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    ささげもの

    仕事は済んで日が暮れてなべて世は事もなし

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     船のバー。

     紅恵美は、今は、その名の通り緋色のイブニングドレスを着て、フローズン・ダイキリを楽しんでいた。12月だというのに、この娘は。わたしは、なんとなく、シーバス・リーガルな気分だったので、バーテンダーに頼んでストレートのまま適当にグラスに入れてもらい、肩ひじ張らずに好きに楽しむことにした。

    「所長」

    「なあに?」

    「いい加減、この状況をもたらしたトリックを、もうちょっとわかりやすく教えてくださいよ。キレそうになっている依頼人の頭越しに、誰かと相談していたみたいですが、そこも詳しく」

     紅恵美は機嫌がよかったらしい。添えてあったパイナップルをひとかじりすると、答えてくれた。

    「エヴェレットの多世界解釈は知ってるわよね」

    「え……量子力学の、パラドックスを避けるための解釈の一つだと聞いてますが」

    「そう。シュレーディンガーの猫、というパラドックスを避けるために、パラレル・ワールドを持ち出した考え方よ」

    「でも、どうしてパラレル・ワールドなんてのが」

     紅恵美は眉をひそめた。

    「竜崎、あれだけ船底を歩き回って、現実世界にいるはずのないものをあれだけ目にしたのに、どこからそいつらが来たのか、考えなかったの?」

     わたしはかぶりを振った。

    「世界は広い、というのが、内調時代に室長から教わった金言でして」

    「まあいいわ。いるはずのない存在がいるってことは、それは『外部』から持ち込まれたのよ。そして、持ち込んだ存在は、そうした『外部』との連絡通路を開ける方法を持っていた、とあたしは考えた。あたしと竜崎、あなたが船底から脱出してきた時、依頼人は激怒していたけど、不思議がってはいなかった。それにはそれだけの理由があったと考えるほうが、理にかなってるわね。あたしは依頼人を脅迫して……」

     わたしは紅恵美を睨み据えた。

    「何を使って脅迫したんですか?」

     紅恵美は、チェリーを口に放り込むと、もぐもぐとやってから、種を手に吐いて灰皿に入れた。

    「それは、あたしとクライアントの間だけの秘密よ。絶望的な顔をしてたから、また次の機会にも使えるかもね。とにかく、融通をきかせてもらったあたしは、『外部』との連絡を開ける存在と、コンタクトをとった」

    「『外部』ってのが、その、パラレル・ワールドっていうやつですか」

    「あたしとしちゃ、自分の世界だけを守れればそれでいいんだけど、そういうのもなんでしょ? だから、あたしは、『あたしたちのような状態にこの船が陥っているすべての世界』である『世界A』と、それに対応するだけの、『無傷で、あたしたちの世界にはいるはずのないような船倉の積み荷を積んでいない、乗客と乗組員の乗っていない、いつでも動かせるこの船があり、しかも、その世界ではこの船にいるクリーチャーが全部存在する世界』である『世界B』の境界を開いてもらったの。後は、竜崎、あたしたちとクルーが先導したように、この船に乗っていた船客を、この船から『世界B』の船に移し替えて、あの魑魅魍魎だらけの船を『世界B』に移して、あたしたちの世界である『世界A』には、この『世界B』の船が残るようにしてから、また元の通りにつながりを閉じてもらったわけ。あたしは、細部まできちんとしてないと、ちょっといらつくのよね」

     わたしはテーブルの上で二つのマッチブックを往復させて、納得しようと努力してから、あきらめた。

    「わかりました。そういうことにしておきましょう。でも、そうだとすると、『世界B』に元から住んでいた人は、どうなりますか。突如、わけのわからないクリーチャーを山ほど乗せた船が世界に入ってくるんですよ。しかも、『世界A』は、所長のお話だと、その数は無限大じゃないですか」

     紅恵美は、ダイキリを口に含んで、舌を湿してからいった。

    「それについては心配ないわよ。世界のつながりを開く前に、すべての『世界B』に属する世界に番号を打ち、奇数番を『世界B』に、偶数番を『世界B´』に分けてもらったから。あたしたちが船を交換したのは、『世界B』のほう。『世界B´』はそのままの『世界B』性を保ったまま、普通に『世界B´』としての生活を保っていくわね」

     のほほんとした顔で、紅恵美はいった。

    「『∞ー∞=∞』よ。いわゆる、『無限ホテル』ってやつね。これで世界は調和が取れ、すべてめでたしめでたし。もう、ここまでうまく運ぶと、もう、何か忘れものでもしてないと、忘れ物……」

     紅恵美は飛び上がった。

    「たいへん!」

    「どうしたんですか」

    「船室に閉じ込めておいたあの三人、忘れて来ちゃった!」

     汚職が疑われていたアメリカの政治家と、不品行が糾弾されていたサウジアラビアの王子、両者の仲を取り持っていたと噂されていた弁護士の三人については、インターポールと現地の海上警察が徹底した調査を行った結果、ギャンブルにより多額の負債をおったため、そのまま逃亡したものと結論づけられた。

     三十億ドルの価値のある油田は、無事、紅グループの手に落ちたそうである。
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    ~ Comment ~

    Re: TOM-Fさん

    紅「あたしはただの、どこにでもいる私立探偵。ただちょっと、天才なだけよ」
    竜崎「そんなこというから嫌われるんです」
    紅「それよりも、SFというのもなんかいいわね」
    竜崎「これ以上わたしの仕事を増やさないでください」

    NoTitle

    執筆、お疲れさまでした。

    そりゃあ、あそこまで広げられたフロシキ、誰も畳めませんって(笑)
    破壊の限りを尽くして船を航行不能にしておきながら、なにをのんびり酒飲んでるかなぁ、と思ったら、なんとD難度の技を使っていましたか。おまけに、悪党たちはB世界に放り込んで、油田はちゃっかり手に入れて。
    それにしても、世界B、都合が良すぎですねぇ。世界間の障壁に誰が扉を開けたのかは詮索しませんけど、紅恵美って涼宮ハルヒ級の能力者ですよね(笑)
    まあ、すべては波動関数の闇だか雲だかの中、ということで。
    作品、楽しませていただきました。

    Re: ダメ子さん

    ハードボイルド探偵なので、

    「なんとなく犯人みたいな物が捕まって、事務所を経営できりお金が入ればそれでいい」

    ともいえ……ポゲエッ!(ダッシュしてきた紅恵美にグーパンチで殴られる)

    紅恵美「うちの事務所は、しっかりと真相を突きとめますので、どうかご安心を。ただ、消去法による犯人特定策は、たしかにとらないわね。容疑者の限定は、知性の敗北よ。常に裏を考えるのが、探偵というものでね、たいへんだけれど、やりがいはある仕事だから、やめられないわね」

    NoTitle

    犯人はこの(世界)の中にいる!
    という決め台詞も使えなくなりそう
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