東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ124位 鏡よ、鏡 スタンリイ・エリン
本屋にも古本屋にも並んでいるのを見たことがない。図書館に相互貸借で取り寄せてもらって今回はじめてお目にかかったしだいだ。だから作者の名前以外は事前情報まったくなしで読んだ。当然、初読である。スタンリイ・エリンの長編では昔「闇に踊れ!」を読んだことがあるが、本作ではどうだろうか。
最初の一ページ目から始まる、異様な迫力と濃厚な語りに鼻面を取られ振り回され、ひたすら悶絶しながら読んだ。「闇に踊れ!」を読んだときにも感じたが、スタンリイ・エリンという作家、「頭のおかしい人間」を描かせたら抜群にうまい。「頭のおかしい」どころではない、マジのキ〇ガイ、それも本人に自覚がないタイプをここまで生々しく描けるというのは驚嘆すべき才能であろう。
未読の人は、ここまで読んだ時点ですぐに古本屋に駆け込んで入手して読んでほしいところである。いやはや、「長い短編」と訳者もあとがきで書いているが、ボリューム的にはまことに薄い本なのに、読んだ今はお腹いっぱい。余は満足じゃ。きょうはもう何も読まず、この小説の悪夢の中でゆっくり眠りたいものである。
だが、それだけではあまりにも無責任というものか。本書はサイコサスペンスの傑作である。当時の文学の最も先鋭的な手法を用いて、狂気に陥った人間の独白を、時間も場所も何もかも無視して、意識の流れるままに描写していく。だが注意すべし。エリンの筆を甘く見てはいけない。この頭のおかしい人間のつぶやきを組み上げていって、「ああ、なるほど、この小説はこういう話なんだ」と納得したら……そこに作者の仕掛けた世にも狡猾な罠が存在するのだ。天才的なミスリードの腕というほかあるまい。脱帽である。
まあ、だがしかし、問題もあって、作者があまりにもうますぎる超絶技巧の筆をもって「狂気の世界」を描いていくがゆえに、読んでいる人間にとっては「小説以前に、なにがなんだかわからない」という状況に陥ってしまう可能性があるということだ。それだけとんがっている小説なのである。
しかし、その悪夢感と疾走感、それにすべてが明かされた時の「腑に落ちた」感は、夢野久作「ドグラ・マグラ」のそれに勝るとも劣らない、とわたしは思う。むろん、あれとは書かれた目的も狙いの対象もまったく違うところにあるのだが、読後感として非常に似たものを感じるのだ。
狂人の主観に分け入る、ということでは、バリー・マルツバーグのあの怪作SF「アポロの彼方」と比肩しうる名作である。あの世界が好きなら、必ずや本書も気に入るはずだ。そして、「アポロの彼方」や「ドグラ・マグラ」のそれとは違い、本書ではきちんとミステリとしてミステリらしい結末を迎えるから、SF嫌いな人でも安心だ。。
この企画をやってよかったな、と心の底から思える一冊。いやあ、堪能した。ベスト200中には、もう一冊、エリンの未読長編「第八の地獄」が待っている。そちらも噂では大傑作らしい。いまから読むのが楽しみである。
最初の一ページ目から始まる、異様な迫力と濃厚な語りに鼻面を取られ振り回され、ひたすら悶絶しながら読んだ。「闇に踊れ!」を読んだときにも感じたが、スタンリイ・エリンという作家、「頭のおかしい人間」を描かせたら抜群にうまい。「頭のおかしい」どころではない、マジのキ〇ガイ、それも本人に自覚がないタイプをここまで生々しく描けるというのは驚嘆すべき才能であろう。
未読の人は、ここまで読んだ時点ですぐに古本屋に駆け込んで入手して読んでほしいところである。いやはや、「長い短編」と訳者もあとがきで書いているが、ボリューム的にはまことに薄い本なのに、読んだ今はお腹いっぱい。余は満足じゃ。きょうはもう何も読まず、この小説の悪夢の中でゆっくり眠りたいものである。
だが、それだけではあまりにも無責任というものか。本書はサイコサスペンスの傑作である。当時の文学の最も先鋭的な手法を用いて、狂気に陥った人間の独白を、時間も場所も何もかも無視して、意識の流れるままに描写していく。だが注意すべし。エリンの筆を甘く見てはいけない。この頭のおかしい人間のつぶやきを組み上げていって、「ああ、なるほど、この小説はこういう話なんだ」と納得したら……そこに作者の仕掛けた世にも狡猾な罠が存在するのだ。天才的なミスリードの腕というほかあるまい。脱帽である。
まあ、だがしかし、問題もあって、作者があまりにもうますぎる超絶技巧の筆をもって「狂気の世界」を描いていくがゆえに、読んでいる人間にとっては「小説以前に、なにがなんだかわからない」という状況に陥ってしまう可能性があるということだ。それだけとんがっている小説なのである。
しかし、その悪夢感と疾走感、それにすべてが明かされた時の「腑に落ちた」感は、夢野久作「ドグラ・マグラ」のそれに勝るとも劣らない、とわたしは思う。むろん、あれとは書かれた目的も狙いの対象もまったく違うところにあるのだが、読後感として非常に似たものを感じるのだ。
狂人の主観に分け入る、ということでは、バリー・マルツバーグのあの怪作SF「アポロの彼方」と比肩しうる名作である。あの世界が好きなら、必ずや本書も気に入るはずだ。そして、「アポロの彼方」や「ドグラ・マグラ」のそれとは違い、本書ではきちんとミステリとしてミステリらしい結末を迎えるから、SF嫌いな人でも安心だ。。
この企画をやってよかったな、と心の底から思える一冊。いやあ、堪能した。ベスト200中には、もう一冊、エリンの未読長編「第八の地獄」が待っている。そちらも噂では大傑作らしい。いまから読むのが楽しみである。
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~ Comment ~
NoTitle
悪夢感と疾走感の「ドグラ・マグラ」の終盤はもう「なにがなんだか」で他のことも手につかず一気に最後まで読んでしまいましたが、僕はこの作品をどこまで理解しえたか自信がありません。このスタンリイ・エリンも読んでみたくなりましたが、短くもやりたいことがいっぱいの人生においてはすべからく「ご縁があれば」というところですね。
Re: 面白半分さん
これはいいです。未読作品の中でも最大の拾い物のひとつでした。
怖さもたくらみも、新本格なんか目じゃないです。
ぜひとも入手して読んでほしいですねえ。それより何でこんないい本が再版かからんのか。とほほ。
怖さもたくらみも、新本格なんか目じゃないです。
ぜひとも入手して読んでほしいですねえ。それより何でこんないい本が再版かからんのか。とほほ。
NoTitle
なんとなくですが、短編だと短いがゆえに、密度を高くしないとってなるから、長編やるには精神的にも肉体的にもキツいかなと思ったりしましたw
キレ、ですか…
いや、確かにその通りな気がしますです(汗)
ちょっと考えてみます
上手くいけば、次回作に反映できるかもですw
ありがとうございます!
キレ、ですか…
いや、確かにその通りな気がしますです(汗)
ちょっと考えてみます
上手くいけば、次回作に反映できるかもですw
ありがとうございます!
- #20891 blackout
- URL
- 2020.02/19 22:38
- ▲EntryTop
Re: blackoutさん
短編のテンションを保ったまま長編を一気書きするのはけっこう難しいと思います。何回かやってみましたが、自分は自信ないですね。
blackoutさんの作品に必要なのは、コクよりもむしろキレかもしれませんなあ。根拠も怪しい、なんとなくの印象ですが。
blackoutさんの作品に必要なのは、コクよりもむしろキレかもしれませんなあ。根拠も怪しい、なんとなくの印象ですが。
NoTitle
長い短編…
ジャンルやテイストは違うでしょうけど、自分の小説もボリューム的にはそんな感じだと思いますですw
なんだか、長いと展開がダレて、作者である自分が飽きちゃう(汗)
あと、最近は読者がイメージしやすいように、どんな世界なのかは軽く冒頭で書いて、あとは、密室劇的な展開にするせいか、全体的にコンパクトってのもあるかもです
人物も少なめですし
まぁ、テーマが重いので、全体的にあっさりした味にしつつも、コクや辛味、苦味を随所に効かせるっていうのが、自分的には好きなので、たぶん3月ごろから着手予定の次回作もそんな感じになるかとw
ジャンルやテイストは違うでしょうけど、自分の小説もボリューム的にはそんな感じだと思いますですw
なんだか、長いと展開がダレて、作者である自分が飽きちゃう(汗)
あと、最近は読者がイメージしやすいように、どんな世界なのかは軽く冒頭で書いて、あとは、密室劇的な展開にするせいか、全体的にコンパクトってのもあるかもです
人物も少なめですし
まぁ、テーマが重いので、全体的にあっさりした味にしつつも、コクや辛味、苦味を随所に効かせるっていうのが、自分的には好きなので、たぶん3月ごろから着手予定の次回作もそんな感じになるかとw
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Re: 矢端想さん
下世話なミステリとしては最高の作品ですが(笑)。
本来なら、こういう小説を救うために「電子書籍」というものがあるのだと思うんですが、権利とか難しいのかな。100円くらいなら買いだと思いますが、プレミアがついているのならそこまで無理することも……。