天使を吊るせ 2-2

「どんなふうに見えますか？」
　どんなふうとは。
「ええと……幸せそうな親子に見えるな。真ん中のこの男は、こんな嫁さんと息子を持てるとは、きっとよっぽどの果報者だったんだろうな」
　わたしは写真を北村に返そうとした。頭が良くて育ちが良くて性格も良かったら、顔まで良くなるものだ、という例証を見るのなんかはっきりいってねたましくてうらやましいだけだ。
　北村は手で遮った。
「なににつきあわされるんだという桐野さんのお気持ちはわかります。でも、その写真はもうちょっと持っていてください。なぜなら、この写真に写った人たちは、すでにこの世の人ではないからです」
「えっ」
　思わず、声が漏れ出た。
　まじまじと写真を見直す。
「どういうことなんだ」
　北村はわたしをしっかりと見据えた。
「いいですか、桐野さん」
　真剣な目だ。
「この世の中には、どうしようもなく救いがたい事があるのです」
　新聞記事を示された。
「そちらもご覧になってください。特に、写真を」
　いわれるがままに新聞記事に目を移した。
　飛び込んできたのは、小さなモノクロの写真だった。
　間違いなく、さっき見た写真に写っていた男と同一人物だった。
　わたしは記事の内容を読んだ。
『弁護士一家、酒酔い事故死』
　記事はそう始まっていた。
『十日未明、町田市在住の弁護士、栗本千秋容疑者の運転する乗用車が、タンクローリーに衝突、炎上した。栗本容疑者の身体からは、基準値を遥かに超える濃度のアルコールが検出された。これにより、栗本容疑者をはじめ、車に同乗していた妻の憲子さんと息子の剣くんの三人が死亡した。タンクローリーの運転手にけがはなかった。
　現場は見晴らしの悪いカーブであり、警察は栗本容疑者が酒に酔って運転を誤ったものと見ている』
　わたしは記事から目を上げた。
「たしかに、悲惨な話だな」
　北村はかぶりを振った。
「確かにこれだけでも悲惨ですが、この話にはさらに裏があるのです」
「……裏？」
　わたしはもう一度記事を読み直した。
　頭でなにかのピースがかみ合った。
「……もしかして、北村さん」
　北村はうなずいた。
「そうです、桐野さん。……弁護士は謀殺された、というのがわれわれの見方です」