東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ179位 帽子収集狂事件 J・ディクスン・カー
大学を中退して、実家に籠って鬱屈とした気分を抱えているときに古本屋で買って読んだ。カーにしてはとっつきやすく、まあまあ面白かった、という感じだった。古本は売ってしまったので、しかたなく、土浦市立図書館の蔵書にあったのを借りて読んだ。あの時の印象は正しいのだろうか。しばらくぶりに再読。
というわけで読んでみたのだが、いや、読んでみるものである。系列的には「ユダの窓」と同様、怪奇趣味をできる限り抑えて、ストーリーテリングの妙と、ヘンテコなシチュエーション、それにユーモア精神で勝負したタイプの作品である。原題「ザ・マッド・ハッター・ミステリー」のほうが様相をとらえているな。この小説で出てくるのは「帽子泥棒」であって、収集家ではないからだ。謎の帽子盗難事件が多発するロンドン。堅物で通っている老政治家で、古書収集でも有名なサー・ウィリアム・ビットンから、自宅で起きた貴重なポオの未発表原稿の盗難事件について相談されたスコットランドヤードのハドリー首席警部は、困り果てた末に名探偵フェル博士との相談の場を設けたのだが、現れたサー・ウィリアムは無帽だった。帽子泥棒にやられたということだった。その直後、ハドリー警部の元に連絡が。サー・ウィリアムの甥で、帽子泥棒についての一大キャンペーンを張っていた新聞記者のフィリップ・ドルスコルが殺害されたのだ。なんと、件の盗まれたサー・ウィリアムの帽子をかぶった状態で。ハドリー警部とフェル博士はこの殺人事件の謎に挑むのだが、現れてきたのはなんとも複雑な人間関係であった……。
面白い。ストーリーテラーとしてのカーの面目躍如である。いかがわしいにもほどがある登場人物たちが右往左往し、真相はまるで見えてこない。最初に思い浮かぶもっとも合理的な推論が、フェル博士の「ちーがーうー!」「この事件についてほかにどんなことを考えてもいいが、そんなバカげたことだけはひねりださんでくれ」という言葉とともに一蹴されてしまうところなど、カーのニヤニヤした顔が目に見えるようだ。謎解きミステリの常とはいえ、底意地が悪い。
後は黄金時代の謎解きミステリの伝統にのっとって、仮説のクラッシュアンドビルドと、その仮説の一歩先を行くハプニングの嵐と事態の急変が矢継ぎ早に起こり、読者の鼻先をつかんで引きずり回す。あとはひたすら引きずられるだけなのだ。よく考えると、小説の構成上犯人はただひとりに絞られるしかないのに、それすらも気づかない。カーお得意のドタバタ劇に巻き込まれて、それどころではないのである。
でありながら、真相は苦い。まあ殺人事件の真相が苦くないわけがないのだが、ニヤニヤしながら読んでいると、あまりに暗い犯人の独白に茫然となるほかない。ことは犯人だけの問題ではなくなっているのだ。本人含め周囲に不幸しかもたらさなかったこの犯人に対して、彼を見つめるフェル博士の視線にどれだけ共感できるか、この小説の読後感はそこに大いに左右されそうな気がする。
それにしても裏表紙の煽り文句の「驚天動地の大トリック」というのはいいすぎであろう。渋い小技を積み重ねての一本勝ちというところである。トリック一発で持って行く作品ではないのだ。「フェル博士シリーズを代表する傑作」であることには同意するが。うーむ。
というわけで読んでみたのだが、いや、読んでみるものである。系列的には「ユダの窓」と同様、怪奇趣味をできる限り抑えて、ストーリーテリングの妙と、ヘンテコなシチュエーション、それにユーモア精神で勝負したタイプの作品である。原題「ザ・マッド・ハッター・ミステリー」のほうが様相をとらえているな。この小説で出てくるのは「帽子泥棒」であって、収集家ではないからだ。謎の帽子盗難事件が多発するロンドン。堅物で通っている老政治家で、古書収集でも有名なサー・ウィリアム・ビットンから、自宅で起きた貴重なポオの未発表原稿の盗難事件について相談されたスコットランドヤードのハドリー首席警部は、困り果てた末に名探偵フェル博士との相談の場を設けたのだが、現れたサー・ウィリアムは無帽だった。帽子泥棒にやられたということだった。その直後、ハドリー警部の元に連絡が。サー・ウィリアムの甥で、帽子泥棒についての一大キャンペーンを張っていた新聞記者のフィリップ・ドルスコルが殺害されたのだ。なんと、件の盗まれたサー・ウィリアムの帽子をかぶった状態で。ハドリー警部とフェル博士はこの殺人事件の謎に挑むのだが、現れてきたのはなんとも複雑な人間関係であった……。
面白い。ストーリーテラーとしてのカーの面目躍如である。いかがわしいにもほどがある登場人物たちが右往左往し、真相はまるで見えてこない。最初に思い浮かぶもっとも合理的な推論が、フェル博士の「ちーがーうー!」「この事件についてほかにどんなことを考えてもいいが、そんなバカげたことだけはひねりださんでくれ」という言葉とともに一蹴されてしまうところなど、カーのニヤニヤした顔が目に見えるようだ。謎解きミステリの常とはいえ、底意地が悪い。
後は黄金時代の謎解きミステリの伝統にのっとって、仮説のクラッシュアンドビルドと、その仮説の一歩先を行くハプニングの嵐と事態の急変が矢継ぎ早に起こり、読者の鼻先をつかんで引きずり回す。あとはひたすら引きずられるだけなのだ。よく考えると、小説の構成上犯人はただひとりに絞られるしかないのに、それすらも気づかない。カーお得意のドタバタ劇に巻き込まれて、それどころではないのである。
でありながら、真相は苦い。まあ殺人事件の真相が苦くないわけがないのだが、ニヤニヤしながら読んでいると、あまりに暗い犯人の独白に茫然となるほかない。ことは犯人だけの問題ではなくなっているのだ。本人含め周囲に不幸しかもたらさなかったこの犯人に対して、彼を見つめるフェル博士の視線にどれだけ共感できるか、この小説の読後感はそこに大いに左右されそうな気がする。
それにしても裏表紙の煽り文句の「驚天動地の大トリック」というのはいいすぎであろう。渋い小技を積み重ねての一本勝ちというところである。トリック一発で持って行く作品ではないのだ。「フェル博士シリーズを代表する傑作」であることには同意するが。うーむ。
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Re: 面白半分さん
収集狂はむしろ、古書収集のサー・ビットンのほうですから……。
今気づいたんだけど、もしかしたらこの和訳タイトル、「ポオ氏収集狂事件」って引っかけた、ダジャレか? ダジャレなのかあ~~~~~ッ!!
今気づいたんだけど、もしかしたらこの和訳タイトル、「ポオ氏収集狂事件」って引っかけた、ダジャレか? ダジャレなのかあ~~~~~ッ!!
NoTitle
"帽子収集狂"という邦題が気に入ってましたが そこまででなく帽子泥棒程度でしたか。
いずれにせよ カーって面白いということがわかる作品ですね
いずれにせよ カーって面白いということがわかる作品ですね
- #21086 面白半分
- URL
- 2020.04/19 17:25
- ▲EntryTop
Re: 椿さん
最近、カーはリバイバル著しいですから、多分あると思いますよ。近所の図書館にはなくても、県内もしくは都府内の図書館にはあると思いますね。
まったくもう、こっちも図書館が閉まっているので、イライラが募る毎日ですなあ。とほほ。
まったくもう、こっちも図書館が閉まっているので、イライラが募る毎日ですなあ。とほほ。
NoTitle
あー! これは昔から気になっていた作品。
近所の図書館にあるかなあ、今はコロナで休館中ですが、開いたら行ってみようかなあ。
近所の図書館にあるかなあ、今はコロナで休館中ですが、開いたら行ってみようかなあ。
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Re: 面白半分さん
でもほんとうにそういうダジャレだったら、訳者が出版社の飲み会かなにかでネタバラシすると思うしなあ(笑)。