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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    海外ミステリ193位 矢の家 A・E・W・メイスン

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     心理描写に重きを置いた、名探偵が活躍する王道の本格ミステリ、ということで名高い作品である。オールドファンが票を入れたんだろうなあ。早川からも創元からも、とにかくあちこちから版が出ている。土浦に帰ってきてから読んでみて、想像していた物との内容の落差にぶっ飛んだのが記憶に新しい。そのときのことを思い出しながら、久々に創元版を古本屋で入手して読んだ。それでも20年ぶりくらいか。はたしていま読んだらどうか。

     20年前の初読時にいちばんびっくりしたのが、本書が「謎解きミステリ」ではない、ということだった。いや、体裁的には謎解きミステリなのだが、作者は開始直後に読者の前に早々と犯人を明かし、ほぼ全編を、アノー探偵として知られるパリ警視庁の凄腕捜査官と、その犯人との、熾烈を極める「イヤミのかまし合い」に費やしている、という、前代未聞の構成に度肝を抜かれたのである。作中人物はまったくといっていいほど犯人の正体に気づかず、アノー探偵のイヤミと、犯人のイヤミとの間でおろおろするばかり。たしかにこれでは謎解きミステリというよりは「犯罪心理小説」だ、と思ったものだ。

     そして今回、再読してみたわけだが、創元の訳が完訳であり、しかも露骨ではないせいか、作者のメイスンが、なんとかして犯人を最後まで隠匿して読者にミスリードをさせようと、レトリックに工夫を凝らしているのがわかって実にほほえましい。それでも、読者には犯人はまるわかりで、メイスンのミスリードに引っかかるやつがいるとは思えないし、ミスリードをかわして読んだほうがはるかに面白い小説であることも変わりない。アノー探偵という人物、刑事コロンボよりも、捜査中の犯人に対するイヤミがうまいのだ。それを読んでいるだけでも楽しいのに、犯人がアノーを上回るイヤミの名手で、もう、こたえられん。

     もっとも、この犯人がうまいのは「イヤミだけ」で、ミステリとしてその犯罪計画を見るとやってることが行き当たりばったりでさらに穴だらけで、そのために外堀から埋めにかかるアノーがじれったくてたまらないのだが、まあそれもご愛敬というところだろう。「四枚の羽根」などの名作を残していることでもわかるがメイスンはやはり小説はうまく、これだけの分量を退屈させないどころか、サービス精神満点でつないでいくのはさすがである。

     で、中島河太郎の書く創元版のあとがきを読んでつくづく思ったのであるが、彼の頭の中では、1940年代以降のミステリは、「みんなクズ」でしかなかったのではあるまいか、と思えてならない。つまり、1940年代の段階で、すでにミステリの文体と、文法と、定型は決定していたのであり、それ以降の作品は「なんでそんな余計なことをするのだ」としか思えなかったのではあるまいか。これは他人事の話ではない。わたしがこの1986年版「東西ミステリーベスト100」の諸作品を読んでいて感じたことが、まさにそれだからだ。乙一だかライトノベルだか知らないが、ミステリの文体と、文法と、定型は1980年代にすでに決定していたのであり、それを破ってくると、評価する以前に「なんでそんな余計なことをするのだ」としか思えないのである。21世紀も始まって20年が経とうというのに、いまだに前世紀の遺物的なギャビン・ライアルの文体を目標にして書くことに何の意味があるのか、自分に対して問わないわけにはいかない。こんなことを夜中にひとりで考えていると、筆を折ってしまいたくなる自分がいるが、くそ、わたしは自分の本を大手出版社から出すまでは死ねない。その本の解説は70年代に活躍していた作家でなくてはならないのだ。死ねん。まだ死ねん。
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    ~ Comment ~

    Re: ハヤシさん

    ようこそいらっしゃいました!

    それで、2050年のライトノベルを読んだ現代のラノベ世代は「なんでラノベにそんなよけいなことをするのだ」と思うんでしょうなあ。歴史は繰り返すというか陽の下に新しきものなし、というか。

    わたしも20年前に京極夏彦がわからなかった時点で筆を折るべきだったのかもしれませんが、なにひとつ反撃できないのもくやしいのでワードにかじりついています。

    それで読むものときたら論創、という。まあ、終わってますなあ。とほほ。

    ビバエイティーズー!!(ToT)

    初めてコメント致しますが「ミステリの文体と、文法と、定型は1980年代にすでに決定していたのであり、それを破ってくると、評価する以前に「なんでそんな余計なことをするのだ」としか思えない…」というくだりに激しく共感してしまいました。本当にテクニック的に最近の作品が如何に向上していても、私にとってミステリの頂点は泡坂妻夫の遊び心であり、都筑道夫の前衛であり、ディック・フランシス作品に溢れる矜持の高さであり、P・D・ジェイムズの豊かな心理描写なのです。もてはやされる現代作品は読んで一時面白くてもすぐに忘れてしまいます。時代遅れの繰り言だとは十分承知していますが。
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