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    ささげもの

    船体下部・汚れ仕事・ただ今遂行中……

     ←海外ミステリ107位 リトル・ドラマー・ガール ジョン・ル・カレ →鋼鉄少女伝説 17 平和
     とにかく、内調時代、わたしが自衛隊上がりの鬼教官から徒手格闘術を叩きこまれたのは、生身の人間を相手にするためであって、けっして、ビッグフットやチュッパカブラと殴り合いをするためではない。いわんや、殺し合いをや。

    「くそっ」

     わたしはまだ安全な甲板にいる時にボーイからくすねてきた、ヤシの実を割るためのナイフを構えた。上物らしく、これだけ使っても刃こぼれひとつ示さないが、ナイフはよくても、握っているわたしの手のほうが限界に近い。

     現在わかっていることは、目の前にいるツチノコの群れをなんとかして突破し、反対側の壁についている扉の中に飛び込むことができれば、少なくとも、ここではない別のどこかへ行ける可能性があるということくらいだった。むろん、世の中はわたしの希望的観測で回っているわけではない以上、すべてをぶち壊しにする可能性というものは常に付きまとう。たとえば、扉に鍵がかかっている、などというのはそのもっとも端的なあらわれであろう。

     もちろん、考える前に自明なこともある。わたしがいるブロックは、ジャンプしても届かない高みにある、唯一ガラス張りの天井を除いては、壁も床も鋼鉄で作られた、アセチレン・バーナーでも破るのが困難そうな代物であり、部屋は息苦しいほど狭い、ということなどそれだろう。群れているツチノコは、漫画に出てくるようなフキダシにドットの目がついたようなかわいらしいものではなく、エサを丸呑みにしたニホンマムシそっくりの面構えをしているが、毒があるかどうか、浅学にしてわたしは知らなかった。ちなみに、ニホンマムシについてはよく知っている。有毒。それも神経毒を含む猛毒だ。

     迂回できるほどこのブロックにスペースはなかった。噛まれないことを信じて走り抜けるしかない。寄ってたかってきたらそのときはそのときだ。

     わたしはツチノコを蹴り飛ばすようにして走った。山歩きのときは用心のため抗毒血清を持って歩くわたしだが、船の旅でそんなものが必要だなんて誰が思うものか。

     足にちくっとした痛みが走った。蛇を振り払い、体当たりするようにして扉を開ける。わたしは外に転がり出た。

     ズボンのすそをめくった。ほっとした。蛇の咬み痕ではない。じゃあこれはなんだ。

     細い小さな金属の針が、わたしのズボンのすそに、目立たないように差し込まれていた。このモーニングは、紅グループの誇る超一流の仕立屋から調達したもので、針を差し込んで忘れるようなミスなど起こすはずのないプロフェッショナルの手を経たものである。

     すると、これはこの陰謀を企んだやつのいたずらか。

     わたしは針を胸ポケットに刺した。こんないたずらをするからには、持っていると困るアイテムか、なくすと困るアイテムかのどちらかだろう。どちらとも決めかねる今としては、捨てるリスクより持っているリスクのほうがまだ低いと判断した。なにより、わたしはいまだに生きている。即座に命を奪うアイテムでもあるまい。

     問題は、わたしと別れた紅恵美のほうだ。なんとしてでもあの娘と合流し、無事を確認しないと、わたしはたとえこの航海から生きて帰っても、あれの兄である紅隆太郎に一寸刻みにされてしまいかねない。

     わたしは通路に寄りかかるようにして歩き始めた。そうでもなければ歩くことさえ困難なほどに、疲労が体にのしかかっていた。

     それでも、やめるわけにはいかない。特に、わたしにプレッシャーをかけるようにして覆いかぶさっている、天井のはるか上にある巨大なデジタル時計が「00:01:25:33」を刻んで、カウントダウンを続行しているからには。



     船体下部に降りていったときには、わたしも紅恵美も、「偵察」のつもりだったのは確かだ。それが油断だった。階段を降りきった後にある防水ドアを開けた時、ガスが吹き出してきた。その匂いを嗅いで、正体に気づいた時には手遅れだった。

     ハロタン。

     即効性のある麻酔ガスとしては、あまりにもスタンダードな代物だ。スタンダードということは、それだけ使われているということで、ガスマスクでもしていない限りは、対応策がまったくないということと同義語である。

     一瞬で前後不覚になったわたしは、気がついたときには、銃器で一杯の部屋で寝ていた。

     壁も天井もライフルとサブマシンガンと拳銃だらけで、床には大量の弾薬の箱があった。

     わたしはそのうちの一挺を手に取って調べた。

     木型ではなかった。本物のボルトアクション・ライフルだった。わたしは機構を動かして、きちんと作動することを確かめてから、それを戻した。

     なにをさせたいかはわからないが、第二次世界大戦以前のライフルとサブマシンガンと拳銃の、「新品」をこんなに並べるなど、わたしには死者に対する冒瀆だとしか思えなかったし、そんな武器を使うなど寝覚めが悪いだけだ。

     それに、こんな形で見せつけるなど、裏になにかの意図があるに決まっている。いざ撃ってみると、三発目でボルトが破損して撃てなくなってしまうとか、そんな罠に違いない。

     わたしはこの場で唯一信頼できる武器である、懐のナイフにすべてを託すことにし、部屋を出た。

    「勇気、ポイント追加」

     そんな声が聞こえてきたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。

     部屋を出て、紅恵美を探し始めたわたしの顔にいきなり覆いかぶさってきたのは、紅恵美の罵倒ではなく、甲殻類の一種だった。

     ナイフでそぎ落としたわたしは、そいつが、映画で見たフェイス・ハガーであることに気づいた。

     銃を持ってくればよかった、と心底思ったが、取りに帰るすべはまったくなかった。

     ポーン、と音がして、上から赤い光が降ってきた。

     デジタル時計だった。「03:00:00:00」と文字盤には表示されていた。

     数字は「02:23:59:59」と変化した。

     わたしは大至急紅恵美を探さなければならないと悟った。

     そして現在に至る。



     針に何の意味があるのか、考えても無駄なことかもしれない。針なんて、あったところでどうしろと……。

     いや。待て。

     わたしはモーニングの裏地を破き、糸を一本抜きとった。その細い糸で、針の真ん中あたりを、やじろべえでも作るように結んだ。

     当たるも八卦、当たらぬも八卦……。

     わたしは糸でもって針をぶら下げた。

     針はくるくると回り始めた。回った後、針はこの斜め下の一方向を指してぴたりと止まった。反対方向は天井だから、下へ行けば何かあるに違いない。

     ダウジングというやつである。わたしはこの即席のレーダーに頼りつつ、階下を目指した。

     わたしが超能力者になったという話は自分でも信じがたいから、この針に力があるのだろう。針の示す通りに進むと、どうやら、怪物もUMAもわたしを避けていくようだった。

     やがて、わたしはひとつのブロックの扉にたどり着いた。すでに針は水平になっていた。この中に、何かがあるらしい。

     扉を開けた。

     中では、太いコードと奇妙なメーターの作り出す、いわば集積回路のお化けみたいなやつに覆いかぶさる形で、赤い髪のドレスの娘が何かやっていた。

     娘は振り向いた。

    「遅いわよ、竜崎」

     紅恵美だった。

    「これでも頑張って探したんですけどね。まあ無事でよかった。ところで、質問いいですかね。なにをやってるんですか、所長」

     上司に苦労を見せる部下というものは出世できないものである、とは知っていたが、この状況で紅恵美がわたしの給料を上げたくなるとも思えなかった。

     紅恵美はにこりともせずに答えた。

    「あの時計を止めるのよ。いわば、それがあたしたちに与えられたゲームね」

    「この日曜大工の失敗のようなコードの集積物が、その制御装置ですか?」

    「そうよ。そして、これは、十中八九、この船に仕掛けられた爆発物とリンクしている。あの時計がゼロになる前に止められれば、この船は航行不能状態になることはないわ」

    「どこからそんな結論を」

    「竜崎、ここにあるスクリーンが見える? ワイヤーフレームの船の投影図の中に、あたしたちが、爆発物と推定したものが積まれているポイントポイントが点滅してるでしょ。これをほかにどう判断したらいいのか、教えてくれない?」

     わたしは頭をかいた。

    「たしかに所長の言う通りですね。で……」

     わたしは頭上を見上げた。ガラス張りの天井を通して、「00:00:15:03」という文字が見えた。

    「推理が正しいとして、爆発まではあと15分というところですな。解析はできたんですか?」

    「悪戦苦闘中ね。この二つの細かい穴をなにかで塞げば解除できるんだろうけど、それが何なのか思いつかないわ」

     わたしは針を結んでいた糸をほどいた。

    「所長はどうやってこの部屋まで来たんです?」

     紅恵美はいらいらとした口調で答えた。

    「どうって、針よ。服に針が刺さってたから、それを……なるほど。竜崎。冴えてるわね」

     わたしは紅恵美に針を手渡した。

    「どちらが、どちらです?」

     紅恵美は、自分の持っていた針と、わたしが手渡した針を丹念に見比べた。

    「太さが、若干違うわね……そして重さも若干違う」

     計器をしばらく見ていたが、

    「……はずみ車か」

    「なんですって?」

    「あの時計を動かす、はずみ車よ。慣性モーメントを大きくして、回りやすくする。それがわかれば、後は」

     紅恵美は針を差し込んだ。

    「軽い方を中心に近い方に。重い方を端に」

     その言葉が終わるか終わらないかと同時に、頭上の時計のデジタル表示板の下に、

    『Trick or Treat?』

     という表示が出た。

     時計はすでに『00:00:05:45』となっていた。

     紅恵美は、この回路の中心部に当たる位置から伸びている二本のコードを指さした。一本には『Trick』と、もう一本には『Treat』というタグがくっついていた。

    「このどちらかを引き抜け、ということでしょうね」

    「ヒントは?」

    「ないわね」

    「ギャンブルですか?」

    「ギャンブルよ」

     わたしは時計をにらんだ。

    「三十億ドルを巻き上げた、所長の強運に賭けます。霊感で、一本を引き抜いてください」

    「やるしかないわねえ」

     紅恵美は、コードの一本に手をかけた。

    「いくわよ」

    「どうぞ」

     時計は、もう残り30秒を切っていた。

     ぶちっ。




     船内ではハロウィンパーティーの真っ最中だった。

    「ハッピーハロウィーン!」

     誰かがいった。

     同時に、船内の計四十五か所に、人目を避けて設置されたC-4プラスチック爆薬に差し込まれた雷管に、電気信号が送られた。雷管に収められた雷酸水銀は、起爆薬としてパーフェクトな働きを示した。

     計算された段取り通りに次から次へと小規模な爆発が起き、船は揺れたが、沈没するまでには至らなかった。

     爆発による死傷者は出なかったものの、エンジン、発電機、エレクトロニクス機器などが完全に破壊され、船内の電気設備は機能を停止した。

     船の航行機能は停止。

     乗客乗員を乗せたままで、船は今や幽霊船も同様だった。

     そして……階下と上部をつなぐ扉は、いま、一斉に開かれていた……。

     わたしと紅恵美がそれを知るのは、もうちょっと後の話である。

     いまは、ふたりしてしょうもない会話をするのが精一杯だった。

    「竜崎、賠償金、三十億ドルで足りるかしらねえ」

    「知らないですよ。ボートがたくさんあるんだったら、早めにガメて逃げちゃうべきじゃないですか?」

     とほほ。
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    ~ Comment ~

    Re: 津路 志士朗さん

    パニック物をやってのんびりお茶している人たちに対するカンフル剤になることを目指したんですけど、誰も乗ってくれないので、月末にでも話をたたむことにしました(笑)

    ほんとに参加者にのんびりお茶させるつもりだったらあんな荷物積むなよ、といいたい(笑)

    来年は本気で船を沈めちゃろうか(笑)

    遅ればせながら更新お疲れ様です。
    今ちらっと調べた限り、客船の新築造船は予算1000億円とか。
    壊したのは一部ですし、物損は大丈夫そうですね〜 あとは人的被害が出なければ?
    今後の展開はパニック路線なのかなあ… 楽しみにしております。

    Re: 山西 サキさん

    年末だぞ! みんな倒れるくらいに忙しいんだぞ!

    優雅にお茶会などさせていられるか!(←まて(笑))
    • #20597 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2019.11/11 13:44 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ひゃーく・すかいうぉーかーさん

    こういうもんは、群れになると価格が暴落するんやで。
    • #20596 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2019.11/11 13:26 
    •  ▲EntryTop 

    NoTitle

    あ、酷いんだ。ポールさん。
    完全に機能停止に追い込んじゃいましたね。
    もう!優雅にお茶している場合じゃなくなったじゃないですか!
    でもこれ、解除に成功したの?それとも失敗?
    どっちだろう?
    ま、みんな生きているようだし、賠償金はいくら請求されても問題なさそうだし、ハッピーエンドということで・・・
    あ、まだ終わってないのか・・・
    早めにガメて逃げちゃうのが正解でしょう。

    NoTitle

    >ツチノコの群れ
    うぉあぁぁーっ!
    1億円が何匹いるんやぁ~!(^^ゞ

    • #20583 ひゃーく・すかいうぉーかー  
    • URL 
    • 2019.11/04 15:29 
    •  ▲EntryTop 

    Re: TOM-Fさん

    いや、「壊してくれ」と船がわたしにいったんです(真顔で)

    豪華客船ものだったら、そのくらいのことをしないと、もう、わたしイライラしてきて(笑) しかも船底に積んでるのがアレでしょ、これはもう、上部に出てきて暴れてもらうしかないじゃないですか(笑)

    しかし、シュレ猫を使うとは、「収拾させない」とかいっておきながら、収拾させる気まんまんじゃないですか。とはいえ、シュレ猫、一度「観測」されたらそれはひっくり返せないはずじゃなかったのかな。まあ、観測者にもよるので、まあいいけど。

    Re: 大海彩洋さん

    「観測」されちまったらシュレ猫もなにもなかったはずですが、といってしまう、量子論についてちょっとかじったやつ(笑)

    NoTitle

    更新、お疲れさまです。

    あ、壊した。めっ!

    しかも沈没させずに、航行能力を奪うとは、なんと悪辣な(笑)
    これでは雇い主のタケルに、顔向けできませんね。
    でもこれ、もう片方をぶちってやってたら、どうなっていたんでしょうね。うむむ、考えるだけでも怖い。

    まあ、シュレ猫を搭載しているし、「こんあこともあろうかと」とか言いながら解決策を用意している技師長も乗り込んでいるかもしれないし。
    御大(=大海彩洋さん)が、なんとかしてくれるようですので、安心しておきます。

    NoTitle

    う~ん。破壊は困りますなぁ。
    シュレディンガーの猫で切り抜けます。
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