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    鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 17 平和

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    第四部 イエナ=アウエルシュタット編

     イエナの戦い 日時/一八〇六年一〇月一四日 場所/ドイツ・イエナ
     アウステルリッツの戦いで勝利したフランス皇帝ナポレオン一世は、覇権を確固たるものにせんとライン同盟を形成してヨーロッパの再編を図った。これはプロイセンにとって死活問題であり、プロイセンはフランスに宣戦布告した。二十万の軍隊を動員したナポレオンはプロイセンに侵攻、イエナにおいてプロイセン軍を撃破した。

     アウエルシュタットの戦い 日時/一八〇六年一〇月一四日 場所/ドイツ・アウエルシュタット
     イエナの戦いが行われている最中、その北方のアウエルシュタットでも戦闘が行われていた。ダヴー元帥率いる第三軍団が、プロイセン軍主力のブラウンシュバイク公軍と接触したのだ。敵勢に比べてほぼ半分の戦力しか持っていなかったダヴーだったが、冷静で果敢な指揮により、プロイセン軍に勝利した。

     イエナとアウエルシュタットのフランス軍の勝利によりプロイセン軍は壊滅。後のアイラウの戦いを経て屈辱的なティルジット条約を結ぶことになる。


       17 平和


    「平和ね」

    「そうですね、会長」

     二人の娘は、コーラのグラスを手にのんきな声でいった。一方の娘のグラスにはコーラの中に乾燥梅干しが漂っている。梅干し入りのコーラなんて考えたくもないぞ。

    「平和だかどうだか知らないけどな」

     ぼくはうなった。

    「どうして、ぼくの部屋で君たちがだべる理由になるんだ?」

     キリコとユメちゃんは顔を見合わせた。

     七月はじめの日曜日。あと二週間としないうちに夏休みだ。

     ということは、普通の高校生なら常識で考えればコーラを片手にだべっているなんてことはしていられないはずだ。なぜって? もちろん、期末テストがあるからに決まっているだろう。

    「だべるだなんて人聞きが悪いわね」

     キリコは、飲み干したコーラのグラスを振りながら、にやりと笑った。

    「わたしたちは期末テストのテスト勉強に来ているのに」

     グラスの中で、コーラの色に染まった氷がからからと鳴る。

     ぼくはがっくりと肩を落とした。

     キリコの言葉に嘘はなかった。

     二人はぼくの家に勉強に来ていたのだった。

     しかし、その勉強ときたら。

    「会長、ここの訳しかたがいまいちぴんと来ないんですが」

    「えっ、どこ? ウサギとニワトリと……ええと、ガチョウか。ガチョウは食べると罪になる、ね。これのどこが?」

    「この挿話はブリタニアですよ。しかも、楽しみのため飼うことはある、とも書かれている。あんな風土が厳しいところで。こんなこと信じられますか?」

    「それをいったら、イスラム教徒が豚を食べないという事実も説明がつかないわよ。もしかしたら卵は食べていたのかもしれないし。そこらへんは読み手の想像力しだいね。ここに歴史研究の奥の深さが」

    「『ガリア戦記』のラテン語=英語の対訳版なんてものは、大学へ入ってから読んでくれ!」

     ぼくはパソコンのタブレットからペンを離して、頭をかきむしった。電脳空間に没入して勉強したほうがはかどるんじゃないかとも思えたが、去年ウェブのニュースで読んだところによると、実際にタブレットや紙に書いて行なったほうが比べようもなく学力が身につくそうなのだ。一理あるので中古屋で安く買ってきたタブレットを愛用しているのだけれど、今日は後悔させられることになるかもしれなかった。ぼくのイライラにより、ペンが折れたりタブレットが壊れたりしかねないので。

    「だいたい、それが高校生の勉強か。ラテン語をやるんだったら大学でやってくれ。英語をやるんだったら普通に教科書か参考書を読んでくれ。高校生だったら高校生らしい勉強をしろよ!」

    「今さら文法の勉強をしてもねえ」

    「じゃ、あるだろ! 苦手としている数学とか化学とか保健体育とか! いや、保健体育はこんなところでやるなよな」

     キリコは、にこっと笑った。

    「わたしたち……邪魔?」

     その言葉に神経の一部がぶちっと切れた。

    「ああ邪魔だね! まったくもう、気が散って勉強どころの話じゃない!」

     大声を上げた。

     そこへ、狙いすましたかのようなタイミングで母さんが入ってきた。手に持ったお盆にはクッキーなんかが載っかっていたりする。

     母さんは部屋に入ってくるなり、笑いながらいった。

    「いや、いていただいていいんですよ、サッちゃんにゆめみちゃん。順昇がなにをいったとしても気にしないでいてくださいね。まったく、お友達なんか、今年に入るまでまるで来たことがないんだから」

     そこで、きっ、とぼくをにらみ、

    「順昇も! 早く謝る!」

     これじゃいったい誰の部屋なんだかもわかりゃしない。

     ぼくは仏頂面でクッキーをつまむと、口に放り込んだ。スーパーで三袋よりどりみどり激安特売の味がした。

     キリコに当たったのは自分でも悪かったと思う。

     本心が別なところにあったのは事実だから。

     ユメちゃんだ。

     ユメちゃんがそばにいると、そちらのほうに気が散って気が散って勉強どころではないのだ。

     心はよこしまなほうに流れて行こうとするし。

     だが同時に、ユメちゃんがいることが、またキリコを追い出せない理由でもあるのだった。キリコがひとりだけで来ているのであれば、とっくの昔に追い出している。ユメちゃんだけであったら、追い出そうなどという発想自体が頭に浮かばない。

     われながらどうしようもないやつだ。

    「で、順昇」

     キリコが隣に寄ってきた。

    「なにをやっているわけ?」

     ぼくはタブレットに身を伏せた。

    「なにって、勉強だよ、勉強。添削会社の作った予想問題。それを山ほどこなさなくちゃ、とてもまともな点数は望めないからな」

    「そういうもの?」

    「そうだよ、ぼくには。キリコはどうか知らないけどさ。ほら、やってみろよ、ここの和訳を」

    「めんどくさいわねえ……ええと?」

     キリコは眼鏡をずり上げて、モニターの英文を読んだ。

    「『君がわたしをここに引っ張り出したのは、わたしが、青年を腐敗させたり悪い人間にしたりすることを、故意にするからなのか、それともそのつもりなしにするからなのか?』で、合ってる?」

     タブレットを操作して解答を見る。

    「くそ、完璧だ」

     でもこんなことで負けていられるか。

    「それじゃ、こっちはどうだ?」

     タブレットにペンを走らせると、画面にアルファベットと数字が映った。ぼくがこの前買った、AIつき数学問題集ソフトだ。

    「うわ、数学」

    「これからたっぷり、試験範囲について勉強しようか」

     たじろいだキリコに、できる限りの残酷な視線を向ける。

    「順昇、確率にしない?」

    「却下」

    「会長、浦沢先輩、終わったらあたしの試験範囲もお願いします」

     ユメちゃんは微笑みながらいった。

     その表情を見ただけで、嫌なことがすうっと溶けて消え去っていく。

     やっぱりみんなで勉強するのもいいものだなあ。

     げんきんな男だといわれたらそれまでだけど、ぼくはほんとうにそう思った。

     先月のあれ以来、ぼくのパソコンから「アート・オブ・ウォー2038」はデリートされてきれいさっぱりなくなっていた。

     同様に『フォートレス』にも行っていない。キリコとユメちゃんが家にやってくることもなくなっていたのだが。

     今日になって、なにを考えたのか突然二人連れで家を訪れたのだ。

     名目は試験勉強で、もちろん勉強道具は持参していたが、そんなものではごまかされはしない。

     裏になにかある。

     そう思って警戒していたのだが、この二時間というもの二人は、高校生の通常の試験勉強、という概念からはいささかのへだたりはあるけれど、ごく真面目に勉強をしていた。

     もしかしたらキリコは、ユメちゃんをぼくに逢わせるためにわざわざこんな機会を設けてくれたのだろうか? そうだとしたらまことにありがたいのだが。

     期待の気球は少しずつ膨らむのだが、これまでがこれまでなので、気球のガスは小さく開いた針穴から入ったぶんだけ洩れて行くのだ。

     ぼくが悲観主義者なのかもしれないけれど。

     キリコをパソコンに向かわせている間、ユメちゃんの数学を見ていた。

    「だから、この対数と対数表を使うことによって、簡単に答えが求められることはわかるだろう?」

    「理屈はなんとなくわかるんですが、浦沢先輩、ちょっとまだ完全に身についたとはいえなくて」

    「それについては練習あるのみだよ。今からじゃテスト本番にはちょっとあれだけど、やらないよりもやったほうが断然いい」

     口では冷静さを保っていたが、目はちらちらと、ユメちゃんのその夢見るような瞳を観賞していた。

     自分をこう評するのもなんだが、この瞬間、煩悩の塊になっていたといっていいだろう。ちょっと気が緩めば、手のひとつも握り、その肩に手でもまわしかねない。それをしないのは、持ち前の強靭な精神力によるというよりもキリコの目を気にしているからだな。

     しかし、何度見てもかわいいなあ……。

    「……浦沢先輩?」

     ……これでキリコさえいなければ……。

    「浦沢先輩?」

    「順昇!」

     その声に、我に返った。

    「なに、ぼおっと呆けているのよ。とうとうその脳細胞にプリオンでも浸透してきたの?」

    「人を病気の牛みたいにいうな」

     恥ずかしさを隠そうと声を荒げる。

     キリコは鼻で笑って、パソコンの前の座椅子をこっちに譲った。

    「いいAIの教育ソフト使っているのね。すごく親切丁寧な解説。順昇が塾へ行かない理由もよくわかるわ」

    「そりゃどうも」

    「ところで」

     キリコは眼鏡の位置を直した。

    「最近ゲームはやってる?」

     とうとう来たか。

     ため息をつく。

    「あのなあキリコ。ぼくたちは受験生だぞ。あんな神経を使うシミュレーションゲームなんかやってられるかよ。そんなヒマがあるんなら、問題を一題でも解いていたほうがマシだ」

    「面白味がないわね。それに、別にわたしはあの『アート・オブ・ウォー2038』だなんていってないでしょ」

    「そうとしか聞こえないね」

     立て膝を立てて座ってほおづえを突くと、キリコに冷たい視線を送った。

    「だいたい、ぼくはほんとうに、ホビーとしてのコンピュータはしばらく封印することにしたんだ。そうでもしないと志望校に受からないからな。アクションでも、RPGでも、パズルでもなんだろうと、ゲームソフトなんて見たくもない」

    「見たらハマっちゃうから?」

    「うう」

     いいかけた言葉を飲み込み、ちょっとうなった。ある意味まさに図星だからだ。

    「ハマるかどうか知らないけど」

    「?」

    「しばらくぶりに行ってみない? 『フォートレス』」

     ぼくは首を左右に激しく振った。

    「行かない」

    「気分転換よ」

    「行かない」

    「MAPには立ち入らないから」

    「信じられるか」

    「ほんとうだってば。現にわたし、あのゲームのカードを持ってきてないし」

    「疑わしいな」

     ぼくは猜疑心の塊のような目でキリコをにらみつけた。

    「ユメちゃんも同じく持ってきていないわよ」

    「はい。会長のおっしゃる通りです」

     ユメちゃんは信じる。

     いや待てよ。

    「もしかしたら君たち、こっそり来る前にカードを交換して、どちらも自分のカードは持っていないけれど相手のカードは持っている、なんてことはいわないだろうな?」

     キリコは、あきれたとでもいいたいような、嘆息をもらした。いや、実際に「あきれた」といったのかもしれない。

    「順昇、なによその小学生向きいじわるクイズみたいな発想は。わたしたちを信じられないなら信じられないでいいけど、あまりヒネたことばかりいっているとほんとうに人生を過るわよ」

    「あの……いいですか?」

     ユメちゃんがおずおずと手を上げた。

    「単に浦沢先輩が、自分のカードをここに置いておけばいいだけの話なんじゃないでしょうか?」

     おっと。これは一本とられた。が。

    「だからって、どうしてぼくがあんなところへ行く理由になるんだ!」


       予告

     人は眠る。ゆえに、兵士もまた眠る。

     眠りのさなかに、武器をとるものは何を見るのか。

     ゆらめく影に蘇るものに、感じるものはただ定め。

     いっそ過去のすべてを踏み砕くことができたなら。

     次回、「悪夢」。

     染みついた臭いに、キリコはただ、むせる。
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    Re: 椿さん

    一見すると、このプロイセン戦役はナポレオンのワンサイドゲームで終わったように見えますが、もし、優秀な副官がいなかったら、ナポレオンの最大の敗北、にもなりかねませんでした。

    今回はユメちゃんが頑張ります。順昇くんもいくらか頑張る……はずです。

    NoTitle

    3人とも真面目に謹慎していたのですねー。
    順昇くんはこれ幸いという気分な気もしますが、そろそろキリコちゃんも動き出しそうで楽しみです。

    1806年、これって史実だとプロイセンがあっさり負けるやつですよね。その戦場でどう3人が動くのか、今から楽しみです。戦場に立つまでまだいろいろありそうですが(笑)
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