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    ささげもの

    竜崎巧の場合

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     豪華客船に乗り込んで二日目。船は日本の領海を出てどこかよそへと出たらしい。ミステリーツアーのため、携帯のGPSは、配られた機械によって、乗客全員がジャミングされていた。やれやれである。まあ、わたしも所長も天測ができるから、その気になればだいたいの位置はわかるが、まあ、ここは船の趣向に合わせよう。

     わたし、もと内閣調査室の、人柄以外は優秀な工作員であり、いまでは私立探偵の助手をしている竜崎巧と、その上司である、一大コンツェルン「紅グループ」の令嬢でありながら、自主自尊の精神のもと、私立探偵なんかを道楽半分にやっている、美貌の天才少女にして、わたしの上司である「紅探偵事務所」所長の紅恵美は、骨休めのはずの豪華客船クルーズで、何の因果か、「仕事」をしていた。むろん、私立探偵の仕事である。この船の秘密を調べろということらしい。

     わたしとしてはめったに飲めない高価い酒でも飲んでごろごろしたいところだが、仕事を引き受けてしまった以上は、とにかく、仕事をしているふりくらいはしなくてはならない。わたしは所長を探した。赤みがかった髪をアップにまとめ、ターコイズブルーのカクテルドレスを着た姿はすぐに目につく。特に、居場所にあたりがつけばなおさらだ。

     わたしは人をかき分け、船内のカジノに向かった。

     やせぎすの、あまりにもタキシードが似合っていない若造がうろうろしていた。

    「おい」

     わたしはちょっと見かねて、その肩に手をかけた。若造はびくっとこちらを向いた。

    「こういう船に乗るのは初めてか?」

     若造はうなずいた。

    「カジノで遊びたいのか?」

     若造はうなずいた。

     よくいるパターンだ。けっこう、遊びたいくせにカジノを怖いと思う人間というのは、いるものなのだ。

    「クラップスはできるな? サイコロ振ってやるギャンブルだ」

     若造はうなずいて、初めて言葉を発した。

    「や……やりかた、だけは」

    「上等だ」

     わたしは若造の手をむんずとひっつかむと、カジノの中でもひときわ艶やかに目立っていたターコイズブルーのドレスの隣に引っ張っていった。

    「あら、竜崎」

    「仕事もせずに遊ぶつもりですね。まあわかってましたけど。で、こいつをさっき入り口で捕まえたんですが、カジノが初めてらしいんですよ。ってことで、所長、ちょっとクラップスをやってくれませんか。おい若造、お前軍資金をいくら持っている」

    「せ、千ドル……」

     わたしは額を押さえた。

    「ね、所長、わかるでしょう。ここ、チップ一枚十ドルでしたっけ。百ドルでしたっけ。こんなちっぽけな軍資金じゃ、遊ぶにも遊べませんよ。ってことで、所長、軽くクラップスで投げてみてください。おい若造、この娘の賭ける通りに賭けてみろ。それでゲームに慣れてからだな、サイコロを振る役のシューターになるのは。シューターは楽しくて病みつきになるぞ」

    「竜崎、ちょっとあたし、気分じゃないのよ」

     わたしはまじまじと紅恵美を見た。

    「気分じゃない? 所長が? カジノに来ていながらゲームをしない? 何か悪いものを食ったんですか?」

    「あそこを見て」

     わたしは促されるままにそちらを見た。三人の男が談笑していた。ひとりは才能が目から鼻に抜けそうな小賢しい面の男。たしかニュースで見た弁護士だ。もう一人はいかつい面構えをした短軀の中年男。こいつも、アメリカの下院議員かなにかだったな。最後の一人は、たしかサウジアラビアの王族に連なるやつだったはずだ。

    「あいつら、誰も理解できないと思って、アラビア語でしゃべってるのよ。それも、わかりやすい隠語を使って、悪事の前祝いをしてたわ」

    「悪事ってどんな」

    「ロリコンの下院議員と、輪をかけてロリコンのサウジ王族が、サウジ生まれの少女千五百人と、アメリカ生まれの少女五百人を、性的サービスの労働者としてトレードしようって話をまとめたところ。仲介役が、あの弁護士ね」

    「やれやれ。で、所長はどうしようと?」

    「決まってるでしょ。あたしは無性に、青天井のテキサスホールデムをあの三人と遊びたくなってきたのよ。そういうわけで、仕事はその後ね。それじゃ」

    「しかたありませんな。おい若造。クラップスで遊ぶのは、また今度にしたほうがいい。テキサスホールデムは知ってるな?」

     三人組のほうに近寄っていくターコイズのドレスが包む、若さと清純そのもののような肉体をした、紅恵美の後ろ姿に見とれていた若造は、はっとこちらを見た。

    「は、はい。ポーカーの一種でしたっけ」

    「そうだ。カジノに迷惑をかけないために、所長はプレイヤーどうしの金のやりとりだけで済むポーカーを選んだ。これからそれの大勝負が始まる。千ドルをギャンブルに浪費するよりも、ポーカーテーブルをギャラリーの一人として見ていたほうがずっとエキサイティングであることを保証しよう」

    「エキサイティングって……あの人、何をするつもりなんです」

    「あの三人を丸裸にし、ケツの毛まで抜いてやるつもりなんだよ、所長は」

    「そんなこと……」

    「旅の思い出話を聞いてくれるか。去年だったか、わたしと所長は、LSD密輸の黒幕を追って、カリブ海にある小島へ向かった。完全個人所有、島ぐるみ歓楽施設になっているところだ。黒幕はもちろん、ぬけぬけと言い逃れようとした。治外法権で、軍も警察も手出しできないからな。その態度に、所長はキレて、とうとうバカラの勝負を申し入れた」

    「それで」

    「三日後には、その島ぐるみ、紅グループの所有物になっていた。黒幕はもちろん刑務所行きだ。所長はそういう人なんだ。安心して、あの三人の顔が蒼白になるのを見てればいい。まあいいとこ、クルーズが終わるころには、弁護士は収監、政治家は失脚、ロリコン王族は病で伏せって、紅グループがサウジの大規模油田の一つを買収、というニュースが二カ月としないうちに日経の一面を飾ることになるのがオチだな」

     わたしは若造の肩をポンと叩いた。

    「たまには、ギャンブルよりも、人生経験のほうが面白いことがある。たっぷり楽しんでくれ」

     わたしもまじめに調査に向かった。



     翌日、わたしと紅恵美は依頼人の前で報告していた。

    「ずっとカジノで遊び惚けていたと聞いたけど、やることはやってくれたんでしょうね?」

    「はい。報告書はまとめておきましたが、口頭でもいいましょう。結論から申し上げますと、この船は、『この航海で沈むこと』を目的として作られています」

     そう報告する紅恵美の肌はいつもよりつやつやしていた。一千万円の軍資金だけで、三十億ドルを儲けて、しかも半死半生の王族との交渉を紅グループの敏腕弁護士に任せ終わったら、エステなんかに行かないでも、人間はこうなる。

    「実際に沈ませるのか、それとも、『沈む』とあたしたちに思わせるのが目的なのかは、わかりませんが、まず、常識的な量の倍よりも、さらに多い数の救命ボートとライフジャケット。船内各所の、人が絶対に通りそうもないところだけを見計らって、偽装された状態で積まれている爆発物。豪華な料理の割に、やたらと多い非常食の積み荷……いずれも、この船が航行不能になることを前提としているとしか思えません」

     依頼人の顔は青くなっていた。まあそりゃあそうだ。

    「でも、何が目的で」

    「船体下半分をまだ調査していませんから、まだなんともいえませんが、ひとつの可能性として、われわれ乗客が、パニックを起こして右往左往するのを記録するのが目的なのでは、と考えられます。それを裏付けるのは、船内各所に設けられた防犯カメラ。防犯カメラにするには、あのレンズは高額すぎます。むしろ映画撮影用といったほうがいいでしょう。しかも、あれ、動きますし」

    「動く?」

    「ええ。巧みに偽装してありますが、多関節アーム機構がついてますね。いざとなったら伸び縮みし、どんな角度からでも撮り放題でしょう。それともうひとつ、この船にはやたらとあちこちに集音マイクがある。船が丸ごと盗聴器になってるみたいなものです」

    「えっ……」

    「まあたぶん、船の下半分は、映画のスタジオのごとくなっているものと推測されますが、見てきたわけではないので、推測の域を出ません。その謎を解くには、見てくるほかないでしょうね。何をやろうとも相手には筒抜けでしょうから、あたしはこうしてべらべらしゃべってますけど」

     わたしと紅恵美は立ち上がった。

    「では、あたしたちは船の調査を続けます。遅くとも明朝には、続きのご報告もできると思います」

     かくして目星をつけていた、部外者立ち入り禁止のドアから、わたしと紅恵美は船体下部に降りて行ったわけだが、まあ、この手記を読んでいるような人には、続きはおわかりのことと思う。

     翌日になっても、翌々日になっても、わたしと紅恵美は帰ってこなかったのだ。

     ポーカーで一文無しになったところを皆が見ていたあの三人が有力容疑者となり、航海の間じゅう船室へ閉じ込められたそうだが、まあそんなこともどうでもいい。

     真相はもっと異常なものだったのだ。

     しかし、それを解決するためには、わたしと紅恵美は、あまりにも「現実の延長線上」に生きすぎていた。超常現象の前では、わたしたちは無力なのである。

     かくしてふっつりと足跡がとだえてしまったわれわれであるが、無論、こんなことでくたばるような人間にはできてない。

     航海の終わりまでには、必ずや、また姿を現してお目にかけよう。

     必ずや。
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    ~ Comment ~

    Re: TOM-Fさん

    ヤバいほうが面白いじゃないですか(笑) 大海彩洋さんが好き勝手な荷物いっぱい積んだんだから、そこはそれ、「悪ノリ」というやつで(笑)

    紅恵美お嬢様は、どちらかといえば、「無責任一代男」に近いような気がしてきた(笑) カネをうなるほど持ってる植木等! こいつぁつええぜ!(笑)

    仕事が終わったら書くと思うけど、爆沈させた方が面白いかな?(笑) まあ皆さんのノリ次第ですねえ(^^;)

    Re: 津路 志士朗さん

    この後については……まったく何も考えておりません(笑)

    その場のノリに合わせて……くらいで。あはは無責任ですね我ながら(笑)

    語り口ほめてくださってありがとうございます。80~90年代の冒険小説ブームのときは、みんなこういう語り口だったんだけど、まあ、ハードボイルドは最近はやらないみたいなので(笑)

    ほんとに今後どうしようかなあ?(^^;)

    Re: 大海彩洋さん

    収拾くらいさせようよう(笑)

    最近体力が死んでるもので、収拾に向けた手が打てないです自分(笑) 収拾しかかったところを見計らってカッコよく登場するつもりだったのに(笑)

    ハロウィン何日だったっけ。

    まあ頃合いを見てぼちぼち書きます~

    Re: 椿さん

    紅所長、髪は赤いわ肌は白いわ、お前ほんとに日本人か(笑)

    クトゥルフ案件ですかねえ。なんか、大海彩洋さんが階下によからぬものを隠しているようだから悪ノリしたまでですけど(笑)

    TRPG、まだしつこく遊んでますが、プレイヤーは全員大人なもんで深夜にしかできず、翌日は体力を根こそぎ取られる、という……なにやってんだか(笑)
    でもムチャクチャ楽しいので、椿さんも体力が有り余る日などはぜひどうぞ(^^) 一時間二時間あっという間ですぜ(^^)

    NoTitle

    執筆、おつかれさまでした。

    恵美お嬢様、クールだなぁ。
    ギャンブルで悪漢をぎったんぎったんにするのもカッコいいし、自分が乗っている船が沈むために作られているなんて調査結果を冷静に報告するのも度胸が据わってていいです。
    そんなお嬢様を、斜に見ながらも、適度にからんでいく竜崎氏も、じつに食わせ者っぽくて、いいコンビだと思います。
    しかし、この船、ヤバすぎません?
    ポール・ブリッツさん胸ひとつで、爆沈の可能性もあるんですよね。ぐぬぬ。ライフジャケット装着はデフォか。
    船体下部の調査に向かったお二人の無事とともに、船の無事も祈っています。

    こんにちは。はじめまして。
    此度イベントに参加させていただきました津路ともうします。
    何時も影からこっそり拝見させていただいております。
    作品に限らず、芯(信念?)を感じる、ビシッと切れのよい文面が格好良いなあと常々感じておりましたが…
    このあとはどうなってしまうのでしょうか?!
    格好いいだけじゃなく、次回への期待の持たせ方が…やっぱり格好いい。
    すみません、他の表現思い付かず月並みです。
    続きを楽しみにさせていただきます。
    今回はどうぞよろしくお願いいたします。

    コメント遅くなりました!

    紅所長、格好良く仕事してますね~。
    依頼以外の仕事でも何でも、ありです、ありです。
    豪華客船ですからね! なんでもありなんです。
    で、この船、えらいものをいっぱい積んでたんですね。そりゃえらいこっちゃ。
    でも、依頼人=うちのタケル、多分このごときでは青くなったりしないだろうなぁ~。だって、ヴォルテラの御大、このくらいのこと(というのかこれ以上のこと)を真顔でしそうだからな~(まぁ、方向性としては、結構私の想定している方向と似てるかも、ってのが恐ろしい。思考がポールさん寄り?)。
    でもこの「青くなってる」シチュエーション使わせて頂きますよ!

    でも、船の下におりて行っちゃったんですね。あらら。行方不明で終わってるなんて、あらまぁ。
    まぁ、何でもありの船底ですから、思い切り遊んでやってくださいませ。

    え? 実は今回はまったく収拾はしません。前回の北海道はむちゃくちゃ収拾しちゃいましたけれどね~v-39
    そうそう、船というシチュエーションを選んだ段階で、あるあるなんですよ。こわいこわい。
    続きがありそうなので、変化球、またお待ちしています!(^^)!

    NoTitle

    竜崎さんと紅所長! この2人、やっぱりいいですねえ。
    ターコイズブルーのドレスが似合うのか…… 抜けるように色が白いんだろうなあと想像しました。

    しかし、まさかのクトゥルフ案件だったり?(笑) この2人なら無事に戻って来られることと思いますが。
    またTRPG やりたいなーと思ってしまいました。セッションの間、パソコンの前に座っていられる体力があればなあー(^^;

    Re: 山西 サキさん

    船という舞台装置上、もっとも収拾しやすくしたつもりですが……。

    つまり、万一収拾がつかなくなったら船を沈めちまえばいいんです(ドヤァ(`・ω・´))

    こういう考えの危険球ばかり押し通すとどうなるか、というと、そうです、友達がいなくなるんです(笑)

    Re: 八少女 夕さん

    彩洋さんがあそこまでムチャクチャしてくれたなら、これくらいの変奏はしなきゃあかんかな、と思って(笑) 八少女さんにはおなじみの、いつものボークすれすれ球です(笑)

    紅所長は、過去作「夕闇のメッセンジャー」第二章でも触れられている通り、中学卒業後、わずかな元手で地下の麻雀賭博の世界に飛び込み、群がる野獣のような裏の打ち手たちを蹴散らして大金を稼いでのし上がったバケモノ娘です(笑)。 天才的頭脳に超人的なツキも加わっている以上、常人の勝てるようなギャンブラーではありません(笑)。実力的にはアカギや哭きの竜にも匹敵するでしょう。
    カジノに遊びに来て紅所長を見かけたら、わたしなら、即座に、逃げます(笑)。ツキを全部吸い取られたらたまったもんじゃない(笑)

    NoTitle

    早い者勝ちとはいえ、この豪華客船面白いことになっていますね。
    彩洋さんも収拾するのが大変そうです。
    そして、ポール・ブリッツさんの筆の乗っていること乗っていること・・・。
    > 航海の終わりまでには、必ずや、また姿を現してお目にかけよう。
    > 必ずや。
    ノリノリで一気に書き上げられた雰囲気!
    とんでもない名コンビの再登場、お待ちしています。

    NoTitle

    ひえ〜。
    そんな船に乗ってしまったのですね。逃げ惑う練習もしなくっちゃ(笑)

    紅所長、さすがだなあ。
    カジノに行くときはぜひ横にひっついていたいお方ですよね。
    竜崎さんともども、再登場、お待ちしています。
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