東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ130位 プレーグ・コートの殺人 カーター・ディクスン
前にも書いたが、ディクスン・カーまたの名をカーター・ディクスンの作品には、枕詞のようにつきまとう三文字がある。「入手難」これだ。本作も例外ではない。H・Mことヘンリ・メリヴェール卿初登場の、オカルト趣味をあれもこれもでっかい鍋にぶち込めるだけぶち込んで、とろ火でぐつぐつ七日七晩煮詰めたような不可能犯罪ミステリというわけで、どう考えてもつまらないわけがないのだが、長いこと入手困難が続いていた。「プレーグ・コートの殺人」バージョンでは、古本屋で見たことすらない。それが、この最近のディクスン・カーのリバイバルで「黒死荘の殺人」として改訳されてわが土浦市立図書館へとやってきたのだ。ちなみに、「この最近」というのは「ここ数年」と同義語であるのはもちろんである。
というわけで読んでみたわけだが、最初のゴシック小説みたいな導入部こそとっつきが悪い感じがしたが、そこを抜けると、ディクスン・カーの十八番である「過剰なまでのサービス精神」を思い切り楽しむことができる。
陰惨な伝説のある幽霊屋敷に招かれた、語り手の「わたし」。そこでは高名な霊媒を招いての降霊会が行われていた。集まっていたのはどいつもこいつもいわくありげな参加者たち。やがて、惨劇は起こった。何人もの人間の目が取り巻いていた、これでもかというほどに鍵のかけられた密室で、その霊媒が惨殺されたのである。凶器と見られたのは、博物館から謎の人物によって盗まれた、館ゆかりの短剣であった。幽霊狩人と綽名される、インチキ霊媒相手の事件には敏腕を誇るマスターズ首席警部もお手上げで、捜査は暗礁に。かくして、事件はイギリス政府でも最優秀の頭脳にして最大の奇人、ヘンリ・メリヴェール卿の手にゆだねられることになった。だが、犯人は卿をあざ笑うかのように第二の凶行を行ったのである。
いやあ、王道を行くストーリーだ。すがすがしいほどの王道である。この王道ストーリーを、ディクスン・カーは卓越した演出力で盛り上げていく。横溝正史がカーを歌舞伎に例えて「デンデンというアクがあるんだ」と評したが、冷静に考えればこんなムチャクチャにもほどがある事件でも読者に不自然さを抱かせないで作品世界にのめり込ませる演出手腕は、まさに魔術師としての面目躍如であろう。
密室を構成する物理的トリックそのものはそれほど感心もしなかった、というかむしろガッカリものだったのだが、本作のキモはそんなところにはない。物理的トリックを炸裂させるために作者が周到に仕組んでおいたたくらみには、ミステリを読みまくっている人間でもダマされること請け合いである。それでいながら謎の手がかりは堂々と読者の前に提示されているのだ。これこそが謎解きミステリを読む快感だ、といってもいいすぎではあるまい。
また、本書では、「ユダの窓」で横紙破りの刑事弁護士として法廷で大暴れした姿とは別の、ヘンリ・メリヴェール卿の「ふだんの姿」がたっぷり拝めるのも嬉しい。一読して仰天間違いなしの独特のオフィス、毒舌を通り越してシュールの域に達しているセリフの数々、なによりもそれまで陰鬱荘重だった正統派怪奇小説の世界が、卿の登場ひとつで「果てしなく陽気なミステリ」に化してしまうのは、「千両役者」を目の当たりにする感がある。ちなみに、「金田一少年」とは違って、本作の犯人は同情の余地のかけらもない大悪人だから、妙な鬱々感を引きずらないで、衝撃的な結末を楽しめる。面白いよ。
というわけで読んでみたわけだが、最初のゴシック小説みたいな導入部こそとっつきが悪い感じがしたが、そこを抜けると、ディクスン・カーの十八番である「過剰なまでのサービス精神」を思い切り楽しむことができる。
陰惨な伝説のある幽霊屋敷に招かれた、語り手の「わたし」。そこでは高名な霊媒を招いての降霊会が行われていた。集まっていたのはどいつもこいつもいわくありげな参加者たち。やがて、惨劇は起こった。何人もの人間の目が取り巻いていた、これでもかというほどに鍵のかけられた密室で、その霊媒が惨殺されたのである。凶器と見られたのは、博物館から謎の人物によって盗まれた、館ゆかりの短剣であった。幽霊狩人と綽名される、インチキ霊媒相手の事件には敏腕を誇るマスターズ首席警部もお手上げで、捜査は暗礁に。かくして、事件はイギリス政府でも最優秀の頭脳にして最大の奇人、ヘンリ・メリヴェール卿の手にゆだねられることになった。だが、犯人は卿をあざ笑うかのように第二の凶行を行ったのである。
いやあ、王道を行くストーリーだ。すがすがしいほどの王道である。この王道ストーリーを、ディクスン・カーは卓越した演出力で盛り上げていく。横溝正史がカーを歌舞伎に例えて「デンデンというアクがあるんだ」と評したが、冷静に考えればこんなムチャクチャにもほどがある事件でも読者に不自然さを抱かせないで作品世界にのめり込ませる演出手腕は、まさに魔術師としての面目躍如であろう。
密室を構成する物理的トリックそのものはそれほど感心もしなかった、というかむしろガッカリものだったのだが、本作のキモはそんなところにはない。物理的トリックを炸裂させるために作者が周到に仕組んでおいたたくらみには、ミステリを読みまくっている人間でもダマされること請け合いである。それでいながら謎の手がかりは堂々と読者の前に提示されているのだ。これこそが謎解きミステリを読む快感だ、といってもいいすぎではあるまい。
また、本書では、「ユダの窓」で横紙破りの刑事弁護士として法廷で大暴れした姿とは別の、ヘンリ・メリヴェール卿の「ふだんの姿」がたっぷり拝めるのも嬉しい。一読して仰天間違いなしの独特のオフィス、毒舌を通り越してシュールの域に達しているセリフの数々、なによりもそれまで陰鬱荘重だった正統派怪奇小説の世界が、卿の登場ひとつで「果てしなく陽気なミステリ」に化してしまうのは、「千両役者」を目の当たりにする感がある。ちなみに、「金田一少年」とは違って、本作の犯人は同情の余地のかけらもない大悪人だから、妙な鬱々感を引きずらないで、衝撃的な結末を楽しめる。面白いよ。
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~ Comment ~
NoTitle
プレーグ・コート?
そうだ、黒死荘ですね。
ずっと数ページ読んではやめて
忘れたころまた最初から読んでやめて
と、相性が悪かったのですが
ある調子がいい日に一気に読んだら無性に面白かった。
そうだ、黒死荘ですね。
ずっと数ページ読んではやめて
忘れたころまた最初から読んでやめて
と、相性が悪かったのですが
ある調子がいい日に一気に読んだら無性に面白かった。
- #20951 面白半分
- URL
- 2020.03/03 22:31
- ▲EntryTop
Re: 椿さん
いまは平井呈一訳の『黒死荘殺人事件』の電子書籍を買ったほうがいいかもしれませんね。文章は今の創元版のほうが圧倒的に読みやすいんですが、コロナにかかる心配とは少なくとも無縁です。黒死病のかわりにコロナを恐れねばならぬとは。とほほほほ。
NoTitle
昔(30年くらい前)は、ちょっと大きな本屋さんに行けばいっぱい並んでいましたのに、カー作品。
そういえば最近、翻訳ミステリはドイルとクリスティと、出版して1年くらいの新作の翻訳物しか見かけないかも。
といって読んだことがないのですよね。面白そうだなあ、探してみようかなあ。
そういえば最近、翻訳ミステリはドイルとクリスティと、出版して1年くらいの新作の翻訳物しか見かけないかも。
といって読んだことがないのですよね。面白そうだなあ、探してみようかなあ。
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Re: 面白半分さん
出てきたらあとは一気読みなんですけど。(^^)
このベストを読み続けて思ったのですが、「あとは一気読み」というポイントにくるまでがたいへん、という面白い小説、けっこうあるもんです……。