東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
日本ミステリ89位 誘拐作戦 都筑道夫
これを読んだのは高校三年の受験生の時だったか。当時入手困難だった文庫本を古本屋でゲットしてとてもうれしかったのを覚えている。あまりに嬉しすぎたせいか、内容については「ちょっといまひとつだったかな」と思ったのを覚えているが、さて現在読んでみてどうか。
当時のわたしが物足りなく思ったのは、やっぱり天藤真「大誘拐」を読んでいたからだな、ということがよくわかった。古今東西の誘拐ものミステリを読むときには、「大誘拐」と比べちゃあかんのである。あの人を食った超巨大スケールの誘拐ものと比べると、どんな誘拐ものも小市民的で貧しく思えて仕方ないのだ。小市民的で小スケールで話が進むことを除いたら、本書「誘拐作戦」は実によくできた、誘拐ものの古典である。都筑道夫らしい、読者の想像の斜め上を行き続ける絶妙なプロットに、翻弄されっぱなしの読書時間だった。いや面白かった。
しかし、身代金の額をつり上げる作戦において、相手が金満家の大富豪であるのにもかかわらず、「いきなり二千万じゃ相手がびっくりして、払わないと言い出す可能性があるから、まず五百万からじりじりつり上げよう」というのには、うーん、昭和37年だな、たしかに、と思ったのも事実。今の現金価値に換算すると、「二億円の身代金を強奪するのに、まず五千万円からだ」となるのだろうな、というところなので別におかしくはないのだが、なんともスケールが一段階下がって見えるから金の力とインフレは恐ろしい。「二千万円を五人で分けるとひとり四百万だぜ。あとはそれを持って、過去を隠して生きるんだ」となると、そんな、中古マンションすら買えるかどうかわからぬ程度でこんな無茶なリスク冒していいんですか、という気分になる。
現金が絡むミステリというのもこう考えると難しいものだなあ。大正時代に書かれた「半七捕物帳」の某エピソードで、商家の大店をまるまる乗っ取り、根こそぎ奪って逃げる、という事件で、昔を振り返った半七老人が「二、三千両と云えばこの頃の十万円ぐらいに当るでしょうから」といったときのクラクラするような思いを考えると、誘拐ミステリを盛り上げるためには、「政府によるデノミネーション」が必要なのではないか、などとバカなことを考えるのであった。
それと本書「誘拐作戦」だが、犯人の目的が意外なところにあるのは事実だが、お前、そんなことのためにこんな恐ろしい犯罪をやるのか? と思えたのもまた事実。それ以上話すとネタバレになるのでいわないが、やっぱりこういうところでも、昭和37年なんだなあ、と、ふと、妙な感慨に……。
当時のわたしが物足りなく思ったのは、やっぱり天藤真「大誘拐」を読んでいたからだな、ということがよくわかった。古今東西の誘拐ものミステリを読むときには、「大誘拐」と比べちゃあかんのである。あの人を食った超巨大スケールの誘拐ものと比べると、どんな誘拐ものも小市民的で貧しく思えて仕方ないのだ。小市民的で小スケールで話が進むことを除いたら、本書「誘拐作戦」は実によくできた、誘拐ものの古典である。都筑道夫らしい、読者の想像の斜め上を行き続ける絶妙なプロットに、翻弄されっぱなしの読書時間だった。いや面白かった。
しかし、身代金の額をつり上げる作戦において、相手が金満家の大富豪であるのにもかかわらず、「いきなり二千万じゃ相手がびっくりして、払わないと言い出す可能性があるから、まず五百万からじりじりつり上げよう」というのには、うーん、昭和37年だな、たしかに、と思ったのも事実。今の現金価値に換算すると、「二億円の身代金を強奪するのに、まず五千万円からだ」となるのだろうな、というところなので別におかしくはないのだが、なんともスケールが一段階下がって見えるから金の力とインフレは恐ろしい。「二千万円を五人で分けるとひとり四百万だぜ。あとはそれを持って、過去を隠して生きるんだ」となると、そんな、中古マンションすら買えるかどうかわからぬ程度でこんな無茶なリスク冒していいんですか、という気分になる。
現金が絡むミステリというのもこう考えると難しいものだなあ。大正時代に書かれた「半七捕物帳」の某エピソードで、商家の大店をまるまる乗っ取り、根こそぎ奪って逃げる、という事件で、昔を振り返った半七老人が「二、三千両と云えばこの頃の十万円ぐらいに当るでしょうから」といったときのクラクラするような思いを考えると、誘拐ミステリを盛り上げるためには、「政府によるデノミネーション」が必要なのではないか、などとバカなことを考えるのであった。
それと本書「誘拐作戦」だが、犯人の目的が意外なところにあるのは事実だが、お前、そんなことのためにこんな恐ろしい犯罪をやるのか? と思えたのもまた事実。それ以上話すとネタバレになるのでいわないが、やっぱりこういうところでも、昭和37年なんだなあ、と、ふと、妙な感慨に……。
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Re: 秘密結社「ひゃくひゃくひゃく団」さん
いや、「大誘拐」は読むべきでしょう。「誘拐作戦」よりはどう考えても優先順位は上です。
吉展ちゃん事件の前にも、雅樹ちゃん誘拐事件が1960年に発生していて、高木彬光はそれを研究して自作「誘拐」に生かしてますから、それほど関係はないんじゃないかな。ちなみにこっちも誘拐ミステリとしておすすめ。
吉展ちゃん事件の前にも、雅樹ちゃん誘拐事件が1960年に発生していて、高木彬光はそれを研究して自作「誘拐」に生かしてますから、それほど関係はないんじゃないかな。ちなみにこっちも誘拐ミステリとしておすすめ。
NoTitle
そうなんですよね。
金額がでてくると、当時の額とは知りつつも
どうしてもそれっぽっちのお金のためにそんなことするのかって思ってしまいます。
誘拐作戦、
東西ミステリーで紹介されているのは
カバー画が”?”のやつですよね。読んではいないがそんなことを思い出します。
金額がでてくると、当時の額とは知りつつも
どうしてもそれっぽっちのお金のためにそんなことするのかって思ってしまいます。
誘拐作戦、
東西ミステリーで紹介されているのは
カバー画が”?”のやつですよね。読んではいないがそんなことを思い出します。
- #20126 面白半分
- URL
- 2019.05/20 21:34
- ▲EntryTop
NoTitle
上に同じ(表示されるときは下になるから、下に同じか?)で、「大誘拐」を読んでみたくなりました。
「誘拐作戦」には割を食ったようで申し訳ない限り(^^;
>昭和37年なんだなあ
吉展ちゃん事件が38年だっけ?
その頃も起こった事件が影響して誘拐ものの小説を書きにくくなった、みたいなことあったのかな?
「誘拐作戦」には割を食ったようで申し訳ない限り(^^;
>昭和37年なんだなあ
吉展ちゃん事件が38年だっけ?
その頃も起こった事件が影響して誘拐ものの小説を書きにくくなった、みたいなことあったのかな?
- #20123 秘密結社「ひゃくひゃくひゃく団」
- URL
- 2019.05/19 15:50
- ▲EntryTop
Re: 椿さん
「誘拐作戦」はともかく、「大誘拐」は未読だったら夕食のレベルを三段階くらい落としてでも読むべきです。身代金からして百億円と、そのスケールは他の追随を許しません。実によくできた娯楽作品です。読んでないというのは人生の大損といえるでしょう。
「誘拐作戦」も面白いんですけどね。
「誘拐作戦」も面白いんですけどね。
NoTitle
こんばんは。「大誘拐」、読んでないのですが何だか読みたくなりました。
物価の変動って確かにすごいですね、昭和37年って文庫本がたぶん50円とかの頃ですよね。そう思うと高度経済成長時代のインフレーションってすごかったんですね。住宅ローンが実質目減りしてがっちり貯金できた世代、うらやましい(笑)
自分たちは物価は上がるのに収入は減って、実質ローンの負担が上昇したからなあ……(遠い目)
物価の変動って確かにすごいですね、昭和37年って文庫本がたぶん50円とかの頃ですよね。そう思うと高度経済成長時代のインフレーションってすごかったんですね。住宅ローンが実質目減りしてがっちり貯金できた世代、うらやましい(笑)
自分たちは物価は上がるのに収入は減って、実質ローンの負担が上昇したからなあ……(遠い目)
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Re: 面白半分さん
「クルツ、依頼料は、向こうは一億紙幣マルクを提示している」
「十億といってやれ」
とか(笑)。額だけ聞いていれば景気がいい(笑)。であるけれど、よく考えたらフィリップ・カーに「偽りの街」っていうナチス政権下のハードボイルドあったな。あれ好き(^^)