東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ124位 陸橋殺人事件 ロナルド・A・ノックス
名前だけは何度となく聞いていたが、現物は古本屋でも図書館でも見たことがない。というわけで、いつものごとく土浦市立図書館に相互貸借で取り寄せてもらって借りてきた。もちろん初読。幽霊の正体見たり枯尾花となるのか、名作は名作だけのことはあるのか、ドキドキしながら読む。それにしても取り寄せ先の牛久市立図書館、物持ちがいいな。
で、読んでみたわけだが、このガチガチの謎解きミステリの世界でも聖典扱いされている本が、まさかパロディがかったユーモア・ミステリだったとは。イギリスの片田舎で起こった殺人事件に、どこか間が抜けている四人の素人探偵がゴルフに興じドジを踏みまくりながら挑戦する、まことに春風駘蕩とした物語。仮説のクラッシュアンドビルドこそ執拗だが、それを除けば「普通の英国ミステリ」ではないか。むろん単なる「普通」ではなく、要所要所では読者の想像の上を行く展開を用意しているのだが、そのやりかたも、「ミステリ」というルールの中で膝カックンしていく形を取るのだ。
こんな読みやすくて面白い、「教科書」としてもいいようなミステリがどうして長年にわたって入手困難なうえに、出版されたことすら話題にならなかったのか、であるが、これはもう、江戸川乱歩と中島河太郎が悪い、ということに尽きるのではないか。あまりにも、作者のロナルド・A・ノックスを「ノックスの十誡」提唱者として持ち上げ、この「陸橋殺人事件」をそのもっとも理想的な形として神格化しすぎたのである。江戸川乱歩の話だけを聞いていたのでは、この「陸橋殺人事件」を書いたのはローマ・カトリックの高位聖職者であり、本書はガチガチの論理至上的ミステリであり、「ミステリ読者が最後に行き着く作品」であるということになるのだ。そんなもん、普通の読者にとっては、ヴァン・ダインのそれよりも陰鬱荘重で松本清張よりもクソマジメな、よくいって「マニア向けの上級者用作品」、もっといえば「普通の読者が読んだところで面白くもなんともない小説」としか思えないではないか。
また、この作品が全訳されたタイミングも悪かった。創元推理文庫で1982年である。時は新本格派の出てくる前夜であり、世の売れ線ミステリといったらほとんどが社会派ミステリ、もしくはいわゆるノベルスであった。こんなときにこんな古典を出したって売れるわけがないではないか。
かくして、本書は「名前はよく引用されるが、よほどの人間でないと読みもしない作品」の一冊になってしまった。それにしても、国書刊行会があの伝説的な叢書「世界探偵小説全集」を出した時にでも便乗して再版できなかったものか。もったいない。
それにしても、「ミステリ読者が最後に行き着く作品」というのはいい過ぎで、この作品中のギャグを2倍にするとエドマンド・クリスピンやマイケル・イネスになり、そのうえでさらに真相に悪辣極まるひねりをくわえて批評精神を先鋭化するとアントニイ・バークリーになる。そういう意味でカクテルベースみたいな作品である。だがそれだけに、ミステリが変なふうにとんがりすぎた2012年版「東西ミステリーベスト100」では普通さが不利に働いたらしい。バークリーがあれだけランクインしていて、この「陸橋殺人事件」は200位以内にもランクインしてないというのは、少々気の毒だ。まあ、謎解きミステリってのは読者にいかに刺激を与えるかって文学だから、麻痺もするし耐性もつくってわけで仕方ないのかも……。
で、読んでみたわけだが、このガチガチの謎解きミステリの世界でも聖典扱いされている本が、まさかパロディがかったユーモア・ミステリだったとは。イギリスの片田舎で起こった殺人事件に、どこか間が抜けている四人の素人探偵がゴルフに興じドジを踏みまくりながら挑戦する、まことに春風駘蕩とした物語。仮説のクラッシュアンドビルドこそ執拗だが、それを除けば「普通の英国ミステリ」ではないか。むろん単なる「普通」ではなく、要所要所では読者の想像の上を行く展開を用意しているのだが、そのやりかたも、「ミステリ」というルールの中で膝カックンしていく形を取るのだ。
こんな読みやすくて面白い、「教科書」としてもいいようなミステリがどうして長年にわたって入手困難なうえに、出版されたことすら話題にならなかったのか、であるが、これはもう、江戸川乱歩と中島河太郎が悪い、ということに尽きるのではないか。あまりにも、作者のロナルド・A・ノックスを「ノックスの十誡」提唱者として持ち上げ、この「陸橋殺人事件」をそのもっとも理想的な形として神格化しすぎたのである。江戸川乱歩の話だけを聞いていたのでは、この「陸橋殺人事件」を書いたのはローマ・カトリックの高位聖職者であり、本書はガチガチの論理至上的ミステリであり、「ミステリ読者が最後に行き着く作品」であるということになるのだ。そんなもん、普通の読者にとっては、ヴァン・ダインのそれよりも陰鬱荘重で松本清張よりもクソマジメな、よくいって「マニア向けの上級者用作品」、もっといえば「普通の読者が読んだところで面白くもなんともない小説」としか思えないではないか。
また、この作品が全訳されたタイミングも悪かった。創元推理文庫で1982年である。時は新本格派の出てくる前夜であり、世の売れ線ミステリといったらほとんどが社会派ミステリ、もしくはいわゆるノベルスであった。こんなときにこんな古典を出したって売れるわけがないではないか。
かくして、本書は「名前はよく引用されるが、よほどの人間でないと読みもしない作品」の一冊になってしまった。それにしても、国書刊行会があの伝説的な叢書「世界探偵小説全集」を出した時にでも便乗して再版できなかったものか。もったいない。
それにしても、「ミステリ読者が最後に行き着く作品」というのはいい過ぎで、この作品中のギャグを2倍にするとエドマンド・クリスピンやマイケル・イネスになり、そのうえでさらに真相に悪辣極まるひねりをくわえて批評精神を先鋭化するとアントニイ・バークリーになる。そういう意味でカクテルベースみたいな作品である。だがそれだけに、ミステリが変なふうにとんがりすぎた2012年版「東西ミステリーベスト100」では普通さが不利に働いたらしい。バークリーがあれだけランクインしていて、この「陸橋殺人事件」は200位以内にもランクインしてないというのは、少々気の毒だ。まあ、謎解きミステリってのは読者にいかに刺激を与えるかって文学だから、麻痺もするし耐性もつくってわけで仕方ないのかも……。
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NoTitle
読みました! 面白かったです! 好き!
こうくるか、こうなるのか、こうなるよなあ……という。そして正に『推理』小説でしたね。次から次に繰り出される『推理』でこれだけ読ませてくるのすごいと思いました。
また、読み終わって最初のページに戻った時に、冒頭に『この世に不要なものなどひとつもないのだ』って書いてあった時の気持ちといったら(笑)
最初は先が気になってどんどん読み進めてしまったので、今度は細部まで味わって二周目に行きたいと思います。
面白い本をご紹介くださって、ありがとうございました!
こうくるか、こうなるのか、こうなるよなあ……という。そして正に『推理』小説でしたね。次から次に繰り出される『推理』でこれだけ読ませてくるのすごいと思いました。
また、読み終わって最初のページに戻った時に、冒頭に『この世に不要なものなどひとつもないのだ』って書いてあった時の気持ちといったら(笑)
最初は先が気になってどんどん読み進めてしまったので、今度は細部まで味わって二周目に行きたいと思います。
面白い本をご紹介くださって、ありがとうございました!
Re: 面白半分さん
あまりにも普通だから記憶に残らなかったんでしょうね。
首でも斬られればまた違ったんでしょうけど。
そう考えると地味シチュエーションでもクリスティはうまいですなあ。
首でも斬られればまた違ったんでしょうけど。
そう考えると地味シチュエーションでもクリスティはうまいですなあ。
Re: 椿さん
いい大人が探偵ごっこすることではミルン「赤い館の謎」と同じですが、こちらの方が真相にもひねりがあり、警察の捜査にもそれほど不自然は感じませんでした。
ほんと、クリスティがファルス書いたような話だったなあ。そういうノリで読めば満足度的にも大丈夫だと思います。
ほんと、クリスティがファルス書いたような話だったなあ。そういうノリで読めば満足度的にも大丈夫だと思います。
NoTitle
「ノックスの十誡」の人ということで、図書館で借りて読みました。
創元推理文庫でした。
中身は完全に忘れました。ご紹介の内容だと面白そう。
創元推理文庫でした。
中身は完全に忘れました。ご紹介の内容だと面白そう。
- #20842 面白半分
- URL
- 2020.02/01 22:27
- ▲EntryTop
NoTitle
私も『きっと難しいミステリーを書く人なんだろうなあ』と思い込んでいたクチでした。
すごく楽しそうなお話なのですね。これは、機会があったらぜひ読んでみたいかも。
しかし、図書館にもなかなかないし中古にも出ないのか、ううむ。
……と思っていたら、amazon で中古が出ていたので即ポチってしまいました(笑) 届いたら読んでみます♪
すごく楽しそうなお話なのですね。これは、機会があったらぜひ読んでみたいかも。
しかし、図書館にもなかなかないし中古にも出ないのか、ううむ。
……と思っていたら、amazon で中古が出ていたので即ポチってしまいました(笑) 届いたら読んでみます♪
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Re: 椿さん
文中にも書きましたが、この小説のノリで、スラップスティック要素を2倍増しにして、英文学に関するオタク好みのトリビアを3倍増しにすると、エドマンド・クリスピン「消えた玩具店」やマイクル・イネス「ハムレット復讐せよ」になります。悪意に満ち満ちた批判精神とトリックを追加して380度のひねりをきかせると(360度行って元に戻ったところでさらに20度進むのが底意地の悪さである)、アントニー・バークリーの「毒入りチョコレート事件」「試行錯誤」となります。よろしかったら読んでみて(^^)