東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ168位 第八の地獄 スタンリイ・エリン
ディクソン・カーについてさんざん「入手難」といってきたが、マニアからの評価の高さに比べて同じくらいに入手困難なのがこのスタンリイ・エリンの作品である。古本屋に並んでるのを見ることはまれだ。まあ、もとから売れないんだろうなあ。買う人だけ買えばそれでいい、というような態度を版元からも感じる。というわけで初読である。相互貸借で、相変わらず物持ちがいい牛久市立図書館の蔵書を取り寄せてもらったものだが、カバーはついていなかった。これは、あらすじ紹介などに邪魔されずに、先入観なしで読むことになるので、ミステリ読みとしては願ってもないといえるだろう。バーミヤンに腰を据えて、ドリンクバーをちびちびやりながら読む。はたしてどうか。
で、読んで思ったのだが、「タイトルに騙されていた」。「地獄」という言葉から、エリンの代表短編「特別料理」や、長編「鏡よ、鏡」や「闇に踊れ!」のような、気が狂った人間を内面から描くタイプの、精神面のダークサイドに来るきっつい作品だと思い込んでいたのである。それがもうなんというか、「人生の哀歓」というか、「ペーソス」というか、「愚かな人間たちの演じる人生喜劇」というか……どぎつさなどまったくない、大都会で生きる、私立探偵会社社長の「らしくもない」冒険を、ドライで淡々とした調子で描いた作品であった。NHKがドラマ化してもおかしくないような渋いにもほどがある作品だったのである。
だからといって退屈かといわれればまったくそうではない。主人公の探偵は、ダンテのいう地獄の最下層、「第八の地獄」の住人のごとき、嘘つきと、偽善者と、自分の欲望のために手を汚しながらもそれをぬぐって何食わぬ顔をしている連中の間を、自分もその一員となってうろつきまわる。その過程で、探偵はどんどんこの人間ドラマの作る蜘蛛の巣の深みにはまっていき、最後には身動きが取れなくなってしまう。その自分から追い詰められていく書き方は、まさにエリンの才能の面目躍如というところだろう。
真相も、探偵に感情移入しながら読むと、実に意外なものであることに驚かされる。伏線は当初から張ってあるし、なるほど、そう来たかという感じ。結末まで読んで思い返すと、この小説の意外な一面が見えてくる。舞台は万聖節の時期ではあるが、この作品、エリンにとっては「クリスマス・ストーリー」だったのではないだろうか。
罪あるものは罰せられるにせよ、罪なき者はその罪から許され、善人は(善人とはいいがたい奴らばかり出てくるが)それぞれ、その心に求めるものを得る。それがたとえ一過性のものに過ぎなくとも、神はすべての帳尻を合わせてくださるのだ。そんなおとぎ話を、エリンは実にハードボイルドスティックにほろ苦く描く。
こう考えると、この「第八の地獄」は、エリンのもう一つの短編の名作である「九時から五時までの男」の路線で考えるべきなのかもしれない。あの、日頃から口うるさい奥さんに「あんたって人は、あんたって人は」と文句をいわれ続ける生活をしながらも、そこへ帰っていくことを自分から望む凄腕のプロフェッショナルから感じられる「人生の哀歓」。愚かでどうしようもないが、エリンの小説ではそんな愚かな男女がまさに「生活している」のだ。そこが読者の琴線に触れるのではないか。徹頭徹尾大人の物語であり、たぶん高校生の時に読んでもつまらないだけだろう。この年になってから読めてよかったな、と感じられる一冊であった。
で、読んで思ったのだが、「タイトルに騙されていた」。「地獄」という言葉から、エリンの代表短編「特別料理」や、長編「鏡よ、鏡」や「闇に踊れ!」のような、気が狂った人間を内面から描くタイプの、精神面のダークサイドに来るきっつい作品だと思い込んでいたのである。それがもうなんというか、「人生の哀歓」というか、「ペーソス」というか、「愚かな人間たちの演じる人生喜劇」というか……どぎつさなどまったくない、大都会で生きる、私立探偵会社社長の「らしくもない」冒険を、ドライで淡々とした調子で描いた作品であった。NHKがドラマ化してもおかしくないような渋いにもほどがある作品だったのである。
だからといって退屈かといわれればまったくそうではない。主人公の探偵は、ダンテのいう地獄の最下層、「第八の地獄」の住人のごとき、嘘つきと、偽善者と、自分の欲望のために手を汚しながらもそれをぬぐって何食わぬ顔をしている連中の間を、自分もその一員となってうろつきまわる。その過程で、探偵はどんどんこの人間ドラマの作る蜘蛛の巣の深みにはまっていき、最後には身動きが取れなくなってしまう。その自分から追い詰められていく書き方は、まさにエリンの才能の面目躍如というところだろう。
真相も、探偵に感情移入しながら読むと、実に意外なものであることに驚かされる。伏線は当初から張ってあるし、なるほど、そう来たかという感じ。結末まで読んで思い返すと、この小説の意外な一面が見えてくる。舞台は万聖節の時期ではあるが、この作品、エリンにとっては「クリスマス・ストーリー」だったのではないだろうか。
罪あるものは罰せられるにせよ、罪なき者はその罪から許され、善人は(善人とはいいがたい奴らばかり出てくるが)それぞれ、その心に求めるものを得る。それがたとえ一過性のものに過ぎなくとも、神はすべての帳尻を合わせてくださるのだ。そんなおとぎ話を、エリンは実にハードボイルドスティックにほろ苦く描く。
こう考えると、この「第八の地獄」は、エリンのもう一つの短編の名作である「九時から五時までの男」の路線で考えるべきなのかもしれない。あの、日頃から口うるさい奥さんに「あんたって人は、あんたって人は」と文句をいわれ続ける生活をしながらも、そこへ帰っていくことを自分から望む凄腕のプロフェッショナルから感じられる「人生の哀歓」。愚かでどうしようもないが、エリンの小説ではそんな愚かな男女がまさに「生活している」のだ。そこが読者の琴線に触れるのではないか。徹頭徹尾大人の物語であり、たぶん高校生の時に読んでもつまらないだけだろう。この年になってから読めてよかったな、と感じられる一冊であった。
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