FC2ブログ

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    海外ミステリ118位 密使 グレアム・グリーン

     ←「SHERLOCK ピンク色の研究」見る →海外ミステリ118位 消えた玩具店 エドマンド・クリスピン
     浪人生だったころ、松戸の図書館で接近遭遇し、借りはしたが窓際の観賞用オブジェにしかならず、読まずに返した作品。だから初読である。追いつ追われつ型スパイ・スリラーの古典的傑作といわれているが、はたしてどうか。バーミヤンでマーボー豆腐で一杯やりながら読んだ。つくづく、店にとっては嫌な客であろう。

     感想だが……たしかに追いつ追われつのスリルはあったが、それ以前に、「ものすごく苦い」小説であった。第二次大戦前夜を舞台としているが、全編を覆うシニシズムが半端なものじゃない。そもそも、ファシストの反乱軍を相手に内戦を起こしている社会主義政権の「共和国」がイギリスへ密使として送り出した主人公の「D」という男からして、妻をファシスト政権に処刑されたとはいえ、肉体的にはまったく冴えることのない初老の元大学教授なのだ。専門は中世フランス文学というのだからグレアム・グリーンのシニカルさには恐れ入る。彼の目的は戦略物資である石炭の買い付けである。相手のファシスト政権も同じ目的で密使の「L」という男を送り出している。買い付けに成功した側が、戦略上優位に立ち、戦争を有利に進めることができるのだ。どうあがいても学者でしかない「D」は、かつて内戦で受けたさまざまな「恐怖」と、身に着々と迫る「敵」の影におびえながら、なんとか買い付けを成功させようとするが、予想もしない事態が待っているのであった。

     ほんと、予想しないよ、こんな展開! しじゅう、グレアム・グリーンの手によって鼻面を引っ張りまわされた感が強い。「D」が何かするたび、「D」の立場はどんどん悪くなっていくし、敵のほうがあえていうなら「戦時急造スパイ」である「D」よりも二枚も三枚も上手だし、警察も大使館も頼りにはまったくならないし、しかも本国へ逃げ帰ったら、無能な裏切り者として銃殺の運命である。どうしろっていうんだ、と「D」ではなくても思うところだが、ある事件をきっかけに、「D」は人が変わったような変貌を遂げるのである。追われるだけだった無力な「D」はここで「追うもの」に転じ、自分をこのような状況に追い込んだ「敵」に対して「反撃」を開始するのである……が、そこから先も、イギリス人らしいひねくれたシニシズムは健在で、ひどい悪夢を見ているような味わいだ。

     そして結末。「D」の任務が成功したかどうかについてはここでは書かないが、この結末には唖然としてしまった。ひどい根性悪な結末が用意されているのだ。解説では「一種のハッピー・エンディング」と書いてあったが、これをハッピーエンドと呼んでいいものか。悪夢から目が覚めたと思ったら悪夢はまだ続いていた、とでもいうようなある種のサプライズエンディングである。

     前に映画で「チップス先生さようなら」や「素晴らしき戦争」を見たときも思ったが、第一次世界大戦で、「敵も味方も目に見える成果が全く上がっていないのにもかかわらず周りの大人たちがどんどん徴兵されて、そのまま二度と帰ってこない」という日常を四年間も体験した人間というものは、やはり何をどうやってもシニカルになってしまうのだろう。それは太平洋戦争で「犬死にとしか呼べないような状況で負けたことに対しても過剰な意味と人間ドラマを読み取ってしまう」日本人のそれとは完全に違うのだ。そこにイギリス人の国民性が加わると……もう思い切りお好きなだけスパイスリラーを書いてください、というしかない。ある意味それが、人間に遺された最後の理性の発露というものかもしれないのだから。
    関連記事
    スポンサーサイト






    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    もくじ  3kaku_s_L.png X氏の日常
    もくじ  3kaku_s_L.png 読書日記
    【「SHERLOCK ピンク色の研究」見る】へ  【海外ミステリ118位 消えた玩具店 エドマンド・クリスピン】へ

    ~ Comment ~

    NoTitle

    >酒です
    アンタは、酒のつまみに酒を飲むんか。
    どんだけ、大酒喰らいなんだ!(^^;

    年末年始の飲酒はほどほどにね(笑)

    Re: 赤鼻のひゃくさん

    >次

    酒です。(`・ω・´)キリッ

    >イギリス人とアメリカ人

    時代にもよりますな。なにせ前者は侵略戦争の果てに大帝国を経営していた国で、後者は今も大戦争の真っ最中ですからなあ。

    NoTitle

    >バーミヤンでマーボー豆腐
    フライドポテト→餃子→麻婆豆腐。
    次は何だ?('_')

    >過剰な意味と人間ドラマを読み取ってしまう
    ま、ニッポン人は、敗戦の結果として、日本史上初の庶民の経済的豊かさ、および右肩上がりの経済成長というのを手に入れてしまったからなぁー。
    そもそも、ニッポン人には、「お上は偉い」的なメンタリティーがあるというのもあるだろうし。
    あとは、戦前戦中はこんなに酷かった(けど、今は自由で豊かで幸せ)的指向で娯楽(コンテンツ)を作れば庶民はそれに喜んで接する的なのもあるんじゃない?(^^ゞ
    ま、イギリス人とかアメリカ人って、友人知人として実際につき合ったことはないんで。その辺は、本とかTVの知識で想像するしかないんだけど、彼らは(日本人と比べると)その辺りをいろいろ突き詰めて考える傾向の強い民族だったりするのかな?
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【「SHERLOCK ピンク色の研究」見る】へ
    • 【海外ミステリ118位 消えた玩具店 エドマンド・クリスピン】へ