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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ107位 リトル・ドラマー・ガール ジョン・ル・カレ

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     大学のころ、「そういえば東西ミステリーベスト100のリストにあったな」……と、下宿先の市立図書館にあった本を借りた。早川書房の、弁当箱のように分厚い、上下二段組の、細かい字がびっしり並んだハードカバーであった。アパートの窓際に二週間積んでおいて、読まずに図書館に返した。いい思い出である。

     何しろ重厚で名高いル・カレの作品である。それ以来敬して遠ざけていたが、今回の企画はいいチャンスだと思い、図書館に頼んでひたちなかの図書館から文庫版上下二巻を借りて読んでみた。一冊一冊がこれまた分厚いが、期日までに図書館に返却しないとペナルティがつく。覚悟を決めて根性で読書である。

     で、読んでみたわけであるが、スパイスリラーとして非常に重い小説であった。ユダヤ人とアラブ人が血で血を洗うパレスチナ、そこでの諜報活動のためにスカウトされた、平凡なイギリス人女優が、熾烈なスパイ戦の中で、「どうやって壊れていくか」を克明に描いた恐るべき小説である。

     なんといっても構成の妙であろう。この主役の女優、チャーリィは、初めは「パッとしない女」として描かれる。それがイスラエルの情報機関モサドから目をつけられ、スカウトを受けると、このチャーリィの入念なまでに作り上げた偽装が外れ、別の意味で「パッとしない」女としての姿が暴かれるのだ。そこから猛烈なまでのモサドによる入念な偽装工作がなされ、チャーリィはパレスチナのテロ組織に潜入させられる、というまでが「第一部」、いわゆる「序章」で、小説の三分の二くらいはこれに費やされる。

     パレスチナへ舞台が移ってからのスリルとサスペンスに満ち満ちた、恐ろしいにもほどがある「第二部」についてはあまり語らないことにしたい。イスラエルのスパイという身分を隠しながらテロ組織の人間とともに生活し、パレスチナの地で生きている人間と起居を共にする、この過酷なまでの現実と向き合わされる「第二部」の冒険を経ることによって、チャーリィの神経はボロボロになってしまうのだ。

     巻末の解説で森詠がル・カレの文章を「ロシア文学」にたとえていたが、東西冷戦でロシアのスパイとの陰謀合戦ばかり書いていたル・カレの小説をロシア文学とはよくいったものである。たしかにそういった「国際スパイ戦」という題材そのものはまさに「ドストエフスキー的な世界」といえるだろう。本書におけるチャーリィの苦しみをドストエフスキーが書いたら、そりゃもうすごいことになっていたのではないか、と思えてならない。

     本書の結末で、ル・カレはひとつの印象的なシーンを描くが、それはひとつのドストエフスキー的な結末でありながら、ドストエフスキーは絶対書かないような結末でもある。そこに半ば公然と陰謀渦巻く帝政ロシアの世界で生きたドストエフスキーと、陰謀が極端に抑制され隠蔽された現代イギリスの小説家であるル・カレとの決定的な断絶があるのかもしれない。なんだかんだいって、ル・カレは現代社会というものの「正当性」を疑っていないのだろう。汚いトリックばかり巡らしているようでも、基本的にル・カレの小説のスパイたちは「正しい側」について戦っているのだ。そうでないとスパイ小説など書けない。難しいジャンルである。
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    ~ Comment ~

    Re: 風と雲とひゃくとさん

    香港島に人民解放軍一個軍が侵入してきて、泥沼の都市ゲリラ戦が始まったらどうなるかわからんので覚悟しとくよーに。一度「アメリカの強い圧力」がかかったら、自民党は難民政策を手のひらクルーすることは火を見るより明らかだからねえ。

    NoTitle

    ま、東アジアの春っていうのはなさそうだし……(^^;
    • #20692 風と雲とひゃくと 
    • URL 
    • 2019.12/08 15:55 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ひゃっくりひょうたん島さん

    それと同じことを、「シリア」っていう、中東でも一二を争うお金持ちの国の人たちは考えておりましてな……さて一朝ことが起こった時(以下略)

    NoTitle

    >どこの国からも難民として受け入れてもらえない
    お金、お金。
    がんばって、たんまりお金稼いどきゃぁ、引く手あまたさ(爆)
    • #20660 ひゃっくりひょうたん島  
    • URL 
    • 2019.12/01 16:13 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 吾輩はひゃくであるさん

    国際的に協調するしか生きのびる方法がないのに、安倍首相はじめ自民党、積極的に海外の新聞に意見広告なんか出して、全方向にケンカ売りまくりだからなあ。アメリカでリベラル層が政権奪還したらどうするつもりなんだろうと思う。嫌中嫌韓を唱えるいわゆるネトウヨ層を抑える動きも見せてないし。いやだぞおれは第三次世界大戦で戦争に負けて難民と化して全世界に散らばるのなんか。そもそも難民の受け入れここまで拒否してきた実績があると、どこの国からも難民として受け入れてもらえないしなあ。

    NoTitle

    アメリカ大統領選の民主党の候補のエリザベス・ウォーレンは最近、失速気味らしいけど。
    でも、エリザベス・ウォーレンが次期大統領になったら、トランプ政権で蜜月になりすぎちゃったアメリカとイスラエルの関係って、どうなるんだろうね。
    ま、だからって、大使館の場所を元に戻すなんてことはないだろうけど、でも、どうなんだろ?って思っちゃう。

    >日本とも重なる
    日本は、とにかくアメリカと仲良く。あとは、(少なくとも表面的には)国際協調。
    様々な問題や弊害はあるにせよ、とりあえずはこの2つでとりあえずはそれなりにはやってるんような気がしますよ。
    ただ、それは今の日本にお金があるからで。
    このまま人口がすくなくなって、お金もなくなっていったら、相当ヤバイでしょうね。
    ていうか、そもそも、アメリカとの関係も金の切れ目が縁の切れ目なわけですもんね(^^;
    そう考えると、お金を稼ぐこと!
    日本の外交はそれに尽きる気がします(^^)/
    • #20636 吾輩はひゃくである 
    • URL 
    • 2019.11/23 12:38 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 機械ひゃく爵さん

    わたすはネタニヤフ政権がらみのニュース見てると危なっかしさにチャンネル変えたくなりますほんと。

    まあ、長期政権やってて中東戦争が起こっていないから、その点では有能な人物なのではと思うけど、やりかたがねえ。

    日本とも重なるんだよなあ。どっちも、火薬庫の中でニトログリセリンの瓶のお手玉やってるみたいな外交やってるもんだからなあ。

    NoTitle

    もちろん、いろいろ(日本人にはわからない)諸問題はあるんだろうけど。
    とはいえ、今のネタニヤフ首相とかの政策を見ていると(ま、見てるってほど見てるわけじゃないけどさw)、選挙対策?あるいは、自分の権力を維持するために紛争を起こしているor大きくしているように感じちゃうけどなぁ~。
    ま、どっかの国の隣国(の南と北)みたいなもん?(爆)

    Re: ひゃーく・すかいうぉーかーさん

    中東戦争みたいな大戦争を四回もやって、五回目はいつだ、みたいなまま21世紀まできたわけだからねえ。難民問題もまったく解決してないし。

    全世界に散らばって石ぶつけられて生きる生活、というのはユダヤ人も二度とごめんだろうしなあ。

    ババ抜きのババの押し付けあいみたいなもんですな。うむむ。
    • #20591 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2019.11/11 13:06 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ひゃーく・すかいうぉーかーさん

    月に四冊しか枠がないので、本が来ないときはほんとうに来ないから、頼めるときに頼むしかないんじゃあ!(自分で買う、という発想はないらしい)

    紛争地帯は、紛争する曰く因縁が山ほどあるから紛争してるのであって、簡単なパワーで解決できるもんじゃないからなあ。イスラエルだって、建国当時は、独立戦争にさえ勝てば既成事実としてすぐ承認されるんじゃないか、みたいなムードが国民や指導者にあった気がするけど、中東せん
    • #20590 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2019.11/11 13:00 
    •  ▲EntryTop 

    NoTitle

    >「相互貸借」を申し込むことができなくなる、というペナルティ
    なるほど。
    でも、なら、2冊か1冊にしとけばいいじゃん(;^ω^)

    >政府や国民から
    政府としては、ま、とにかく忙しいからめんどくさいことは勘弁してくれってことなんだろうけどさ(^^;
    国民のこのミョーに小学校の学級委員会的正義感は、結局まわりまわって自分たちの生きづらさにつながってるんじゃないのぉ~とか思っちゃいますね(^^ゞ
    ま、国営放送(?)のニュースを制作している人が、「(ニュースで海外ネタ流すとチャンネルを変えられちゃうから)視聴者が興味を持ちそうなネタだけ流すようにしている」的なことを堂々と言っちゃう国ですから(爆)
    • #20578 ひゃーく・すかいうぉーかー  
    • URL 
    • 2019.11/04 15:10 
    •  ▲EntryTop 

    Re: blackoutさん

    たぶん自分が諜報機関にスカウトされたら、たぶん朝から晩まで暗号解読と情報傍受でしょうな。ずーっとコンピュータの前(^^;)

    世の中ってそんなもんです、今……。

    Re: ひゃくの焦点さん

    とはいえ、弁当箱みたいに分厚かったことはたしかだからなあ(笑)

    相互貸借で借りた本は、期日までに返却しないと、「相互貸借」を申し込むことができなくなる、というペナルティがあるので、もう、読むのに必死(笑) 期限は2週間なので、3冊とかまとめて来ると顔が悲愴に(笑)

    パレスチナに留学すると、政府や国民から「自己責任」とかいわれて、いったいどこの未開国だよ、と思うであります。

    現代社会の正統性に対するスタンスが、そのままジョン・ル・カレとグレアム・グリーンの差になってくるんでしょうなあ。キム・フィルビー事件への反応なんか見ると。

    NoTitle

    一説によると、モサドに限らず、諜報機関て、敢えてパッとしない感じの人間をスカウトするみたいです

    まぁ、ヒューミント要員として育成するんだろうと思います
    相手に怪しまれずに情報を得やすいのも、この手のタイプでしょうw

    たぶん、自分が諜報機関に入ったとしたら、上記じゃなくて、シギントとか特殊工作隊とかやりそうw
    で、ヒューミントやるとしたら、秘密警察とか裏軍隊と接触して情報をもらうとかかなとw

    NoTitle

    >弁当箱のように分厚い
    厚さに対するその例えは、キャラ弁なるものが巷にあふれる現代ニッポンでは通じないと思う(爆)

    >期日までに図書館に返却しないとペナルティがつく
    へー、そうなんだ!
    ちなみに、ペナルティがつくとどうなるの?

    >それがイスラエルの情報機関モサドから目をつけられ
    スパイ…、とはまた違うんだろうけど、金正男の暗殺の実行役にされた女性2人とか、あと大韓航空機爆発のやっぱり金ナントカとか。
    彼女らもそういうことだったのかなぁー。

    >パレスチナの地で生きている人間と起居を共にする
    これからのニッポン人は、高校生くらいにイスラエルとかパレスチナに1年くらい留学する、みたいなカリキュラムが必要なのかもね。
    少なくとも、組体操なんてアホなことやってるよりは、有意義だと思うなー。
    ていうか、オレが行ってみたいぞ!(^^ゞ

    >現代社会というものの「正当性」を疑っていないのだろう
    あくまでエンタメとして楽しめても、その辺のうさんくささ?まやかし?大国の論理?みたいのを考えちゃうと、しらけちゃう部分はあるよね。
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