FC2ブログ

    「ショートショート」
    ミステリ

    偏向放送ふたたび

     ←アイデア・ノート →四本のマッチ
     なんとなくヒマができて、今日の一日をうちでごろごろするという平和で満ち足りた時間のうちにすごすことが決まったおれは、一般の日本人がやるであろうことをやることにした。コタツに入ってテレビを見るのである。
     今日はWBT、ワールド・ベースボール・トゥモローという野球の国際大会の準決勝、「日本×アメリカ」戦が予定されていたので、おれはそれを見ることにした。
     ボーナスで大枚をはたいて買ったお気に入りのデジタルテレビのスイッチを入れる。
     画面には、当然のようにデータ放送の印がついていた。最近は親切なものだ。データ放送で、解説をきちんとしてくれるのだから。おれはたいして考えもせず、データ放送のボタンを押した。
    「あれ?」
     おれは、目をしばたたいた。そこにあったのは、普通の野球解説のデータ放送ではなくて、奇妙きてれつなものだったからである。

    『今回、当局は新たなサービスの一環として、実験放送をすることにしました。放送のトーンをお選びください。
     日本に肯定的:青ボタン
     中立(現行の放送です):赤ボタン
     日本に批判的:黄ボタン
     ボタンを押すことにより、放送の立場を決定することができます』

     これはおもしろいサービスだ。おれはスポーツ放送を見ていて、いつもアナウンサーと解説の煮え切らなさに苛立っていたクチだからだ。かつて誰か高名なSF作家の作品にあった、「偏向放送」というものを聞くチャンスかもしれない。おれは青ボタンを押そうと思った。
     ボタンに手をかけた瞬間、待てよ、と考えが変わった。おそらくたいていの日本人は青ボタンを押すだろう。だとしたら、視聴する人間がいない放送は切り捨てられるかもしれない。これは、あえて黄ボタンを押すべきではないのか?
     おれは裏道というものが大好きである。指を置き換え、黄ボタンを押すことにした。
     コマーシャルが終わり、アナウンサーがしゃべり出したところで、おれは便意を覚えてトイレに行った。

     トイレから戻ってきたときには、すでに一回が始まっていた。
    「さあ、ピッチャーは松高です。解説の渡部さん、松高のできはどうでしょう?」
    「いけませんね」
     解説の渡部というやつは、暗い声でぼそぼそといった。
    「松高選手という人は、打たせて取るタイプのピッチャーといえば聞こえはいいですが、基本的に打たれるタイプのピッチャーです。これまで上げてきた成績は、なぜか集中打が少なかったということに支えられているだけで、まあ、奇跡みたいなものですな」
    「ははあ、そうですか。さて、ピッチャー松高。第一球。ストレート。甘い球だったような気がしますが……?」
    「甘いですね。こんな球ばかり投げていたら、遅かれ早かれ好調なアメリカ打線につかまってしまうことは断言できます」
    「なるほど。松高、第二球。あっ、ハバード、打った。大きい。大きい。入るか。入りました。ホームラン」
    「わたしのいったとおりでしょう。松高は、こういうところが甘いんですよ。メジャーでやっていけるのも、もうあまり長くはないかもしれませんね」
    「そうですね」
     いいぞいいぞ。おれは妙な興奮を覚えていた。この調子でやっていれば、放送局には批判が集中していることだろう。実は双方向テレビの歴史の転換点に立っていたりして。

     試合は日米ともども一点を加え、四回裏になった。

    「さあ、バッターは四番、指名打者麦葉です」
    「麦葉もこのところダメですね。甘い球さえ投げなければ、三振させるのは簡単でしょう」
    「ボールツーから、三球目、ストレート……打ちました!」
    「いけませんね、相手のピッチャーは、投げるべきところではないところに投げました。オズマルコ選手の戦績から考えると残念ですね」
    「でも麦葉はヒットに終わったようですが」
    「そこですよ。そこが日本野球の限界なんです。先ほどのオズマルコ選手のボールは、メジャーの選手だったら確実に二塁打以上にはしていたはずですから」
    「次のバッターは、小塚原選手ですが」
    「ああ、これなら、アメリカにとってはやりやすい相手ではないでしょうか? いくら強打者とおだてられていても、日本国内の話ですから、慢心しているぶんだけ、打ち取りやすいというものです」
    「ワンボールからの二球目、打ちました! センター前ヒット!」
    「ヒット・エンド・ランですね。卑怯な戦法です。サムライの名が泣きますな。もとからサムライというのはこういうものかもしれませんが」
    「次は、爆留選手ですね。彼はメジャーの選手ですから、アメリカとしては気をつける必要があるのではないですか」
    「訂正してください。二流のメジャーリーガーです。彼がもといた、日本のワイバーンズは、今回のWBCをボイコットした、頭はいいかもしれないが腰抜けの集団です。そんな中で育ってきた選手が、ろくなことができるわけはありません」
    「ワンストライクワンボール。三球目。高めストレー……打ちました! でも、これはセカンドの守備範囲……落としました! はじきました! 日本、その間に、卑怯にも二塁の麦葉が生還、同点に!」
    「ハバード選手には屈辱的なプレイですね。しかし、一回のホームランがありますから、これで厄が落ちたと考えるのが正しいのではないでしょうか。これから、アメリカには本領を見せていただきたいものです」
    「同点にして、迎えたバッターは城鳥」
    「ああ、このバッターはこのところ当たっていませんから、楽な気持ちで投げればいいでしょう。まだ同点だと考えるのがいちばんです」
    「……カウントはツースリー。いや、スリーツーと呼ぶべきかもしれません。フルカウントからの七球目、オズマルコ選手、投げた! 打ちました! ライト! 高い!」
    「犠牲フライですか。パールハーバーをやった国の人間らしく、卑怯千万なプレイですね」
     日本はこの回一挙五点を入れ、先発のオズマルコをノックアウトした。

    「さあ、いよいよ最終回、アメリカにとっては後がなくなりました。スコアは、九対四に開いています」
    「アメリカの底力を考えると、まだ逆転のチャンスはあります」
    「でも、ピッチャーはガルビッシュですが?」
    「湾岸戦争見ていればわかるでしょう。イラン人などに、アメリカが負けるわけがありません。たぶん、これが逆転ののろしというものかもしれませんね」
     ガルビッシュはランナーを三塁に進めたものの、後は大過なくラストバッターを迎えた。
    「ラストバッターですよ、渡部さん」
    「ツーアウト三塁です。後はバッターのバンの打撃にかかっていますね。でも韓国戦を見ればわかるように、ガルビッシュという投手は、ツメが非常に甘いんです。今回も、かならず最後に甘いボールを放ってきます。そこがチャンスです」
    「ガルビッシュ、投げました。見逃しの三振! ど真ん中のストレートですよ、渡部さん」
    「いったとおり、最後に打てるはずの球を投げましたね。それを打てなかったのは、バン選手の不覚でしょう。今回の日本の勝利も、奇跡といっていいんではないでしょうか?」
    「そうですね」
    「それでは、スタジアムをお別れするに当たって、勇戦敢闘したアメリカの選手と、笑顔で別れることにしましょう。ありがとうございました、渡部さん。それでは」
    「それでは」
     たしかに、日本人としてはおもしろくない放送だった。ひととおり聞くだけ聞いた気がして、おれはチャンネルを変えようと思った。
     甘かったことに気づいた。
    「ぎゃーっはっはっは。わはははは。いひひひひ。ははははは」
    「ふーっふっふっ。ぐふふふふふ。えへへへへ。ひーっ。ひーっ」
     テレビから流れてきたのは、アナウンサーと解説の、ものすごい哄笑だったのである。
     おれは背筋に寒気を覚えた。
    「これはこれでイヤミの極みだな……」
     つぶやいてテレビのスイッチを切った。

     見た人の話だと、翌日の韓国との決勝戦では、このサービスはなかったらしい。残念なようなほっとしたような。ほっとすべきなのだろうけれど。
    関連記事
    スポンサーサイト






     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    【アイデア・ノート】へ  【四本のマッチ】へ

    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    WBCやサッカーの日韓戦の韓国側の実況を同時通訳で聞いてみたいです。

    きっとこんなものなんか目じゃないほどの悪口雑言が聞けるでしょうからねえ。

    胃には悪そうですが。

    NoTitle

    確かにこういう批判的なコメントの解説者はいますよね。
    どうもLandMです。
    特にプロ野球解説だったら存在するような気がしますね。今の技術だったら十分可能ですが…まあ、実現しないでしょうね。相変わらず面白い発想ですよね。

    お読みいただきありがとうございます

    >トゥデイさん

    ウケていただいたようで嬉しいです。
    元ネタにしたのは、清水義範先生の「偏向放送」という作品です。マラソン中継を、むちゃくちゃ日本びいきにやってしまうという、抱腹絶倒の傑作ですので、機会があったらぜひご覧ください。
    今の双方向テレビの技術力なら、マジでできるんではないかなあ、このサービス(笑)。

    またまたタイムリーな話を。
    少し実際にあったら面白そうと思ったです。
    そしてリアルにこんな悲観的?な人いる(例えば「おくりびとアンチ」とか)のであるあると笑ってしまいました。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【アイデア・ノート】へ
    • 【四本のマッチ】へ