東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ103位 ミス・ブランディッシュの蘭 ハドリー・チェイス
数年前に古本屋で、創元の「ミス・ブランディッシの蘭」を買い、読了した。いや、やるねえハドリー・チェイス。と思った。それから今に至って、わたしは「ミス・ブランディッシの蘭」と読み比べてみるつもりで、図書館に「ミス・ブランディッシュの蘭」を取り寄せてもらうよう頼んだ……のだが、そんなものはない、と。えええ?
当時の選者に問いたい。お前ら、いったい何を考えて「ミス・ブランディッシュの蘭」をリストに上げたの? どういう理由があったにせよ、それって、ハドリー・チェイスにも、ハードボイルドにも、ノワールにも、とっても失礼なことじゃないの?
わたしが怒り狂っている理由を理解するためには、いささかの説明が必要だろう。ハドリー・チェイスの処女作にして出世作である本書は、1938年に出版されるやいなや大ベストセラーになった。スラングが山ほど使われ、当時のタブーをことごとく破り、悪党と狂人ばかりがぞろぞろ出てきてドンパチをやり散らかすこの小説を、ある者は「大衆にとってのフォークナー」と呼び、ある者(例えばジョージ・オーウェルとか)は「明らかなるファシズムそのもの」と呼んだ。それほどまでに衝撃的な犯罪小説だったのである。それはいい。
問題は、現在、唯一出回っている創元版の「ミス・ブランディッシの蘭」は、初版があまりにも過激にタブーを破りすぎたために改訂された「普及版」がもとになっているということである。指摘されているだけでもいくつもの変更点があり、すさまじいことには「ストーリーの結末」まで変わっているのだ。「美味しんぼ」の山岡士郎なら、「日本のミステリファンというのは滑稽だねえ!」というであろう。そんな水割りのような代物をありがたがってハドリー・チェイスがハードボイルド界にもたらした意義を考えようというんだから、と。われわれは、ハドリー・チェイスが登場したときの衝撃をまったく知らないままハドリー・チェイスについて語っているのも同然なのだ。
娯楽小説だから、そう難しく考えなくても、という理屈はわかる。だいいち、「ミス・ブランディッシュの蘭」の初版本は、海外でも稀覯本となっていて、バカみたいな高値がついているそうだ。だが、ハードボイルドだから、ノワールだから、「普及版でもいい」と考えるのは、ありとあらゆる文学のジャンルにおいて病的なまでの「原典第一主義」に陥っているとしか思えない日本のアカデミズムから、ハードボイルドは文学にあらず、といわれているも同然であり、ミステリやエンターテインメントは真面目に研究するものにあらず、とみなされていることの端的な表れである。国やおえらいフランス文学者たちの皆様は、ラブレーやマルキ・ド・サドの初稿のためならいくらでも金を積むかもしれないが、アメリカ由来の、雇われ書店員がアメリカ俗語辞典といくつかの参考書を頼りに6週間で書き上げたような代物は、どれだけ社会に広く強い影響を及ぼしたにせよ、まともに金を払うものではないと思し召しらしい。
ミステリファンは怒らねばならぬ。そしてわたしには金も語学力もないが、いつかは才能あるかたが、正しいハドリー・チェイス理解の礎を作ってくれることを願わずにはおれない。そんな中で、怒りながら「ミス・ブランディッシの蘭」を読むことにする。そして悲憤慷慨しながら読んだ「ミス・ブランディッシの蘭」はめちゃくちゃ面白かった。ハドリー・チェイス、この改訂版だけでもミステリの歴史に名を残してしかるべきだな。名作。
当時の選者に問いたい。お前ら、いったい何を考えて「ミス・ブランディッシュの蘭」をリストに上げたの? どういう理由があったにせよ、それって、ハドリー・チェイスにも、ハードボイルドにも、ノワールにも、とっても失礼なことじゃないの?
わたしが怒り狂っている理由を理解するためには、いささかの説明が必要だろう。ハドリー・チェイスの処女作にして出世作である本書は、1938年に出版されるやいなや大ベストセラーになった。スラングが山ほど使われ、当時のタブーをことごとく破り、悪党と狂人ばかりがぞろぞろ出てきてドンパチをやり散らかすこの小説を、ある者は「大衆にとってのフォークナー」と呼び、ある者(例えばジョージ・オーウェルとか)は「明らかなるファシズムそのもの」と呼んだ。それほどまでに衝撃的な犯罪小説だったのである。それはいい。
問題は、現在、唯一出回っている創元版の「ミス・ブランディッシの蘭」は、初版があまりにも過激にタブーを破りすぎたために改訂された「普及版」がもとになっているということである。指摘されているだけでもいくつもの変更点があり、すさまじいことには「ストーリーの結末」まで変わっているのだ。「美味しんぼ」の山岡士郎なら、「日本のミステリファンというのは滑稽だねえ!」というであろう。そんな水割りのような代物をありがたがってハドリー・チェイスがハードボイルド界にもたらした意義を考えようというんだから、と。われわれは、ハドリー・チェイスが登場したときの衝撃をまったく知らないままハドリー・チェイスについて語っているのも同然なのだ。
娯楽小説だから、そう難しく考えなくても、という理屈はわかる。だいいち、「ミス・ブランディッシュの蘭」の初版本は、海外でも稀覯本となっていて、バカみたいな高値がついているそうだ。だが、ハードボイルドだから、ノワールだから、「普及版でもいい」と考えるのは、ありとあらゆる文学のジャンルにおいて病的なまでの「原典第一主義」に陥っているとしか思えない日本のアカデミズムから、ハードボイルドは文学にあらず、といわれているも同然であり、ミステリやエンターテインメントは真面目に研究するものにあらず、とみなされていることの端的な表れである。国やおえらいフランス文学者たちの皆様は、ラブレーやマルキ・ド・サドの初稿のためならいくらでも金を積むかもしれないが、アメリカ由来の、雇われ書店員がアメリカ俗語辞典といくつかの参考書を頼りに6週間で書き上げたような代物は、どれだけ社会に広く強い影響を及ぼしたにせよ、まともに金を払うものではないと思し召しらしい。
ミステリファンは怒らねばならぬ。そしてわたしには金も語学力もないが、いつかは才能あるかたが、正しいハドリー・チェイス理解の礎を作ってくれることを願わずにはおれない。そんな中で、怒りながら「ミス・ブランディッシの蘭」を読むことにする。そして悲憤慷慨しながら読んだ「ミス・ブランディッシの蘭」はめちゃくちゃ面白かった。ハドリー・チェイス、この改訂版だけでもミステリの歴史に名を残してしかるべきだな。名作。
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~ Comment ~
NoTitle
>大阪行きの新幹線から
なんだか、某富士通提供の番組みたいだなー(^^♪
>もとの結末バージョン
ホントにそういう話だったんだ(爆)
なんだか、某富士通提供の番組みたいだなー(^^♪
>もとの結末バージョン
ホントにそういう話だったんだ(爆)
- #20481 ひゃくと雪の女王
- URL
- 2019.09/29 15:43
- ▲EntryTop
Re: 荒野のひゃく人さん
大阪行きの新幹線からコメしてます。
まあ、どう考えても西村寿行タイプの作品ですな。ほかに有名どころでは逢坂剛先生がハドリー・チェイスのファンみたいですね。
それでも、ギャングに誘拐されて薬漬けにされて凌辱された本作のヒロインの富豪令嬢が、探偵にうながされるまま飛び降り自殺、というもとの結末バージョンが日本で出てないというのは納得いかねえぞ。
まあ、どう考えても西村寿行タイプの作品ですな。ほかに有名どころでは逢坂剛先生がハドリー・チェイスのファンみたいですね。
それでも、ギャングに誘拐されて薬漬けにされて凌辱された本作のヒロインの富豪令嬢が、探偵にうながされるまま飛び降り自殺、というもとの結末バージョンが日本で出てないというのは納得いかねえぞ。
NoTitle
例によって、全然知らない人だけど。
ぱっとアマゾンを見てみたら、「西村京太郎が好きなら云々」と書いている人がいたんだけど、西村は西村でも、寿行の方じゃない?って思ってしまったんだけど!?
つーか、アマゾンに出ていた表紙がいいですね。
なーんか、なつかしー感じ(^^ゞ
>「美味しんぼ」の山岡士郎
これまた、懐かしい。
10年ぶり? いや、もしかしたら20年ぶりくらいにその名を目にしたかも?(^^)/
今もやってたら、いい加減、美食云々言ってられる齢じゃないんだろうなぁ~w
ぱっとアマゾンを見てみたら、「西村京太郎が好きなら云々」と書いている人がいたんだけど、西村は西村でも、寿行の方じゃない?って思ってしまったんだけど!?
つーか、アマゾンに出ていた表紙がいいですね。
なーんか、なつかしー感じ(^^ゞ
>「美味しんぼ」の山岡士郎
これまた、懐かしい。
10年ぶり? いや、もしかしたら20年ぶりくらいにその名を目にしたかも?(^^)/
今もやってたら、いい加減、美食云々言ってられる齢じゃないんだろうなぁ~w
- #20459 荒野のひゃく人
- URL
- 2019.09/23 15:14
- ▲EntryTop
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Re: ひゃくと雪の女王さん
時代に先駆けていた、というよりは、うーん、ハドリー・チェイスという人、いつの時代に生まれていたとしてもそういう小説しか書けなかったんとちゃうか(笑)