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    鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 15 十字架

     ←自炊日記・その89(2019年5月) →日本ミステリ94位 ぼくらの時代 栗本薫
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       15 十字架

    「すごい戦いだったな」

     MAPの周りに鈴なりになっていたギャラリーの中から、早川先輩が姿を見せた。人をかき分けてこっちへとやってくる。

    「あの……早川、先輩?」

     ユメちゃんが表情を固くして早川先輩に話しかけた。

     早川先輩はにこにこしながら答えた。

    「早川さんでいいよ。なんだい?」

    「サイトってなんです?」

     早川先輩はびっくりした顔になった。

    「知らないのかい? 意外だな」

    「ぼくからも聞きます。なんなんですか?」

     ぼくも勢い込んで聞いた。

    「なんだい、浦沢も小金沢さんも。てっきり知っていると思っていたんだが。浦沢、最近はネットサーフィンをやっていないのか?」

     え?

    「なにいってるんですか。ぼくは受験生ですよ」

    「それでもやっているだろう」

    「はあ、まあ。でも、自作パソコンのウェブサイトめぐりがそれになんの関係があるというんです」

     早川先輩は、嘆息した。

    「まったく、浦沢。お前には人からどう見られているかという発想はかけらもないのか」

     ようやく、鈍いぼくにもなにが起こっているのかがわかってきた。

    「先輩、それって」

     あまり考えたくはなかったが。

    「没入すればすぐに……今は疲れてるか。携帯があるんだろ? 検索エンジンで『MAP4 RTS』で検索してみろよ。すぐにヒットするから」

     自分の携帯端末を取り出してインターネットの画面を出すと、いわれたとおりにブレスのETで打ち込んでみた。

     山ほどウェブサイトが出てきた。

    「早川さん、どうなってるんですか?」

     携帯から目を上げて訊ねた。

    「どうなっているもこうなっているも、見ての通りだ。今、大学生の一部を中心としてこのゲームの少なからぬブームが起こりつつある」

     ぼくたちは顔をこわばらせて、早川先輩の話を聞いていた。

    「思うに、これはすぐに大規模なブームへと変わるんじゃないかな。現にアイドルもいるしな」

    「アイドルって」

     凍りつくような声。

     振り向いた。

     キリコが、地獄から這い上がってきたような顔で立っていた。

    「わたしたちのこと?」

     早川先輩は意外そうな顔をした。

    「ああ、そうだが?」

    「陰でアイアン・ガールなんて呼んでいたのね」

    「まずかったかい」

    「早川さんがそう呼び出したの?」

     早川先輩は首を振った。

    「いや。ネット上で、誰とはなしに」

    「よかったわ」

     キリコはマイナス八十度のドライアイスみたいな声でいった。

    「よかった?」

    「もし先輩がそう呼び出したんだったら、その顔に一発、ビンタをくれてやるところだったんだから」

     キリコはくるりと背を向けると、外へ向かって歩いて行った。

    「いったいどうしたんだ、霧村さんは?」

     キリコがなにを考えているのかはわかりすぎるほどわかった。

     ユメちゃんもたぶんそうだろう。

    「早川先輩」

     ぼくは静かにいった。

    「ちょっとお時間いいですか?」

     ユメちゃんを帰し、ぼくは『フォートレス』の隣にあるコーヒーのスタンドで、早川先輩と並んでカウンターに腰掛けていた。

    「いったいなんだい」

    「キリコに『鉄の女』という言葉は禁句なんです」

     早川先輩は、訂正した。

    「『アイアン・ガール』。鉄の娘」

    「同じですよ」

     嘆息し、一番安いレギュラーコーヒーにミルクと砂糖を入れた。

     スプーンでかき回す。

    「先輩も読んだでしょ? あの『LHART』とのメッセージのやり取り」

    「そりゃあ読んだが。確かに霧村さんは怒っていたな。でもあれ、相手の図々しい態度に腹を立てたんじゃないのか? そう思っていたけれど」

     うなずいて、コーヒーを口へと運んだ。

    「それもあるでしょう。でも、理由としては薄いですね。考えてみてください。あの程度の態度で怒るなら、これまでにももっと敵対的な言葉を使ってきたプレイヤーがいますよ」

     もう一口飲む。

    「キリコがあんな態度を取ったのは、小学生のころの体験がもとです」

    「体験?」

     昔を思い出す。

    「あれのおかげでどれだけいやな目にあったことか。ほんとうは、思い出したくもないんですけどね、キリコもぼくも。ユメちゃんはどこまで知っているかは知りませんが、キリコとの関係を考えるとだいたいのところは知っていると考えるほうが自然でしょう」

    「もったいぶらないでくれよ」

     早川先輩はこちらを見つめた。

    「なにがあったんだ?」

    「初めはくだらないことでした」

     砂糖を入れたわりにコーヒーが苦い。

    「キリコのやつが悪い頭はしていないことは、ゲームを見ていてもわかるでしょう」

    「ああ。部隊を生き物みたいに操り、理にかなったやりかたで敵を粉砕していく。あの様子はNHKで囲碁や将棋番組の代わりに放送しても、いい視聴率が取れるんじゃないのか。で、それがどうした」

    「頭が良かったのが悪かった。あいつは小四のころに、理不尽なことをごり押ししようとした教師に食ってかかったんです。その教師というやつが頭の悪い女で、キリコに論破されてしまった」

     早川先輩は、アイスラテを取り上げて一口すすった。

    「続けて」

    「いったいなにでもめたのかは忘れてしまいました。学芸会での配役だったか演技だったか、だいたいそんなところです。しかし、プライドを傷つけられたのかその女教師は怒りました。それもひどく」

     あの女の顔は思い出したくもない。できれば二度と会いたくないものだ。

    「思うんですが、どうして教師の頭の悪さとプライドの高さは正比例しているんでしょうね? あの女はキリコに、クラスみんなの目の前でこういいました」

     独特の口ぶりを真似しながら、ぼくはそのセリフを口に出した。

    『サッちゃん、昔、あなたそっくりの人がいたのよ。サッチャーっていう人。血も涙もない恐ろしい独裁者でね、戦争を起こして人をいっぱい殺したの。それでついたあだ名が鉄の女。最後にはアルツハイマーにかかって、みじめに死んだそうよ』

     力なく笑う。

    「今からなら、批判もあるだろうけれどサッチャーがどんなに優れた大政治家だったのかくらい理解できます。でも、当時の子供にそれを理解しろというほうが無理でしょう? おりしも、イギリス本国では労働党が政権を奪還したばかりのころで、サッチャーの名前が悪しき支配者のシンボルみたいにいわれていましたから」

    「それで霧村さんは『鉄の女』と? でもそれだけのことで、あそこまで嫌うようにはならないと思うんだが」

     ぼくは息をついた。

    「それだけで済んだら、キリコもあんなになることはなかったんですけれどね」

    「済まなかったのか」

    「ええ。残念ながら」

     痛い記憶になる。

    「あのバカ教師のあのひとことで、キリコはガキどもに『鉄の女』だの『サッチャー』だのと呼ばれるようになったんです。霧村早智子だから、昔から、キリコ、と呼ばれていただけに、サッチャーという名前が定着するのも早かったですしね。その名前が流行ると同時に陰湿ないじめが始まりました。なにしろバックには教師の暗黙の了解があったもんだから、始末に悪い」

    「いじめ、か」

    「そうです。あの年代の小学生がどうしようもなく愚かであるのと同様に、どうしようもなく残酷になれるのを早川先輩も知っているでしょう? キリコはもとから成績優秀だったし、シミュレーションゲームだなんていうマイナーで閉鎖的な趣味の持ち主だったから、クラスで孤立するのも早かったんです。どんないじめがキリコに対して行われたのかについては想像してください」

    「誰か味方になってくれる人はいなかったのか」

    「そんなバカなやつはひとりしかいませんでした」

     早川先輩の目に理解の色が浮かんだ。

    「小金沢さんか」

     首を振った。

    「ユメちゃんは、中学に入るのと機を同じくしてこの市に引っ越して来たんですよ。だからこのころはまだいません。でも、そのバカが誰かはここまでしゃべればわかるでしょう」

     親指を立てて自分を指す。

    「ぼくですよ」

     早川先輩もアイスラテがまずくなったようだった。

    「驚いたな」

     ぼくは目を閉じた。

    「別に、騎士道精神とかそういうものがあったわけではないです。単に親が家族ぐるみのつきあいをするほどのような幼なじみだったからにすぎない。いや、それだけでもないのかな」

     キリコがついさっきいった言葉を思い出す。

    『順昇、あなたそのなんでも善悪にわけて考えるっていう考え方はやめたほうがいいわよ』

     確かに、あのときは棚上げしておくべきだったかも知れないな。

    「なんであれ、キリコの側に立ったことでぼくもまたいじめの対象になりました。どんなことがなされたのかはこっちも想像してください」

     想像だけでは、毎日がどれほど暗い日々だったかはわからないだろうけどね。

    「それでパソコンに?」

    「人間なんか大嫌いになりましたからね。ぼくは趣味の自作パソコンに没頭、いや、逃避し、キリコはシミュレーションゲームに逃避した。これでこういった趣味がなかったら、首を吊ってもおかしくはなかったんじゃないでしょうか」

    「つらかっただろう」

    「昔の話です。昔の話にしたい。先輩はおかしがるかも知れませんがね、ぼくはいまだに、一歩間違えるとあのとき落っこちたよう
    な暗闇に再び転落してしまうんじゃないかと思えて、怖いんですよ」

    「でも、霧村さんと小金沢さんと、それにおれがいるだろう」

    「正確には、その三人しかいない、です。あれ以来人間というものに不信感を覚えたぼくは話し相手すらもほとんど作らなくなった。それはキリコも同じです。教えてあげましょうか。キリコの率いるシミュレーションボードゲーム同好会には部員がユメちゃんしかいないんです。マイナーな趣味だからというよりは、キリコが人を寄せつけたがらないような雰囲気を漂わせているからでしょうね」

    「前任の先輩くらいいたんじゃないのか?」

    「キリコの話によると、そのとき三年生だった先輩がたは、受験勉強のため、会長はじめ全員が幽霊部員と化していたとか。放り出されたキリコは、ひとりきりでゲームをしていたということです。ぼくだったらそんなのごめんですね」

    「そういえば」

     先輩は鋭い目を向けた。

    「浦沢はどうしてその研究会に入部してやらなかったんだ」

    「簡単です。ぼくはシミュレーションゲームというものが大嫌いだからです」

    「それだけ?」

    「基本的にはそれだけです。まあ、キリコとの間に断絶ができていたというのもありますが」

    「断絶?」

    「いじめっていうものを長く受けていると、受けていたほうの人間の精神がささくれてくるものなんです。なんで、自分がこんな目に遭わなければならないのか。それはあいつのせいだ。あいつの肩を持ったばっかりに。なんの益にもならない嫌な考え方ですが、人間はそうできているのだから仕方がない。小学校を卒業し、中学に入っても、キリコとたしかに言葉は交わしていましたが、それだけの話にすぎない。見えない壁があるんです」

     ユメちゃんが入学して来たときは、入ろうかと思った。それは事実だ。早川先輩にはいわなかったが。。

    「悪かった。そんな体験をしているとは知らず、説教がましいことをいって」

    「いいんです」

     首を振る。過去の話だ。いや、過去にしたい話だ。

    「だがそうなると、おれもなにかひとことネットに書かなくちゃならないな」

    「先輩もなにかMAP関連のサイトを持ってるんですか」

    「霧村さんが最初に『フォートレス』に乗り込んできた晩に、すぐに記事を書きなぐったからな。もしかしたら浦沢たちの人気に火をつけたのはおれかも知れん」

    「なんてこった」

     ぼくは頭を抱えた。


        予告

    絶頂。転落。運命はいともたやすく人間をもてあそぶ。

    知らず知らずのうちに危うくなる足場。

    破局がやってきて、初めて人はそれに気づき、

    振り返らなかった自分をあざ笑う。

    次回、「烙印」

    キリコの肌を灼くそれは何か。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    この二人は……順昇くんは「腐れ縁」としか思ってない節がありますから、どう転ぶか、まあ、次回以降をお楽しみに(^^)

    キリコもキリコで複雑なやつですからなあ。何事においても不器用な人間はいるものだ、ということで……。

    NoTitle

    そうかー、順昇くんとキリコちゃんの関係の複雑さにはそういう原因があったのですね。
    深い絆がありそうなのに、ところどころで感じる順昇くん側の反発心みたいなのはそういうわけか。色っぽい意味ではなく、普通の幼なじみではないのですね……。
    いじめは嫌なものです、気軽に他人を排斥する人は苦手です。

    お話が進んでいく間に、2人の関係も変化していくといいのですが。次回も楽しみにしております。
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