東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ130位 さらば甘き口づけ ジェイムズ・クラムリー
たしかこれは、高校の終わりに、この「東西ミステリーベスト100」の走破をもくろんで「酔いどれの誇り」を読破した直後、その勢いで水戸の市立図書館で借り、冒頭だけで力尽きた覚えがある。まあ、要するに、高校生活で読書とゲームばかりして勉強をおろそかにしていた人間など、浪人生になるしかない、という現実を突きつけられて精神が動揺していたからだが、洋の東西を問わず、若さゆえの過ちというやつは認めたくないものである。
そんなことを思いながら初読みたいな再読。もとから冒頭しか読んじゃいないし、内容なんて完全に忘れている。クラムリー、アル中の登場人物しか出さないくせに、読んでいる感覚としては恐ろしく重厚な小説だからなあ……などと考えながら東京へ向かう常磐線の中で読み始め、八王子へ向かう中央線の車内でケリをつけた。アル中の登場人物に対しては非常に優しい目で語る内藤陳が入れあげるのもわかるくらいによくできたハードボイルド小説なのだが、ページを繰る手がチャンドラーのときの百倍くらい重く感じる。それくらい、主人公の私立探偵C・W・スルーの前に現れる人間たちは業が深く愚かで人間的で、どうしようもないくらい愛おしい奴ばかりだ。こんな小説を前途に大望ある高校生が読んだりしてはいけない。そんなことをしていると、末はアル中になるかヤク中になるか、業の深いミステリ中毒者になるかのいずれかしかない。わたしは酒はガバガバ行くがそれほど強いわけでもない人間なので、アル中にはならないで済んだが、ひどいミステリ中毒者になってしまい、売れもしない実作をしてはぶつぶつ世の中をひがんでいる。……ええと何の話をしてたんだっけ。
この「さらば甘き口づけ」は、「酔いどれの誇り」をハメット「血の収穫」とするなら、どちらかといえばチャンドラーやロス・マクドナルドの私立探偵小説によくある「失踪人探し」から始まる、探偵小説の定式にのっとった作品である。失踪した小説家の探索から、事態がどんどんこじれていく展開は、さすが練達の読み手をうならせただけのことはある。真相はちょっとこの手の小説を読んでいればわかるような代物ではあるのだが、その過程においてのスルーの心の傷つき方を、作者のクラムリーは、まるで見てきたように描くのである。世評に名高い酒場犬である「アル中のブルドッグ」の使い方なんて実に卑怯千万で、読んでいるだけでスルーの心がよくわかり、酒に逃げるのも許してしまいたくなる。とにかく、読んでいるだけでどこか痛みが走るような小説なのだ。
訳者が小泉喜美子、というのもあるのだろうな。訳者自身が酒と粋とをことのほか好んだミステリファンだから、小説のポイントをとらえた、軽妙さを伴なった訳文にしてあるのだろう。それがなかったら、本書の読後感もまた違ってくるんじゃなかろうか。訳者が違っていたら、このラストシーンなんて、辛いだけのものに終わっていたかもしれない。
ちなみに、本書でいちばん共感した「酒」のシーンは、メキシコビールを『塩を一なめして、ビールを一口やり、それからライムをちょっと噛むのです』というスカしたエセ文化人の前で、スルーが『なるほど』といいつつ塩の塊をがぶりとかじり、ビールを一気に飲み干し、その後でライムを皮ごと口に放り込んで咀嚼してゲップをし、泣きそうな顔の文化人に『もっとありませんかねえ?』というシーン。そうだよ、酒なんて、飲みたいように飲めばいいんだよ、という作者の思いが如実に伝わってくるいいシーンだと思う。でもこういうことができるのも、体力だけは無限にあるとしか思えないアメリカ男だからだろうなあ……。
そんなことを思いながら初読みたいな再読。もとから冒頭しか読んじゃいないし、内容なんて完全に忘れている。クラムリー、アル中の登場人物しか出さないくせに、読んでいる感覚としては恐ろしく重厚な小説だからなあ……などと考えながら東京へ向かう常磐線の中で読み始め、八王子へ向かう中央線の車内でケリをつけた。アル中の登場人物に対しては非常に優しい目で語る内藤陳が入れあげるのもわかるくらいによくできたハードボイルド小説なのだが、ページを繰る手がチャンドラーのときの百倍くらい重く感じる。それくらい、主人公の私立探偵C・W・スルーの前に現れる人間たちは業が深く愚かで人間的で、どうしようもないくらい愛おしい奴ばかりだ。こんな小説を前途に大望ある高校生が読んだりしてはいけない。そんなことをしていると、末はアル中になるかヤク中になるか、業の深いミステリ中毒者になるかのいずれかしかない。わたしは酒はガバガバ行くがそれほど強いわけでもない人間なので、アル中にはならないで済んだが、ひどいミステリ中毒者になってしまい、売れもしない実作をしてはぶつぶつ世の中をひがんでいる。……ええと何の話をしてたんだっけ。
この「さらば甘き口づけ」は、「酔いどれの誇り」をハメット「血の収穫」とするなら、どちらかといえばチャンドラーやロス・マクドナルドの私立探偵小説によくある「失踪人探し」から始まる、探偵小説の定式にのっとった作品である。失踪した小説家の探索から、事態がどんどんこじれていく展開は、さすが練達の読み手をうならせただけのことはある。真相はちょっとこの手の小説を読んでいればわかるような代物ではあるのだが、その過程においてのスルーの心の傷つき方を、作者のクラムリーは、まるで見てきたように描くのである。世評に名高い酒場犬である「アル中のブルドッグ」の使い方なんて実に卑怯千万で、読んでいるだけでスルーの心がよくわかり、酒に逃げるのも許してしまいたくなる。とにかく、読んでいるだけでどこか痛みが走るような小説なのだ。
訳者が小泉喜美子、というのもあるのだろうな。訳者自身が酒と粋とをことのほか好んだミステリファンだから、小説のポイントをとらえた、軽妙さを伴なった訳文にしてあるのだろう。それがなかったら、本書の読後感もまた違ってくるんじゃなかろうか。訳者が違っていたら、このラストシーンなんて、辛いだけのものに終わっていたかもしれない。
ちなみに、本書でいちばん共感した「酒」のシーンは、メキシコビールを『塩を一なめして、ビールを一口やり、それからライムをちょっと噛むのです』というスカしたエセ文化人の前で、スルーが『なるほど』といいつつ塩の塊をがぶりとかじり、ビールを一気に飲み干し、その後でライムを皮ごと口に放り込んで咀嚼してゲップをし、泣きそうな顔の文化人に『もっとありませんかねえ?』というシーン。そうだよ、酒なんて、飲みたいように飲めばいいんだよ、という作者の思いが如実に伝わってくるいいシーンだと思う。でもこういうことができるのも、体力だけは無限にあるとしか思えないアメリカ男だからだろうなあ……。
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メキシコビールには塩とライムが必須という風潮はこの頃から……?
私はそのまま飲みます(笑) ビールはメキシコ産が一番好きです(笑)
私はそのまま飲みます(笑) ビールはメキシコ産が一番好きです(笑)
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Re: 椿さん
最近ではビールよりも日本酒が好みになって。おっさんしてます(笑)