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    鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 20 私闘

     ←スピノザという男の浮世離れのこと →海外ミステリ193位 ビロードの爪 E・S・ガードナー
    stella white12

       20 私闘


     『フォートレス』にたどりついたのは、やっぱりこれまでと同じように午後四時三十分ごろだった。

     キリコもユメちゃんもまだ来てはいない。しばらくは宇宙からの侵略者とか魔界の力でよみがえったゾンビとかでも相手にして時間を潰すかと思い、手近なゲーム機の前に座った。オンラインではなくスタンドアロンのレトロなゲーム機だ。

     コイン投入口に百円玉を食べさせようとしたそのとき、幽霊でも見ているかのような視線でぼくを凝視する大学生くらいの人がいることに気づいた。がりがりにやせこけて度の強い眼鏡をかけた、いかにも勉強のし過ぎでこうなりましたとでもいうような、昔の漫画によく出てくる典型的な学級肌タイプの人だ。

     ぼくはいったいどんな顔をしたらいいかわからず、なんとも間の抜けた笑顔を浮かべた(らしい)。

     大学生はばね仕掛けのように立ち上がると、こっちに向かって一直線に歩いてきた。

     ぼくの笑顔はますます間の抜けたものになった(らしい)。

    「き、君、ジュンショウくん?」

     ウソをつくのもなんなので「はあ」と答えた。

    「一人で来たのか?」

    「いえ、人を待ってます」

     いったいなんの用ですかと聞き返す前に、相手のほうが叫ぶように質問をぶつけてきた。

    「ということは、今日は『鋼鉄少女』も来るんだな?」

    「『鋼鉄少女』?」

     相手の迫力に負けてちょっと頭が働かなかった。

     大学生はいらいらとした調子でまくしたてた。

    「『CUBISM』だよ『CUBISM』! あの無敗の美人の女子高生! あのアテナの生まれ変わりみたいな女の子は、今日は来るのか来ないのか!」

    「あ、あの、え、その、ちょ、ちょっと、苦しいですから放してください」

     手を握って激しく振るのに堪えかねて、ぼくは椅子から立ち上がった。

    「キリコですか? 来ますよ」

    「じゃ、じゃあ、『雷霆少女』も来るんだな、そうだな!」

    「もしかしてユメちゃんのことですか? ええ、来るはずです」

    「こうしちゃいられない」

     大学生はぼくの手を離すと、携帯端末を取り出して電話をかけ始めた。

    「ああ、もしもし。おれだ。田所だよ。うん。いや、違う。もっと重要。そう。いいか。あいつらが『フォートレス』に帰ってきた。ウソじゃない。ほんとだって。すぐ来い。わかった。じゃ」

     電話を切ったかと思うと、隅のETゾーンに向かって足を踏み出した。ETゾーンというのは、誰でもカードさえ示せば短時間だが電脳空間に没入することができるサービスをやっているエリアだ。

     没入してしまう前に、どうして興奮しているのかを聞かなくては。おずおずとながら声をかけてみた。

    「あの……田所さん?」

     大学生はこちらに振り向いて、

    「なんだ?」

     といった。

    「どうして、キリコとユメちゃんを待っているんですか?」

     大学生は、こいつバカかとでもいいたいような顔でぼくを見た。

    「どうしてもなにも、あんな素晴らしいゲームをするからに決まってるだろう。あの天才としか思えない知略の数々に影響されてMAPはいつも連日行列だ。それでも午後五時からは必ず場所を空けていたんだぞ。それも毎日。いつか帰ってくるんじゃないかと願い続けながら」

    「はあ、そうですか。ところでぼくは、ネットではなんて呼ばれてるんですか?」

    「ジュンショウだよ」

    「は?」

    「少将の下で大佐の上。わかるだろ?」

     准将か。なんとなくフクザツな気分。

    「それより」

     はい?

    「この一ヶ月間、どうしていたんだ?」

    「え? まあ、その。ちょっと学校にばれまして。謹慎を。はは」

     そんな理由などないのに、ぼくはおろおろとしてしまった。

    「謹慎? そんなくだらない理由で一ヶ月も待たされたのか? どんな学校なんだ、ちくしょう」

     私立隆野宮高校ですが。さすがに口には出さなかったけど。

    「いいか、高校なんてもんはろくに勉強しなくてもだな」

     これまた説教好きとは。えらい人に捕まってしまったらしい。助けを求めて四方を見回した。

     助けはいた。

    「キリコ!」

     キリコを見て、大学生の興味はそちらに向かった。ぼくはひと息ついた。キリコはキリコで、いつものような鋭い言葉を使って相手を追い払っていた。大学生はなんとなく恍惚としたような表情をしていたが、おそらくぼくの気のせいだろう。

    「『鋼鉄少女』だって」

     キリコはあまりいい気持ちではなさそうだった。

    「あだ名をつけるのはかまわないけど、もうちょっと気の利いたものは考え付かないのかしら」

    「アイアンからスチールになっただけいいじゃないか」

    「順昇、あなた、スチール・ガールっていう言葉の意味を知らないの?」

    「ぼくたちが生まれる前に死語になっていた言葉じゃないか。古い映画でしか聞いたことがないよ。それに、あれ、字が違うだろ」

    「それでもよ。絶対わたしに悪意を持っている人間がつけたのね」

    「そうかな」

    「そうに決まっているわ」

     周囲にはなぜか人だかりができていた。遠巻きに取り囲んだ中の幾人かは、携帯端末を掲げている。写真を撮る気なのだろう。肖像権の侵害だといいたくなったが、人の渦に圧倒されたぼくは凍りついたみたいに動けなくなっていた。

     どうやら「午後五時の女」がMAPで一戦やらなければ満足してくれないみたいだ。

     人垣をかき分けながらユメちゃんが現れた。

    「会長、浦沢先輩、これはいったいどういうことなんですか」

     キリコはかぶりを振った。ぼくも同様。

    「どうもわたしたちは自分が思う以上の有名人になっちゃったみたいね。ゲームをやらないで帰ったら袋叩きになっちゃうかもしれないわ」

     ユメちゃんは顔をこわばらせた。

    「えっ! そんなことになったら、あたしは」

     ここは間違いなく自分を売り込むべきポイントだ。

    「大丈夫だよユメちゃん。ぼくが盾になるから」

     ユメちゃんはきょとんとした。思い切りハズしたらしい。

     キリコが苦笑いした。

    「まあ、順昇もこういってるんだからユメちゃんの背後は安心のようだわ。だけど、わたしだって殴られるのはイヤだから、おとなしくゲームをするほうが賢明みたいね」

     カードをチェッカーにかざしてMAPに入った。あの田所とかいう大学生の話どおり、五時には恒例として、きちんとこの場所は空けてあったらしい。二人ともなにもいわなかったが、キリコやユメちゃんはものすごく感激していたのではなかったかと思う。ぼくにはどうでもいいことだったけれど。

     前によくしていたようにシートに座り、ブレスを認証させた。

     電脳空間に没入してキリコに連絡を取る。

    「こっちは準備できたぞ」

    『こっちもです、会長』

     今回の相手は「BANG!」「BLAM!」「BOWN!」の三名。キリコが送った、健闘を祈るとのメッセージに対しなんの返信も返してこないところを見ると、非常に実践的なやつらなのかただの無礼者か。

     一拍置いてキリコがいった。

    『OK。でも、今日はあなたたちは見ているだけでいいわ』

     その言葉に真っ先に反応を示したのはユメちゃんだった。

    『会長! どういうことですか! あたし、なにか会長の……』

     キリコはなだめるように言葉をかけた。

    『いいえ、違うの。わたしは自分の中で、ユメちゃんに甘えていた。それに気づいたのよ。だから今回は一人で戦う。嫌な悪夢に打ち勝つためにも』

     悪夢か。ふうん、キリコが悪夢とはねえ。まあ、自分ひとりでやるっていうのならそれにこしたことはないわな。

     などとぼんやりと考える。

     キリコ? 悪夢?

     どこかで聞いた……。

     その瞬間、頭の中で脳神経がパッとつながった。

    「おい、キリコ、ちょっとそれって!」

    『浦沢先輩、なにかご存知なんですか?』

     遅かった。キリコは回線をすでに遮断していた。ぼくはいいかけた言葉を再び呑み込むしかなかった。

     視界には状況とそれを示すデータが映し出された。すでにおなじみとなった光景だ。

     耳元では状況設定がささやかれる。

     ……一八○五年、フランスとプロイセンとの領土問題はフランスの宣戦布告という形で火を噴いた。青軍プレイヤーは、フランスの侵攻軍の指揮を執り、速やかにプロイセン軍を撃滅せねばならない……

    「一八〇五年、青軍フランス、赤軍プロイセンか。ぼくたちは青軍だからフランスだね。たしかこのころのフランスは、と」

     乏しい世界史の知識を思い起こす。

    「ナポレオンがいたころじゃないのか?」

    『そうです、浦沢先輩』

    「すると、キリコが圧倒的に有利な状況ってことじゃないか。フランス軍なんだから」

    『いちがいにそうともいえません』

    「どうして」

    『確かにフランス軍の軍隊そのものの能力は他のヨーロッパ諸国のそれを主に機動性と柔軟な対応力の点で大きく上回っていましたが、絶対的なものではありませんでした。それにフランス軍が勝てたのは、指揮を執っていたのがナポレオンその人だったからということも忘れてはいけません』

    「熱烈な支持者のユメちゃんにとっても、キリコはナポレオンにはおよばないといいたいのかい」

     ユメちゃんはどこか痛々しさを感じる口調で答えた。

    『会長の軍事的才能は、ナポレオンと比しても劣るところはありません! ……いや、いつもの会長の軍事的才能は、というべきでした』

    「いつもの?」

     ユメちゃんの声はすぐれない。

    『ええ。いつもの会長ならばあたしも心配はしません。しかし、今日の会長は、なにか危うい気がします。特に今回はシチュエーションだけでいうならイエナの戦い。どうも気になるんです』

    「イエナの戦い? そこでナポレオンが負けたのかい?」

    『いいえ。フランス軍の大勝利でした。しかしそこでナポレオンはどうしようもない大ミスをして、大勝利をふいにしかけたんです。教えてください、浦沢先輩。なにか会長がおっしゃられたことで心当たりがありませんか?』

     あった。だが、ぼくが答えようとする前に、ユメちゃんとの交信がとだえた。

     ゲームが始まったのだ。

     地図で確認すると、キリコは配下のほとんどの軍隊を一地点に集結させていた。ぼくとユメちゃんはそこからはるか東方に、それぞれ一個軍団ずつ持たされてぽつんと置かれている。街道ぞいにぼくは南の村を押さえ、ユメちゃんは東の村を押さえているという寸法だ。

     どうやらキリコは本気で自分一人だけで勝とうとしているらしい。

     伝令を使ってユメちゃんと連絡を取ろうとした。もちろんキリコにも送る。

    「キリコはなにを考えていると思う?」

     とユメちゃんに。

    「ぼくはなにをしたらいいんだ?」

     こちらはキリコだ。

     伝令が二人のもとに走って行き、返事をもらって帰ってくるのには少々時間がかかる。ご苦労なことにゲーム時間内できちんと馬が走っていくのだ。

     どうやら向こうも、なにを聞いてくるか予想をしてすでに伝令をこちらに送っていたらしい。

     ユメちゃんからは、

    『浦沢先輩、会長は、敗残の逃亡兵を逃がすことによる勝利ポイントを相手に与えないためにあたしたちをこちらに送ったのだろうと思います。持ち場を動かずに警戒態勢でいるべきですね』

     離れているせいでキリコからの連絡は遅れて来たが、そちらでも、

    『順昇、あなたには落ち武者狩りを頼むわ。そっちに逃げてくるはずだから、変に動いたりしちゃダメよ』

     だと。

     わかったよ。動かなきゃいいんだろ。

     ぼくは視界を操作して、配下の軍団を『警戒』モードにした。それだけじゃなく『偵察兵』もばんばん送る。もしかしたらキリコの情報が得られるかも知れない。一人で戦うっていうんなら見届けてやる人間が必要だろう。

     同時に、待っている間ユメちゃんと話すために伝令を送った。ふたりっきりといえなくもない状況、使わなきゃ損だ。

    「ユメちゃん、イエナの戦いでナポレオンがしでかした大ミスって、いったいなんなんだ?」

     しばしの後、ユメちゃんから帰ってきた答えはこうだった。

    『今のような状況です! 早く助けに来てください!』

     そのときにはこちらも、キリコとナポレオンが犯した大ミスというものがなんなのか理解していた。

     まったくひどいミスもあったもんだ。

     そう。兵力で三倍するかのような、圧倒的な数の敵部隊がゆっくりとユメちゃんに近づいて来ていたのだ。

     後からキリコとユメちゃんに聞いた話だが、キリコはだいたいこんなことを考えていたらしい。

     システム上、相手の正確な位置はつかめない。また正確な数もつかめない。

     であれば、当然の帰結として、敵は一点に集結して行動していると考えるのが理にかなっている。

     よって、部隊を細かく分散させるよりも、必要最小限の部隊を敵の退路と思われるところに置いておき、自軍の主力は一つに固まって敵の主力を捕捉撃滅するのが正しいだろう。

     その考えのもと、キリコは敵の配置と進路を予想してそこに大部隊で待ち構えることにしたのだ。

     キリコの考えはある意味図に当たった。敵の大部隊を捕捉することに成功したのだ。

     後は一方的なものだった。キリコの部隊は柔軟性に劣るプロイセンの軍隊を得意の包囲陣により瞬殺してしまった。相手はなにをすることもできなかったらしい。

     キリコは、そのときは、てっきり自分が敵のほとんどを殲滅したものとばかり思っていたそうだ。

     だが敵はあろうことかその部隊を二分していた。

     史実のプロイセン軍は司令部のいいかげんな対応のせいでこんな状況に陥っていたそうだが、今回の相手の三人組は別なことを考えていたらしい。

     すなわち、一部の兵を敵の足止めに残して残りの軍勢を戦場から離脱させるという、はなはだ後ろ向きな作戦だ。

     そんな敵前逃亡もいいところの作戦に意味なんてあるのかと思ったが、ユメちゃんによるとまんざら間違った作戦でもないそうだ。つまり、両軍の能力差からフランス軍は勝って当たり前の戦いのため、その勝利ポイント取得条件と勝利条件には厳しい規制がかけられているだろうことは、相手にも容易に予測がつくはずだ。そのため、フランス軍の戦略的目標のひとつである、部隊の完全な撃滅という結果を避けることを主眼にするというのも立派な作戦だとか。

     なんであれ、敵の作戦も順調に進行中であった。わずかな量のユメちゃんの部隊を全滅させて突破してしまえば、そこから先に軍勢の戦場からの離脱を止めるものはなにもないのだから。キリコにやられてしまったあの軍勢も、その意味では立派に任務を果たしたといえよう。

     予期していたにせよいなかったにせよ、今回の戦いは今のところ史実をほぼそのままなぞる展開になった。その後がどうなるかは、ひとりユメちゃんにかかることとなったのだ。

     そのときのぼくは、こんな状況まったくといっていいほど理解していなかったが、このままほっておけばユメちゃんがやられてしまうことだけはよくわかった。いくら宮本武蔵のような剣の達人だって、トラックに正面からぶつかられたらはねられて死ぬのだ。

     大急ぎで、配下の部隊のモードを『警戒』から『移動』に変えた。地図上には時間による移動範囲がインクの染みのように示される。

     いかん。これじゃ間に合わない。ユメちゃんが敵に蹂躙されてしまう。

     そんなのはいやだ。

     なにかないのか。コマンド一覧の仮想ウィンドウを開いて読みまくる。

     目が『強行軍』というコマンドに止まった。強行軍? それなら知っている。中学のころの頭の固いことで有名だった体育教師がマラソンをさせるのによくこの言葉を使っていたっけ。

     迷わずにモードを『強行軍』に再変更した。これなら行けるか? いや、そんなことを考えているヒマはない。

     行けえっ!

     いきなり画像が変化して兵士たちの映像が周囲に満ち満ちた。

     視界を埋め尽くす、揃いの制服に身を包んだ無数のフランス軍の兵士たち。それらが、整然とした行進を開始したのだ。

     聞こえてくるのは軍楽隊の演奏する勇ましい行進曲。

     陶然とする光景だった。あまり考えてじっくりと見たことはなかったが、昔のヨーロッパの兵隊の制服というのは実に美しいものだったのだ。

     行進曲のテンポはかなり速い。早いを通り越して、これじゃあほとんど駆け足でなくちゃついていけないぞ。

     忘れていた。ぼくは強行軍を命じたのだった。普通の速度で歩くわけがないではないか。

     マラソンが大嫌いなぼくは、ゲームの兵士たちに心で詫びた。すまない、ユメちゃんがピンチなのだ。こらえてくれ!

     砲撃音が聞こえた。

     ユメちゃんが敵と接触したらしい。

     人間、非情なもので、ゲームの兵士たちは今度は叱咤される番だった。早くしろ! このままではユメちゃんが!

     兵士の行動を整然としたものにするこまごました作業以外はほとんどやることもない、イライラさせられる数分間(ゲーム内の時間では一時間近くが経っていたのではなかろうか)が過ぎる。

     目に飛び込んできたのは、実にリアルな兵士の死体だった。

     ぼくはこの世の地獄にやってきたことを知った。

     まずは伝令を飛ばす。

    「ユメちゃん、着いたぞ。助けに来たぞ」

     自分でも泣けてくるような文才の無さだ。でもまあ、ユメちゃんには誠意だけは伝わったのではなかろうか。

     ユメちゃんからも伝令が来た。

    『浦沢先輩、きっと来てくれると信じてました』

     涙が出る言葉だ。心の底から、生きていてよかったと感じた。

     でも、その前にやることだけはやらなくては。

     ひとつのコマンドを意識する。

    『指揮権譲渡』

     行動のリストの中から選んだのはそれだった。どう考えても、ぼくが戦闘を指揮するよりユメちゃんが指揮したほうがまともに戦えるはずだ。それに、見た限りだとぼくが来るまでの激戦でユメちゃんの軍勢はぼろぼろになっているようだし。

     一部の基幹部隊を除いた全軍勢をユメちゃんに譲渡したためにやることがなくなった。

     『臨戦』モードにし、遅れてやってきた脱落兵たちを収容して自分の部隊に加える。ほんとうは前線から逃げてくる兵士も収容したかったのだが、ここまで近代的な軍隊になると、指揮権とかそういうものが複雑になってくるのでひとからげに扱うわけにはいかないらしい。ユメちゃんからもゲーム終了後に、『指揮権譲渡』コマンドはちょっと実際の軍隊の仕組みからいったら限界ぎりぎりな命令であるんですけどね、という話を聞いた。

     でも、それはぼくの中では二の次のことだ。

     ぼくの注意はユメちゃんに釘付けだった。その芸術的ともいえる部隊運用は、魅惑されてしかるべきものだった。嘘いつわりなく目が吸い寄せられるようなのだ。

     『臨戦』モードになっているため、ユメちゃんの細かな部隊運用は手に取るようにわかる。部隊のローテーションを組んで、うまく損害を最小限度で食い止めているのだ。隊形の切り替えはまさに神技だった。ぼくにはどれをどう使えばいいのかわからなかったが、散兵、横隊、方陣、それに縦隊の効果的な使用は敵に大出血をもたらしていた。敵側はそれしか能がないかのように突撃を繰り返すのみ。

     プロイセン軍に対して柔軟性で勝っていたというのはこういうことだったのか!

     うっとりしながら見ていると、敵の攻撃がなんとなく鈍くなった気がした。

     ユメちゃんから伝令が来る。

    『浦沢先輩、最左翼に回ってください。隊形変換はコンピュータに任せてかまいません。しかし、右隣の部隊が突撃を開始したら先輩も突撃を行なってください。頼みます』

     いわれた通り、自分の基幹部隊を最左翼へと持って行った。いつもと同じく移動中の光景がETで目に飛び込んで来るが、その内容はフランス兵の死体が織り成す屍山血河の地獄絵図だった。ホラーゲームより怖い。

     こんなになってもまだやる気なのかユメちゃんは。

     その通りだった。

     ぼくが最左翼にたどり着くやいなや軍楽隊の奏でるメロディーが変わった。

     これが突撃の音楽でなくてなんだ。

     右隣にいた部隊が隊形を変える。

     ETの仮想ウィンドウを開いてデータを見た。

    『縦隊突撃』

     あわてて自分の部隊にも突撃を命じた。

     身体がぶるぶる震えてくるのを感じた。それほどまでの迫真性と説得力がある音と映像が、ぼくの周りを包み込んでいたのだ。あたかも戦場にいるような空気が感覚の全てを満たしていた。

     数万のフランス軍部隊が、これまでの突撃をすべて跳ね返されて士気ががた落ちになっているプロイセン軍に、ひとつの火の玉のようになって突撃を行なう光景、それをMAPの処理能力はみごとな芸術作品と呼べる域にまで至らせていた。

     いつの間にかぼくも叫んでいたようだ。ときの声を。

     相手プレイヤーに叫び声が聞こえたわけがないのだが、プロイセン軍の戦列に動揺が走るのがわかった。

     敵戦列のはるか後方に、なぜかフランス軍の制服とおぼしき色の影が。

     見えたのは敵も同じらしい。動揺はパニックとなった。

     パニックが雪崩を打っての潰走になるまで、ほとんど時間はかからなかった。

    『YOU WIN!』

     視界の中にその文字が躍るのを、ぼくはぼんやりと眺めていた。

     勝ったというのに、キリコはうなだれて黙りこくっていた。MAPから出てきたぼくは、それを見て驚いた。

     最終的に勝負を決めたのはキリコだった。ユメちゃんが敵の行動を阻止している間に、逃亡兵を追撃してきたキリコのフランス騎兵の一群がその後背に現れたということらしい。フランス騎兵は事態を認識するやただちに陣形を組み、いつでも攻撃態勢に移れる様相を見せた。これによりプロイセン軍の士気が崩壊したのだ。

     それがこの態度。あの自信満々で不敵なキリコだとは思えない。普通なら、ゲームで勝ったのだから胸を張って堂々としているはずなのに。

     やっぱりぼくがいった言葉のせいなのだろうか。

    『独りで克服しろ』

     あまりに酷にすぎたのかもしれない。

     いつの間にか『フォートレス』には早川先輩も姿を見せている。大学生ってヒマなんだな。

    「鋼鉄少女、じゃなかった。霧村さん、また戻ってきてくれて、おれたちはとっても嬉しいよ」

     早川先輩はそういって手を差し伸べた。

     キリコは聞いてはいないようだった。

     憔悴しきった表情で、キリコはのろのろとこちらを向いた。

    「順昇、ユメちゃん……」

     頭を下げる。

    「ごめんなさい」

     そうとだけいい残すと、キリコはぼくたちに背を向け、ゆっくりと出口に向かって歩いて行った。

    「おい、キリコ」

     ぼくだけでなく、何人かのギャラリーが話しかけようとしたが、キリコは首をひと振りして、寄せつけなかった。

    「浦沢先輩」

     ユメちゃんが怖い声を出した。

     早川先輩も不審げにこっちを見ている。

    「浦沢先輩、会長になにをいわれたんです?」

     その。

     頭を下げた。

    「ごめん」

     その場で、ユメちゃんが検察側と裁判官を兼ねる略式裁判が始まった。ぼくが被告で弁護人はなし、傍聴人が早川先輩だ。

    「まるで軍法会議だな」

     詰問にしどろもどろになる姿を見て、早川先輩がつぶやいた。


       予告

     死闘は制した。だがこの悔しさは何だ。

     死闘は制した。だがこの虚しさは何だ。

     傷つき破れた心が、すがりつけるものは何か。

     迷えるパーフェクト・ソルジャーの前で、今、運命がゆっくりと動き出す。

     次回、「転回」

     つかめ、それが天運ならば。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    戦場とプライベートは別ですから、キリコは精神的に参っちゃった感がありますな。

    しかし、ユメちゃんもユメちゃんで、いろいろと闇というか業も深いのです。

    なんだかんだいって一番太平楽で無責任なのは順昇くんですね(笑)。

    NoTitle

    ついにタイトルの「鋼鉄少女」が来ましたね。ユメちゃんは「雷霆少女」か。カッコいい。順昇くんは「准将」、なるほど。
    美少女を2人擁するユニットなら、人気は出るでしょうね^^

    でもキリコちゃんの内心は「鋼鉄」とはほど遠いようで……。
    十代の女の子だもんな。傷ついたり、辛いことがあったり、いろいろありますよね。順昇くんたちがキリコちゃんを救えるのか、楽しみにしています!
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