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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ114位 ベルリンの葬送 レン・デイトン

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     大学のころに八王子の古本屋で三冊百円棚から買った。初読時の感想は、「暗くて、厚くて、退屈な話」というものだった。読むのにはものすごく苦労し、クライマックス以外はストーリーなどほとんど覚えていなかった。二十年ぶりに再読。

     で、いま読んだ感想だが、冷戦時のベルリンを舞台にした、ややこしいにもほどがある陰謀を扱った小説だが、意外と、「ポップ」な感じを受けた。直前にル・カレの「リトル・ドラマー・ガール」を読んだからではないが、つまらぬ感傷など痛烈な皮肉でいなしながら、誰が敵で誰が味方かもわからない諜報戦の狂瀾怒濤を、のらりくらりと涼しい顔で泳いでいく主人公「わたし」が、かっこよくて仕方がない。誰からも馬鹿にされがちな冴えない間抜け面の後ろで「秘密諜報の仕事にたずさわる者にとって最大の恩寵は低能と見なされることである」とかうそぶいている中年スパイ、こんなやつを敵に回したら、たとえジェームズ・ボンドのようなスーパースパイでもかなわないであろう。保身のすべを心得た、コンピュータのように冷静沈着で正確無比な頭脳がそこに加わっているとなるとなおさらだ。「わたし」(この主人公は、いくつもの長編の主人公を務めているが、シリーズ中、一回も「本名」が出てこない。出てくる名前も、すべて上から与えられたか、自分でこしらえたかした偽名である。こういう趣向、好きだけど、苛立つ人は、本当に苛立つらしいので注意が必要)は、抜群の勘と注意力と、細かいところまでおろそかにしない用心さをもって、目の前に現れた人間や事物を観察し、分析し、裏付け調査をする。たいていの相手は、「わたし」を見くびっているので、ちょっと裏を取るだけで、すぐにぼろが明らかになるのだ。そこから得た情報をもとに、「わたし」はさらに間抜け面を浮かべながら、相手に対してしだいに優位に立って行く、という、まったく、初取引を控えた新入社員は、教科書として、全員、この本を読んでおくべきじゃないかと思われるくらいである。「わたし」に比べれば、フリーマントルのチャーリー・マフィンなんて、ええかっこしいの、出しゃばりタイプだと評するほかない。目を付けられて疎まれて、抹殺されかかるのもよくわかるというものだ。

     また、本書は、背後で進む陰謀もよくできている。現代だけでなく、第二次世界大戦までさかのぼるような因縁話の中で、アンブラー「ディミトリオスの棺」に出てくるディミトリオスのような悪辣さで生き抜いてきたひとりの男が、その悪辣さゆえに自己を喪失して破滅への道を転がり落ちる……というメインの筋に、いくつもの裏切りとどんでん返しを付け加え、最終ページまで全く気が抜けない、というプロットを組み上げた作者のレン・デイトンはたいしたものだ、といわざるを得ない。各章の冒頭に、いかにも意味ありげに置かれた、「チェス用語の解説」もいい味を出している。主役の「わたし」は一個のポーンであり、それは派手な活躍はしないまでも、キングを詰めるための決め手となる駒であり、そして、ゲームエンドまで生きのびる駒なのだ。それを遠回しに暗示して盛り上げていく、そういう趣向も好きだ。だけど、苛立つ人は本当に苛立つんだろうな。

     レン・デイトンは「スパイ小説の詩人」とよくいわれるけど、それは、そのあまりにも凝り過ぎた比喩表現に対する揶揄ではなく、あくまでも美しく構築されたプロットと、そこを泳ぎ回るスパイたちの動きの美しさを評したものだ、と信じたいものである。「ベルリン・ゲーム」から始まるレン・デイトンのもう一つの代表シリーズも読んだけど、そこで最強の悪役ぶりを示すソ連側のスパイの設定は、まさに「お見事」といえる美しさだった。すごいよ。
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    ~ Comment ~

    Re: 風と雲とひゃくとさん

    まあそれはそれとして、カムイ伝第三部を描かないで逃げたのは、白土三平先生、卑怯だと思う。(と、「夢逐人」第三部を書いてない人間がいってみるテスト(笑))

    NoTitle

    でも、ほら、あれは、たぶん連載漫画だろうから。
    連載の打ち切りが決まってなければ、「実は生きてました」ってパータンになってたかもしれないじゃん(^^ゞ
    • #20689 風と雲とひゃくと 
    • URL 
    • 2019.12/08 15:51 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ひゃっくりひょうたん島さん

    とりあえず、少なくとも飲んで死ぬじゃん(笑)

    スーパーヒーローはあわやというところで飲まないし、飲んでも死なない(笑)

    NoTitle

    >007のようなスーパースパイ
    カムイ伝だって、最後は鉄がドロドロに溶けた鍋を持って、飲んでじんじゃうんだから、スーパーだと思うけどなぁ~(^^;
    • #20657 ひゃっくりひょうたん島  
    • URL 
    • 2019.12/01 16:02 
    •  ▲EntryTop 

    Re: blackoutさん

    まあ、どんな世界でも最低限の「処世術」というものはあるだろうしねえ。

    破綻したら破綻したで、「色々厄介なこと」をしないと、小説にもならんしな。

    Re: 吾輩はひゃくであるさん

    007とはぜーんぜん違うぞ(^^;)

    007のようなスーパースパイと比べるのは、NARUTOとカムイ伝を同じ忍者漫画として比べるようなもんだ(笑)

    まー、ようするに、レン・デイトンの主人公も、現実と比べたらカムイ伝くらいのことはする、ということで(笑)

    NoTitle

    ええ、どんな世界もだと思いますが、声のデカいシャシャリ出たがりは、いいように利用されて、用が無くなったらポイ、だと思いますですw

    でも、本人は幸せなんじゃないですかねぇ
    なぜなら、注目を集めるというエクスタシーを満たせるわけなのでw

    もちろん、自分もその手のヤツがいたら、陥れない程度に色々振っちゃいますw

    逆に陥れちゃうと、あとあと色々厄介だったりするので、それはしないようにしてます

    NoTitle

    ふーん。
    スパイ小説は、ほとんど読んだことがない(007ですら見たことがないw)から、なんとも言えないんだよなぁー(^^ゞ
    レイ・デイトンという名前は、見たことあるんだけど…w
    • #20632 吾輩はひゃくである 
    • URL 
    • 2019.11/23 12:02 
    •  ▲EntryTop 
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