東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ168位 伯母殺し リチャード・ハル
クロフツ「クロイドン発12時30分」、アイルズ「殺意」と並んで、かつての日本では世界三大倒叙ミステリと呼ばれていた作品である。長いこと倒叙ミステリといえばこの三作だったのは、中島河太郎の陰謀ででもあったのだろうか。古本屋でこの本の創元版「伯母殺人事件」を買ってきたので読む。初読であり、内容はまったく知らない。この表題から推測できることといったら、「伯母が殺される」ことくらいである。はたしてどうか。読んでみた。
で、読んだわけであるが。まさか、ユーモア・ミステリとは思わなかった。1935年発表の、イギリスの田舎の村を舞台にした物語で、定職もなく伯母と共に屋敷で暮らすフラフラした若者が、財布のひもをがっちり握って離さない、うるさがたのこの伯母をなんとしてでも殺そうと決意するが、殺す相手の伯母もさるもの……ということで、にやにや笑いながら楽しんだ。のだが、この小説、結末の鮮やかさは認めるとしても、後味が非常に悪い。
なぜか、と考えて、はたと気がついた。この小説は、現代社会に生きる人間にも通じる「深刻な社会問題」を扱った、普遍的な小説なのである。作者本人はどこまで考えていたかはわからないが、この本の本質は「ニート息子vs毒親の、生きることの主導権をめぐる骨肉の争い」を抉り出したところにあるのだ。
本書の語り手で、「手記」の著者であるエドワード。小太りで、そばかすだらけで、なよなよしていて、働きもしない、というどうしようもないやつであるが、よくよく読んでみると、この若者が、ADHDで、対人パーソナリティ障害を持つ人間の典型的タイプであることがわかってくる。頭は悪くないが、性格的にも精神面からも、「働かせちゃいかんタイプの若者」なのだ。彼にとっていちばんなのは、現代的な精神科に通い、薬物療法とカウンセリングを受け、徐々に世界に慣れていくことなのだが、あいにくと1935年当時の精神科は、文字通りの「癲狂院」であり、「危険人物の収容所」でしかなかったのである(ちなみに「狂人の解放治療」という、極度に現代的で、当時としてはコペルニクス的発想の精神病院が空想され描かれた夢野久作の「ドグラ・マグラ」がこの1935年発表である)。もし、エドワードが精神科病棟に放り込まれても、悲惨かつまったくの無意味な結末にしかならなかったであろう。
そのエドワードから、財産と管理権を狙って執拗に生命を狙われることになるのが、エドワードを育ててきた、伯母のミルドレッド・パウェルである。被害者役であるが、彼女も彼女でまた問題だらけの人物なのだ。ADHDのせいか行く学校行く学校、ことごとく問題ばかり引き起こして放校になることを繰り返していたエドワードを手元に置いて育てたのはいいのだが、その教育方針は、教育というより「調教」であり、やることなすこと、エドワードに無力さを感じさせておのれの身分をわきまえさせる、というものだったのである。正直な話、幼少時からこのように育てられて、エドワードが素直にすくすくと育ったらそれだけで神の奇跡である。これまた絵に描いたような「毒親」なのだ。
つくづく、現代においては精神障害者もいくらかまともに扱われるようになってきたことを天に感謝せざるを得ない。この「伯母殺し」、現代ならソーシャルワーカーが乗り出してきてある程度は円満に解決していたはずだ。そういう意味で、期せずしてこのミステリは「社会派」の側面も見せているのである。親子関係に悩む人間は、みんな読むべきではないかなあ。
で、読んだわけであるが。まさか、ユーモア・ミステリとは思わなかった。1935年発表の、イギリスの田舎の村を舞台にした物語で、定職もなく伯母と共に屋敷で暮らすフラフラした若者が、財布のひもをがっちり握って離さない、うるさがたのこの伯母をなんとしてでも殺そうと決意するが、殺す相手の伯母もさるもの……ということで、にやにや笑いながら楽しんだ。のだが、この小説、結末の鮮やかさは認めるとしても、後味が非常に悪い。
なぜか、と考えて、はたと気がついた。この小説は、現代社会に生きる人間にも通じる「深刻な社会問題」を扱った、普遍的な小説なのである。作者本人はどこまで考えていたかはわからないが、この本の本質は「ニート息子vs毒親の、生きることの主導権をめぐる骨肉の争い」を抉り出したところにあるのだ。
本書の語り手で、「手記」の著者であるエドワード。小太りで、そばかすだらけで、なよなよしていて、働きもしない、というどうしようもないやつであるが、よくよく読んでみると、この若者が、ADHDで、対人パーソナリティ障害を持つ人間の典型的タイプであることがわかってくる。頭は悪くないが、性格的にも精神面からも、「働かせちゃいかんタイプの若者」なのだ。彼にとっていちばんなのは、現代的な精神科に通い、薬物療法とカウンセリングを受け、徐々に世界に慣れていくことなのだが、あいにくと1935年当時の精神科は、文字通りの「癲狂院」であり、「危険人物の収容所」でしかなかったのである(ちなみに「狂人の解放治療」という、極度に現代的で、当時としてはコペルニクス的発想の精神病院が空想され描かれた夢野久作の「ドグラ・マグラ」がこの1935年発表である)。もし、エドワードが精神科病棟に放り込まれても、悲惨かつまったくの無意味な結末にしかならなかったであろう。
そのエドワードから、財産と管理権を狙って執拗に生命を狙われることになるのが、エドワードを育ててきた、伯母のミルドレッド・パウェルである。被害者役であるが、彼女も彼女でまた問題だらけの人物なのだ。ADHDのせいか行く学校行く学校、ことごとく問題ばかり引き起こして放校になることを繰り返していたエドワードを手元に置いて育てたのはいいのだが、その教育方針は、教育というより「調教」であり、やることなすこと、エドワードに無力さを感じさせておのれの身分をわきまえさせる、というものだったのである。正直な話、幼少時からこのように育てられて、エドワードが素直にすくすくと育ったらそれだけで神の奇跡である。これまた絵に描いたような「毒親」なのだ。
つくづく、現代においては精神障害者もいくらかまともに扱われるようになってきたことを天に感謝せざるを得ない。この「伯母殺し」、現代ならソーシャルワーカーが乗り出してきてある程度は円満に解決していたはずだ。そういう意味で、期せずしてこのミステリは「社会派」の側面も見せているのである。親子関係に悩む人間は、みんな読むべきではないかなあ。
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