東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ198位 夜歩く J・ディクスン・カー
中学に入りたてのころ、図書室で見つけて借りて読んでみた。メチャクチャつまらなかったのを覚えている。カーはこりゃダメか、と思った作品。数年前、新刊本屋を冷やかしていたらあったので、ふときまぐれを起こして買ってみた。読んでみたら、意外と面白かった。今回は三度目の読書である。面白いことはわかっちゃいるが、しみじみ読んだらどうなのか。バーミヤンでサバの南蛮漬けをしみじみ食べながら、しみじみと再読開始!
というわけで読んでみたが、猟奇ミステリとして普通に面白い。デビュー長編から首切り死体というのは、当時は衝撃的だったんじゃないかな。名探偵の、パリ予審判事アンリ・バンコランは悪魔というよりはサリーちゃんのパパみたいな雰囲気で、普通にとても頼もしく見えるし、ワトスン役を務める、語り手のジェフ・マールくんのロマンスはあるわフェンシングはあるわ、ディクスン・カー先生、サービス満点。もうこりゃあ生まれつきのエンターテイナーだったんだろうなあ。
明るく能天気なフェル博士やヘンリ・メリヴェール卿に対して、風貌からしてメフィストフェレスのような悪魔そっくりのバンコランは陰鬱荘重、というのが決まり文句みたいになってるけど、先ほども書いた通り、その行動自体にはいささかの悪意もないし、「情け無用の審判者としての怖さ」よりは、「右往左往するだけのその他大勢を迷わず柵の中に戻す牧羊犬」としての冷静さを強く感じる。それに、事件そのものが、「不思議の国のアリス」がからんできたりして、アクセントとしての「たくまざるユーモア」になっているから(もちろんカーはイヤというほどたくらんで書いているのだが)、フェル博士やH・M卿の「小説に味付けするだけが目的の無意味なドタバタ」が好きでない人は、こちらのほうが読みやすいと思うのではないだろうか。
しかし「人狼(ルー・ガルー)」とはよくいったもので、人の首が魚肉ソーセージとかチーカマとかの包装ビニールを包丁で破る時みたいにスパスパ斬られる小説であった。それも何の苦労もなくスパスパ斬られる小説なのだ。カーはもちろんそれにも合理的な理由づけをしているのだが(正直、どこが合理的だ、という気もしなくもない程度の理由づけではある)、ギロチンじゃないんだぞ、人の首なんだぞ、とあきれながらもにやにやしてしまう。カーの「人徳」というやつだろうか。三島由紀夫がこと志敗れて割腹自殺した時、「介錯」をやるはずの三島の同志が、日本刀はよく研がれていて剣道の腕も達者だったにもかかわらず、何度刀を振り下ろしても首が切れず、事件後調べたら三島の首はひどいことになっていた、という話があるが、決起する前にこの小説の犯人に弟子入りでもしたほうがよかったのではないか。なにしろ首を切るのに日本刀すら使っていないのだから。
もっとも、そういうところを感じさせず、自然に話の流れに乗せてくれるのは、人徳だけではなく、第二次大戦までの戦間期の、倦怠に満ちた退廃したパリという舞台設定あっての事だろうなあ。十年もしないうちにパリは戦火のただなかに放り込まれ、退廃だとか倦怠だとかは征服者であるナチスとそのおこぼれにあずかろうとする人々のものだけになってしまったのだから。いやー、倦怠と退廃というのはやれる時にやっておくべきものである。日本を見なさい、倦怠と退廃を味わう前に、「閉塞感」ばかり感じて、自動販売機のごときソシャゲのガチャにうつつを抜かす始末。もうちょっと真剣に快楽というものを考えたらどうかなあ……。
というわけで読んでみたが、猟奇ミステリとして普通に面白い。デビュー長編から首切り死体というのは、当時は衝撃的だったんじゃないかな。名探偵の、パリ予審判事アンリ・バンコランは悪魔というよりはサリーちゃんのパパみたいな雰囲気で、普通にとても頼もしく見えるし、ワトスン役を務める、語り手のジェフ・マールくんのロマンスはあるわフェンシングはあるわ、ディクスン・カー先生、サービス満点。もうこりゃあ生まれつきのエンターテイナーだったんだろうなあ。
明るく能天気なフェル博士やヘンリ・メリヴェール卿に対して、風貌からしてメフィストフェレスのような悪魔そっくりのバンコランは陰鬱荘重、というのが決まり文句みたいになってるけど、先ほども書いた通り、その行動自体にはいささかの悪意もないし、「情け無用の審判者としての怖さ」よりは、「右往左往するだけのその他大勢を迷わず柵の中に戻す牧羊犬」としての冷静さを強く感じる。それに、事件そのものが、「不思議の国のアリス」がからんできたりして、アクセントとしての「たくまざるユーモア」になっているから(もちろんカーはイヤというほどたくらんで書いているのだが)、フェル博士やH・M卿の「小説に味付けするだけが目的の無意味なドタバタ」が好きでない人は、こちらのほうが読みやすいと思うのではないだろうか。
しかし「人狼(ルー・ガルー)」とはよくいったもので、人の首が魚肉ソーセージとかチーカマとかの包装ビニールを包丁で破る時みたいにスパスパ斬られる小説であった。それも何の苦労もなくスパスパ斬られる小説なのだ。カーはもちろんそれにも合理的な理由づけをしているのだが(正直、どこが合理的だ、という気もしなくもない程度の理由づけではある)、ギロチンじゃないんだぞ、人の首なんだぞ、とあきれながらもにやにやしてしまう。カーの「人徳」というやつだろうか。三島由紀夫がこと志敗れて割腹自殺した時、「介錯」をやるはずの三島の同志が、日本刀はよく研がれていて剣道の腕も達者だったにもかかわらず、何度刀を振り下ろしても首が切れず、事件後調べたら三島の首はひどいことになっていた、という話があるが、決起する前にこの小説の犯人に弟子入りでもしたほうがよかったのではないか。なにしろ首を切るのに日本刀すら使っていないのだから。
もっとも、そういうところを感じさせず、自然に話の流れに乗せてくれるのは、人徳だけではなく、第二次大戦までの戦間期の、倦怠に満ちた退廃したパリという舞台設定あっての事だろうなあ。十年もしないうちにパリは戦火のただなかに放り込まれ、退廃だとか倦怠だとかは征服者であるナチスとそのおこぼれにあずかろうとする人々のものだけになってしまったのだから。いやー、倦怠と退廃というのはやれる時にやっておくべきものである。日本を見なさい、倦怠と退廃を味わう前に、「閉塞感」ばかり感じて、自動販売機のごときソシャゲのガチャにうつつを抜かす始末。もうちょっと真剣に快楽というものを考えたらどうかなあ……。
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読んではいるのですが記憶がない。
自分の記事で確認したら
”読むなら他の作品を”でした。
そんな感じだったんでしょうね
自分の記事で確認したら
”読むなら他の作品を”でした。
そんな感じだったんでしょうね
- #21129 面白半分
- URL
- 2020.05/08 08:36
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Re: 面白半分さん
カーのデビュー作でなかったら入らなかったでしょうなあ。それに対しては、「妖魔の森の家」を172位に入れた2012年版の見識のほうを買います。