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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    海外ミステリ141位 ナイン・ティラーズ ドロシー・セイヤーズ

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     昔から、「名前だけならたいていのオタクは知っているが誰も読んだことはない」作品の代名詞的存在だった。それが東京創元社の、浅羽莢子先生による新訳で(翻訳者の名前など別に気にしない、という人は多いかもしれないが、浅羽莢子先生はあのゲームブックブームを巻き起こした「火吹山の魔法使い」を訳されたかたなので、こういう趣味の人間には印象深いかたであり、そのために、亡くなられたと聞いたときはショックだった)読めるようになったのが21世紀になってから。いや、人間、長生きはするものである。初読時は、あれ、田舎が舞台の面白いミステリじゃないか、と思った。ひさしぶりに本の山の中から探し出して再読。

     で、いま読み終えたわけだが、この「ナイン・テイラーズ」という小説は、ドロシー・L・セイヤーズという作家の、他のミステリと比較しても、かなり「異質」な作品であるといえる。まず、セイヤーズにとって、この作品は、まごうことなき「ユートピア小説」であった。セイヤーズは、自分の作り出した名探偵ピーター・ウィムジー卿を、そのユートピアである東アングリアのフェンチャーチ・セント・ポールで「骨休め」させたかったんだろうと思う。セイヤーズ自身も疲れ果てていたんだろうなあ。で、そのフェンチャーチ・セント・ポールというところであるが、それがどういう意味でユートピアであるのか、だが……。

     善良なイギリス国教会信徒しかいない平和な村に、巨大な聖堂が建っているから。

     笑ってはいけない。セイヤーズ自身が、敬虔そのもののイギリス国教会派のキリスト教徒であり、ダンテの「神曲」を煉獄編まで訳した翻訳家であり、推理作家以前にばりばりの宗教作家であった。そういう人間が、理想郷とするのが、田舎ののどかな田園地帯でないわけがないのである。

     そしてピーター卿は、「探偵」としての自分が、「ユートピア」にとっては、災厄しか招き入れないことに、否応なく気づかされるのである。それは本書のクライマックスでいちだんと劇的に描かれる。セイヤーズの文学者としての面目躍如というところだろう。

     と書けば、それで済むわけであるが、この小説に関しては、それだけでは済まないのであった。本書で描かれているフェンチャーチ・セント・ポールがなぜ、セイヤーズにとってのユートピアであったか。それは、「聖堂」があるからである。もっといえば、「聖堂の鐘」があるからなのだ。本書は、執筆に疲れ果てたセイヤーズが、「あー、田舎で過ごしたいなー。田舎で鐘を男どもに混じってガランガラン鳴らすのを聞いてすっきりしたいなー」という小説なのである。もう、巻頭から、延々と、よくもまあ鐘の鳴らし方だけでこんなに語ることあるな、セイヤーズ先生! といいたくなるほどの、英国流の「転座鳴鐘術」に関するうんちくが、延々と、延々と続くのだ。「転座鳴鐘術」自体が、「イングランド固有の事物のご多分に漏れず、外の人間には不可解の一語に尽きる」とセイヤーズ先生、堂々と書いている。まあ、本書もミステリだから、この「転座鳴鐘術」が、暗号や殺人トリック(これが剛腕も甚だしい代物なのであるが)の手がかりになるわけだが、そんなもの、たぶん後付けであろう。ひとことでいってしまえば、セイヤーズ先生、オタクだ。鐘オタクだ。1934年という時代に、オタクのいいところも悪いところも全部さらした小説が、この「ナイン・テイラーズ」という作品なのである。である以上、わたしは断固、ドロシー・L・セイヤーズ先生を支持します。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    セイヤーズのピーター卿シリーズの新訳はいくつか読みましたが、どれも読みやすくて面白いですね。大人買いしようかどうか考え中(笑)。

    浅羽先生にはもうちょっと長生きして、同じ創元推理文庫ではるか昔に宇野先生の訳された「ピーター卿の事件簿」を読みやすく改訳してほしかったです。古いというか、あまりにも読みにくいよ宇野先生。あの春風駘蕩さがかけらもない翻訳文に、読んでてこりゃ売れんわな、と思った(笑)

    NoTitle

    これ、読みました。そして、トリックの恐ろしさ(物理)に慄然としました(笑) こんなやり方で命を絶たれるのは嫌だなあと(^^;
    鐘ウンチクすごかったですね。楽しかったですが。
    この方の作品は、「五匹の赤い鰊」も面白かったです。もうタイトルでやられてるだろって感じで。もっと読みたい作家さんです。
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