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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    海外ミステリ162位 法の悲劇 シリル・ヘアー

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     昔から「名作」との呼び名が高い、1942年発表のイギリスミステリ。その割に古本屋でかつてこの本を目撃したことがない。しかたないから茨城県内の図書館にお取り寄せを頼んだら、茨城県内すべての図書館にも蔵書がないという。ますますしかたがないから県外の図書館からのお取り寄せも頼んだら、埼玉県立図書館に蔵書があった。ありがたいことである。日本全国の公共図書館には足を向けて寝られない。そんなありがたい公共図書館のネットワークを破壊して、何をとち狂ったか新刊古書店に委任し、貴重な資料を廃棄してしまうという蛮行が公然と行われているそうな。日本の人文学はこのまま進むと頓死するのではないか。いや、ミステリの話だった。そんな名作を押し頂くようにしてバーミヤンで読む。「名作」には散々だまされたけど、本書はいかがなものか。

     というわけで読んでみたが、うーむ、たしかに結末のサプライズは意外なところからやってくるし、全編を貫く牧歌的かつビターなユーモア精神もわたし好みだ。しかもやっていることはめちゃくちゃ野心的である。いったいどこのどいつが、ゴッズアイビューで、主要登場人物の内面描写まで全部おこない、それでいて完全にフェアな謎解きミステリをこしらえようなどと考えるのだ。わたしは作者のたくらみにまんまとだまされたから、そこは大いに評価する。しかし……。

     そう、「しかし」なんだよなあ。この小説の最大の問題点は、冒頭から全体の80%を読み進めるまで、「なにも事件が起こらない」というところにあるのだ。いや、事件は起こることは起こるのだが、「決定的」なものは何も起こらない。読者は、どこか歪んだ巡回裁判に随行しながら、肝心のカタストロフはいつ訪れるのか、いつ訪れるのかとやきもきしながら、牧歌的なユーモアとペーソスの中で、しだいに追い詰められていく判事にひたすら付き合うことになるのだ。最初のうちはいいのだが、しだいにそれが「作業」的なものになってきて、真ん中あたりから後半にかけて、残りページ数はあと何ページだ、がんばれ、という雪山登山みたいな思いをすることになるのである。ちなみにハヤカワ文庫の旧版で460ページ以上あるので、イギリスミステリとしてもなかなかの大作であり、もし企画で読むのではなかったら、わたしは途中で放り出していたかと思う。なお、作者の名誉のためにつけ加えておけば、この構成と冗長さは、作者が入念に仕組んだ罠の一角であり、結末で意外な形で畳みかけてくる。再読すればあれもこれも伏線であることに驚くはずだ。緊密に作られたミステリなのである。

     それともうひとつが、本書でのクライマックスで、ある事件が起きる。それについて、結末の謎解きで、作者から突きつけられる「意外な動機」に読者はびっくりすることになる。そこはよくできているのだが、冷静に考えると、そんな危険なことを犯人がやるわけがない、という結論しか出てこない。なにしろ、もし、本書で犯人のたくらみが成功したとすると、その時点で、犯人は事件の最重要容疑者となってしまうのだ。なにしろ、その事件での受益者は犯人ひとりしかいないからだ。それじゃああまりに割が合わないだろう。

     そういうわけで、歴史的にもミステリ文学的にも無視しえない作品だけれど、これはどちらかといえば、「マニア向き」の作品といえる。400ページ近く、「犯人も被害者も見当がつかず」「何も起こらない」ことに耐えてこの結末にウヒウヒ笑うことができたら、あなたは立派なミステリマニアか、または立派な英国文学読者だ。わたしは尊敬する。
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    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    とりあえず、せめてマイクロフィルムにくらいは残してほしいと思うんだけどなあ、という気分。主としてパソコン雑誌とか……。

    Re: 椿さん

    まったくですな。行政の側までが、図書館を「公営の無料貸本屋」としか考えてない段階で、「文化」も「民度」もあったもんかい、と思うのですが、大丈夫なのかなこの国。

    新書は必ず国立国会図書館へ

    自費出版だろうが、薄い本だろうが、出版物は国立国会図書館へ納入する義務がある。何故ならば、件の図書館には資料として保管する義務があるからなのですな。ま、守られてないけどね。

    NoTitle

    日本の図書館が『利用がないから』と言ってどんどん資料を廃棄するのは悪癖なので意識を変えていただきたいものです(^^;
    サリエリの楽譜がヨーロッパの○○州図書館で見つかって、なんていう話を聞くたびにつくづくそう思います。利用がなくても、価値がないように見えても取っておくのが図書館の使命のひとつでもあるんですけどねえ。
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