東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ198位 殺意 フランシス・アイルズ
今回の挑戦で、198位まで含めた中では最後の未読作品である。あのアントニー・バークリーがフランシス・アイルズ名義で発表した、シリアスな倒叙ものミステリの傑作として、世界三大倒叙ミステリの筆頭となっていたことでミステリファンには有名だが、問題は、新刊書店でも古本屋でも置いてあるのを見たことがないか、または見たとしても四桁にのぼるプレミアがついていることである。また土浦市立図書館をわずらわせなければならんのか……と思っていたら、電子書籍で出物があった。そりゃ買うよ。はてさて、あのひねくれた作品ばかり書くバークリーが、どんなシリアスなサスペンスを書いてくれるのか、どきどきしながら読んでみることに。面白いかつまらないか、ギャンブルであるなあ。
で、読んでみたら、なんのことはない、「いつものバークリー」だった。登場人物のひとりひとりから、ひねくれてるにもあまりある悪夢のような展開の果てのひどすぎるオチまで、通奏低音みたいに流れる底意地の悪いブラック・ユーモアが、まさにアントニー・バークリーの真骨頂である。この小説のどこを切っても、「バークリー」という印が見えるかのようだ。
殺人事件を扱った倒叙ミステリである以上、「殺される人間」と「犯人」がいるのはもちろんである。「殺される人間」であるジュリア・ビクリー夫人が、初登場シーンから、もう「誰でもいいから誰かこいつを殺せよ」と思うような、ひどい暴君のごとき奥さんで、「死んだらさぞやスカッとするに違いない」というオーラをまとっている。で、この女性を殺すのが、夫君である医者のエドマンド・ビクリー博士。いかにも隷属するしか生き方を知らぬ、風采の上がらない小男として描かれる彼に、同情を覚えながら読む、というのではアントニー・バークリーという作家を知らない。この男というやつが、ページを繰るに従い、もう救いようも弁護のしようもない、どうしようもないひどい奴だということがわかってくる。この神も見捨てたような二人にこれまたひどい人間たちがからみ、事態は殺人めざして、曲がりくねりながらも着々と近づいていくのである。
それまではまだなんとかビクリー医師という人物にも我慢しながらついていくことができるが、彼がジュリア殺しに採用した手段は、いくつも殺人の方法は存在するだろうが、その中でもまさに外道のそれ、悪鬼の所業だ。そこから先は、もう、「誰でもいいから早くこいつを捕まえてくれ」という思いだけでページをめくることに。またそこから小説もペースを上げ、次から次へと意外な展開が待っていて飽きさせない。
そして結末。そう来るか、と思って作者の人の悪さをにやにやしていたが、そこでタイトルを思い出した。「殺意」。そこでようやく、作者アイルズ(バークリー)の深謀遠慮に気づいた。そうか! そこから「殺意」が発生してもいいわけだ! なんだこの、根性悪をはるかに通り越した「考えオチ」は! 読み終えて、あまりの衝撃に頭がクラクラしている。このイギリス人の人の悪さを煮詰めてエッセンスを抽出したような小説に、あんな解説を寄せる中島河太郎は当時から老害だったのだな、としか思えない。見事にネタバレをしたうえで、それによって自分が何を発言しているのかもわかっていない感受性の鈍さである。無理して「試行錯誤」の紹介なんてしなくてもいいから、「読者は巻を措いてから、もう一度タイトルの意味をようく考えていただきたい」と書けばこれで十分だろう。かわいそうなバークリー。真価が理解されるには「第二の銃声」出版後のバークリーラッシュを待つしかなかったのだろうなあ。
で、読んでみたら、なんのことはない、「いつものバークリー」だった。登場人物のひとりひとりから、ひねくれてるにもあまりある悪夢のような展開の果てのひどすぎるオチまで、通奏低音みたいに流れる底意地の悪いブラック・ユーモアが、まさにアントニー・バークリーの真骨頂である。この小説のどこを切っても、「バークリー」という印が見えるかのようだ。
殺人事件を扱った倒叙ミステリである以上、「殺される人間」と「犯人」がいるのはもちろんである。「殺される人間」であるジュリア・ビクリー夫人が、初登場シーンから、もう「誰でもいいから誰かこいつを殺せよ」と思うような、ひどい暴君のごとき奥さんで、「死んだらさぞやスカッとするに違いない」というオーラをまとっている。で、この女性を殺すのが、夫君である医者のエドマンド・ビクリー博士。いかにも隷属するしか生き方を知らぬ、風采の上がらない小男として描かれる彼に、同情を覚えながら読む、というのではアントニー・バークリーという作家を知らない。この男というやつが、ページを繰るに従い、もう救いようも弁護のしようもない、どうしようもないひどい奴だということがわかってくる。この神も見捨てたような二人にこれまたひどい人間たちがからみ、事態は殺人めざして、曲がりくねりながらも着々と近づいていくのである。
それまではまだなんとかビクリー医師という人物にも我慢しながらついていくことができるが、彼がジュリア殺しに採用した手段は、いくつも殺人の方法は存在するだろうが、その中でもまさに外道のそれ、悪鬼の所業だ。そこから先は、もう、「誰でもいいから早くこいつを捕まえてくれ」という思いだけでページをめくることに。またそこから小説もペースを上げ、次から次へと意外な展開が待っていて飽きさせない。
そして結末。そう来るか、と思って作者の人の悪さをにやにやしていたが、そこでタイトルを思い出した。「殺意」。そこでようやく、作者アイルズ(バークリー)の深謀遠慮に気づいた。そうか! そこから「殺意」が発生してもいいわけだ! なんだこの、根性悪をはるかに通り越した「考えオチ」は! 読み終えて、あまりの衝撃に頭がクラクラしている。このイギリス人の人の悪さを煮詰めてエッセンスを抽出したような小説に、あんな解説を寄せる中島河太郎は当時から老害だったのだな、としか思えない。見事にネタバレをしたうえで、それによって自分が何を発言しているのかもわかっていない感受性の鈍さである。無理して「試行錯誤」の紹介なんてしなくてもいいから、「読者は巻を措いてから、もう一度タイトルの意味をようく考えていただきたい」と書けばこれで十分だろう。かわいそうなバークリー。真価が理解されるには「第二の銃声」出版後のバークリーラッシュを待つしかなかったのだろうなあ。
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~ Comment ~
ご無沙汰しております。
何となくここに行き着いてしまったので。
もう大分昔に読んだので色々忘れておりますが、自分の脳内だけにある自分作の全集が、タイプの女性に会った瞬間に消え失せる、という部分に腹を抱えて笑った記憶が(勿論全集の為の何の努力もしていないし、悪妻を努力しない理由にしているだけ)。
これって今で言う、「俺だって本気出したら云々」的なニートと同じですよね⁉
駄文失礼しました。
もう大分昔に読んだので色々忘れておりますが、自分の脳内だけにある自分作の全集が、タイプの女性に会った瞬間に消え失せる、という部分に腹を抱えて笑った記憶が(勿論全集の為の何の努力もしていないし、悪妻を努力しない理由にしているだけ)。
これって今で言う、「俺だって本気出したら云々」的なニートと同じですよね⁉
駄文失礼しました。
- #21487 くさのま
- URL
- 2020.09/21 15:51
- ▲EntryTop
Re: ハヤシさん
今にして思えば、創元も角川もよくあの人使い続けましたなあ、と。
それだけミステリ評論の層が薄かったんでしょうなあ。それか、「出版界の力関係」でもあったのかなあ。
この小説の解説、小林信彦が書いていたらと思わないでもないです(笑)
それだけミステリ評論の層が薄かったんでしょうなあ。それか、「出版界の力関係」でもあったのかなあ。
この小説の解説、小林信彦が書いていたらと思わないでもないです(笑)
中島河太郎は謹厳な国文学者であり教師であったから底意地悪い英国流ユーモアなんか全く理解出来なかったでしょうね。しかし今になれば創元推理や角川文庫の判で押したようなスクエアな解説が懐かしく思い起こせます。
- #21128 ハヤシ
- URL
- 2020.05/08 02:24
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Re: くさのまさん
イギリス人の挫折したインテリゲンチャなんてのはどいつもこいつも同じような反応する、っていう醒めた視線がたまらないですよねバークリーのミステリ。
悪い事には挫折したインテリは、国の別を問わず同様な反応見せるみたいで(笑) 身につまされるところが多々(笑)
ラストシーンの、何をもってしても犯人を地獄に送ろうとする警察の殺意っぷりもたまりませんなあ(笑)