてエッセンスだけを取り出そうと思った。そこは楽しんでいただけたかな?』

     キリコは、メッセージを送った。同じように、英文で。

    『楽しかったわ。史実の攻囲戦にあった長いだけの準備期間や、ユダヤ側を襲った過酷なまでの飢えと渇き、それにどうしようもない内部分裂なんてものが存在しなかったのでね。史実でもこうだったら、ヨセフス・フラヴィウスも投降なんかしなかったんじゃないのかしら』

     向こうからの返信も早かった。

    『CUBISM、君がこちらのゲームデザインの意図を汲み取って評価してくれて非常に嬉しい。このゲームは、つきるところエンターテインメントであるのだから。もっとも、こちらとしてはエンターテインメント以上のものを目指しているというのもまたほんとうのことだがね。

     話を戻そう。

     わたしの計算では普通にプレイして十五分、熟練者でも三十分で、この街は陥落するはずだった。

     それを君は一時間も粘ったのだ。しかもわたしを相手にして。まさかとは思ったが、事実は事実だ』

     ぼくは驚いて目を開けると、携帯端末を引っ張り出して時刻を確認した。六時三分。間違いなかった。ぼくたちは一時間も、このゲームをしていたのだ。

    『感嘆するしかない。君はまさに、サイトがいうところのアイアン・ガールだ。時が来れば、わたしは君を招きたいと思う。その日が来るのを今から心待ちにしているよ』

     キリコは、辛辣に返した。

    『お招きはありがたく受け取っておくけど、女の子を呼ぶのに「アイアン・ガール」はないんじゃないかと思うわね。ゲームのセンスはともかくとして、言語センスには深刻な疑念を抱くわ』

     返信。

    『サイトではみんなそう呼んでいるのだが。わたしはいい呼び名だと思う。有名な女性もいるし』

     これを読んだキリコが隣の部屋でいったいどんな顔をしているのかを想像して、背筋がぞくぞくした。

    『また逢おう、CUBISM』

     「LHART」はそう締めくくった。

    『地獄へ堕ちなさい』

     キリコは答えた。



        予告

    忘れたかった過去だった。

    忘れたはずの過去だった。

    しかし過去は暗闇から蘇り、

    兵士の心をぎりぎりと締め上げる。

    いばらの棘の苦痛に耐えかね、

    キリコは声にならない叫びを上げた。

    次回「十字架」

    重荷、それは誰も代わりに背負えない。

    (ナレーション・銀河万丈)
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    ~ Comment ~

    Re: らすさん

    あんなに洋ゲーにグロ描写が多いのは、第一次大戦と第二次大戦を潜り抜けてきた国だからかなあ。

    それとも、手塚治虫がいなかったせいかなあ(^-^;)

    Re: 椿さん

    エルサレム攻城戦では、「Siege of Jerusalem」ってボードゲームがありまして、敵味方合わせて2000個くらいのコマで攻城戦を再現するらしい。

    大学を失意の中で去る頃にホビーショップでお手頃価格で出てるのを見つけたけど、また買えるだろうと思って見送ってしまい、以来後悔しっぱなしです(^-^;)

    悔しいので小説のネタにしてしまったい(笑)

    NoTitle

    こんばんは( ¯﹀¯ )/+*

    10代20代の頃にあんなにハマったテレビゲームも据え置き型ゲーム機からは完全に卒業、
    今は惰性で「艦これ」をやっているぐらいです。

    このお話のゲームは海外製なんですね。
    海外ゲームって何であんなに残酷表現に拘るのでしょうか。
    「モータルコンバット」も酷かったし、
    自分は5年ぐらい「ウルティマオンライン」をやってましたが、
    あれもプレイヤーが死ぬとその場に裸になった自分の死体が転がります。
    モンスターに持ち物を奪われ、
    場合によっては死体がバラバラだったり…
    強力な敵が出てくるイベントではそこらじゅう死体だらけになります((((;゚Д゚))))

    NoTitle

    すごい! 
    順昇くんと同じく「さすがにこれは無理ゲー。前提条件が悪すぎる……」と思って読み進めていたので、メッセージが流れた時はうおーーってなりました!
    次はどんな展開になるのか? 楽しみにしております。
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