東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
日本ミステリ94位 落ちる 多岐川恭
ずっと前にオール讀物かどこかのミステリー特集で表題作の再録を読み、それだけで「読んだ気」になっていた作品である。それには理由があって、ネットすらないその当時の古本事情では、この作家の「落ちる」という短編集を入手することは、直木賞受賞作品でありながら、絶望的なまでに困難だったのだ。である以上、「ふーん、神経症的スリラーね」とその一作だけで「わかったふり」をしなければならなかったのである。金のないミステリファンなら誰しもが通る道であった。
再版された創元推理文庫版を読んだのは、それから20年くらいすぎてからである。そのときのことはこのブログのいつぞやの日記にも書いたと思うが、「すごい」であった。その一貫した、サスペンスをあおりにあおってくる神経症的な文章もすごいが、きっちりとロジックを組んでトリックに凝り、趣向にまで凝った丁寧な足場があってこそ、神経症的なサスペンスが効果を発揮するのだ、ということがわかっただけでも読んだ甲斐は十分以上にあった。
その創元版を手放して、またほしくなって本屋を歩いたら、いつの間にかまた品切れになっていた。おいおいうそだろ、と思ったが、手に入らないものはしかたがない。あきらめていたときに思い出したのがKindleである。探した。あった。買った。再読した。すごい。濃密な時間を過ごさせてもらった。
表題作の「落ちる」もその悪夢感がすばらしいのだが、本書の中で一番わたしが好きなのは「笑う男」である。一見、松本清張のような「社会派」ミステリか、と思わせておいて、殺人が発生し、ああ倒叙ミステリなのね、と思ったら、やがて心理をぎりぎりえぐってくるサスペンスになってしまい、主人公とともに「もうやめてくれッ」と叫びたくなる。オチもまたみごとだ。恐ろしいことに、それを書くのに作者の多岐川恭が費やした原稿枚数は、わずか50枚。それでも作者としては習作のつもりだったようで、作者あとがきには控えめなコメントが付してある。いやいやこんな濃厚で濃密な小説を書いたら、それだけでもあなた直木賞ですってば。
濃密で息苦しいこの短編集を読んだ後で、2012年度版東西ミステリーベスト100を読んでみると、やや、こんな名作が入っていないではないですか。せっかく再版されたというのに、読者はどこに目をつけとるんや! とギャーギャー叫びつつ、ミステリファンは「この作家のすごさを知っているのはおれを含め限られた人々だけ……」と考えて至福の時間に酔うのであった。神経症的にひねくれているけれど、それがミステリファンというものなのであった。落ちるううう。
再版された創元推理文庫版を読んだのは、それから20年くらいすぎてからである。そのときのことはこのブログのいつぞやの日記にも書いたと思うが、「すごい」であった。その一貫した、サスペンスをあおりにあおってくる神経症的な文章もすごいが、きっちりとロジックを組んでトリックに凝り、趣向にまで凝った丁寧な足場があってこそ、神経症的なサスペンスが効果を発揮するのだ、ということがわかっただけでも読んだ甲斐は十分以上にあった。
その創元版を手放して、またほしくなって本屋を歩いたら、いつの間にかまた品切れになっていた。おいおいうそだろ、と思ったが、手に入らないものはしかたがない。あきらめていたときに思い出したのがKindleである。探した。あった。買った。再読した。すごい。濃密な時間を過ごさせてもらった。
表題作の「落ちる」もその悪夢感がすばらしいのだが、本書の中で一番わたしが好きなのは「笑う男」である。一見、松本清張のような「社会派」ミステリか、と思わせておいて、殺人が発生し、ああ倒叙ミステリなのね、と思ったら、やがて心理をぎりぎりえぐってくるサスペンスになってしまい、主人公とともに「もうやめてくれッ」と叫びたくなる。オチもまたみごとだ。恐ろしいことに、それを書くのに作者の多岐川恭が費やした原稿枚数は、わずか50枚。それでも作者としては習作のつもりだったようで、作者あとがきには控えめなコメントが付してある。いやいやこんな濃厚で濃密な小説を書いたら、それだけでもあなた直木賞ですってば。
濃密で息苦しいこの短編集を読んだ後で、2012年度版東西ミステリーベスト100を読んでみると、やや、こんな名作が入っていないではないですか。せっかく再版されたというのに、読者はどこに目をつけとるんや! とギャーギャー叫びつつ、ミステリファンは「この作家のすごさを知っているのはおれを含め限られた人々だけ……」と考えて至福の時間に酔うのであった。神経症的にひねくれているけれど、それがミステリファンというものなのであった。落ちるううう。
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NoTitle
すごく読みたいんだけど、(私の古本の値段の基準だと)今はまだちょっと高い(T_T)
- #20253 ひゃくとの遭遇(いきなり、第三種!)
- URL
- 2019.07/15 16:11
- ▲EntryTop
Re: ドラキュラひゃく爵さん
退屈はさせないですよ。どれもこれも、ギリギリ来るサスペンスフルな作品ばかりです。個人的には、収録作では「落ちる」と「笑う男」が好き。創元版には、当時の乱歩の興奮しきった推薦コメントがついているのでそれも興味深いですね。
NoTitle
>短編一つ読むだけで濃厚な時間が約束されます。すごい人です
ふーん。そうなんだー。
いろいろバタバタしてるんだけど、結城昌司がよかったからなー。
読んでみようかなー。
ふーん。そうなんだー。
いろいろバタバタしてるんだけど、結城昌司がよかったからなー。
読んでみようかなー。
- #20211 ドラキュラひゃく爵
- URL
- 2019.07/07 12:13
- ▲EntryTop
Re: ハレンチひゃく園さん
「濡れた心」は実は未読だったりします。女子高同性愛というわけで、宣伝文句がどこか成人小説を売るみたいな感じがしたのが気に食わなかったのかな。
でも、本短編集一冊でも、多岐川恭の実力は出すぎるほど出てます。短編一つ読むだけで濃厚な時間が約束されます。すごい人です。
でも、本短編集一冊でも、多岐川恭の実力は出すぎるほど出てます。短編一つ読むだけで濃厚な時間が約束されます。すごい人です。
Re: 面白半分さん
力作ぞろいですが、「すべて面白いか」といわれればどうか、であります。でも、どういうミステリが好きな人にも、3作くらい、とんでもなく面白い作品がある、というタイプの短編集。全方位ヒッターですな。すごい人ですやっぱり。
NoTitle
多岐川恭は、例の結城昌司を教えてもらった時、アマゾンで見ていたら出てきて。
多岐川恭?
あれ、何か記憶あるけど…、と見ていたんですけど、何を読んだか思い出せなくて。
大学生の頃だと思うんだけど、たぶん『濡れた心』ってやつかなー。
ただ、内容紹介を見ても、それなのかは全然確証が持てない(^^;
結城昌司もそうですけど、独特の昭和感?、というよりは、昭和の小説雑誌感と行った方がピンとくるのかな?(とか言って、あの頃の小説雑誌って読んだことないんだけどさw)
昭和の小説雑誌のニーズに沿って、作家も書いていた(書かされていた?)みたいな、そんなイメージがありますね。
もしくは、250円くらいの文庫本に載っていた線画の挿絵とか、そんなのを思い出します。
多岐川恭?
あれ、何か記憶あるけど…、と見ていたんですけど、何を読んだか思い出せなくて。
大学生の頃だと思うんだけど、たぶん『濡れた心』ってやつかなー。
ただ、内容紹介を見ても、それなのかは全然確証が持てない(^^;
結城昌司もそうですけど、独特の昭和感?、というよりは、昭和の小説雑誌感と行った方がピンとくるのかな?(とか言って、あの頃の小説雑誌って読んだことないんだけどさw)
昭和の小説雑誌のニーズに沿って、作家も書いていた(書かされていた?)みたいな、そんなイメージがありますね。
もしくは、250円くらいの文庫本に載っていた線画の挿絵とか、そんなのを思い出します。
- #20194 ハレンチひゃく園
- URL
- 2019.06/30 12:19
- ▲EntryTop
NoTitle
Kindleなのかー。
ブックオフで探しているが「落ちる」は全く見かけず未読です。
これも読まねばならぬ作品のようですね
ブックオフで探しているが「落ちる」は全く見かけず未読です。
これも読まねばならぬ作品のようですね
- #20193 面白半分
- URL
- 2019.06/30 11:34
- ▲EntryTop
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Re: ひゃくとの遭遇(いきなり、第三種!) さん
貸出カウンターのお嬢さんにイヤな顔をされるくらいなんですか(笑)