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    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)

    海外ミステリ198位 サン・フォリアン寺院の首吊り人 ジョルジュ・シムノン

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     最初にこの本を読んだのは中学三年のときであった。当時、憂鬱な顔をして、将来の人文学を背負うのはおれだ、くらいの思いで、図書館にあるミステリとSFをキ〇ガイのように読みまくっていたわたしに、同級生のくさのま(仮名)というやつが、もったいぶって示した角川文庫がこれであった。「『新青年』の編集長、水谷隼訳だ。稀覯本だぜ」。稀覯本といえば読みたくなるのがミステリファンである。拝み倒すようにして借りて読んでみた。ピンと来なかった。感想もろくにいわずに返したが、別の高校に進学したわたしが、くさのま(仮名)と再会するにはそれから三十年になんなんとする月日が必要だとはその時は想像もしなかった。

     大学を病気で中退し、自分は人文学はおろかサブカルチャーの世界においても落伍者であるという現実を噛みしめながら病院通いと図書館通いをしていたわたしは、古いミステリ全集シリーズに、別な訳者でこの「サン・フォリアン寺院の首吊り人」が入っていたことを知り、ギャグのつもりで読んでみた。結果、ムチャクチャ面白かった。冒頭のメグレ警部の気まぐれから(ほんとひどい気まぐれなのだ)始まった事件の真相が、もう身につまされるというかなんというか。こんな本を中学生が読んでわかるわけがない、と思った。たぶんくさのま(仮名)もあの小説を「実感」していたわけではないだろう。シムノンの小説はガキが読んでわかるような生ぬるいものではないのである。徹頭徹尾、フランスの屈折しまくった大人向けに書かれている小説なのだ。それがよくわかった。

     この企画で、読むのは三度目になる。図書館が本を処分してしまったので、アマゾンでグーテンベルグ21の電子書籍を四百四十円で買い、読み始めた。思ったより、メグレ警部がきちんと「捜査」していることにびっくりした。二回目に読んだときは、話のダイナミズムに幻惑されて、そこが読み切れていなかったのだろう。真相にじわっじわっと、ゆっくりながらもあらゆる障害物を踏みつぶして、ロードローラーのように接近していくメグレ警部は恐ろしい男である。やっぱりローワン・アトキンソンではあのキャラの味は出ない。ジャン・ギャバンでないと「ヤクザ成分」が足りないのだ。メグレ警部というのは、フランス語の「パトロン(親方)」というセリフが実にぴったりくる男なのである。

     真相の苦さは、今回の読書で、さらにぐさぐさ心に突き刺さった。これで自分が子持ちだったらなおさらのことだろうと想像するが、とにかくもう、ジョルジュ・シムノン、容赦のない作家である。江戸川乱歩が「幽鬼の塔」という作品に翻案しているらしいが、どちらかというと笠井潔が扱うべき案件であろう。むしろこの小説を体現してしまったのが笠井潔であるというべきか。人間、悪いことはできないものである。

     今回も、『フランスの現代小説』らしい小説を書かせたら史上最高の名人の一人であるシムノンのストーリーテリングに、スマホをフリックして夢中で読んでほっと息をついたのだが、読み終わってみると、なんだか非常に伝法な言葉遣いの訳文であった。水谷隼が訳したといわれても信じちゃうなあ、と思ってあとがきを読んだら、ほんとうに水谷隼の訳だった。入手すら困難でアマゾンにも出物がない、角川版の水谷隼訳の稀覯本が、今では電子書籍で誰でも四百四十円で買って読めるのだ。まことにいい時代になったものであるというべきか。もったいぶって文庫本を見せびらかしていたくさのま(仮名)のようなやつには味もそっけもない時代になったもんだなあ、と、形だけでもちょっとは慨嘆してみせるべきか……。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    たぶん食い物が悪いんでしょうな(笑)。セーヌの水とワインばかり飲んでいるからかと(笑)。

    というのは冗談ですが、フランスの映画にしろ小説にしろ、好きな人はとことん好きで、嫌いな人は見向きもしない、ってのが「全世界的」にあるような気がします。むしろその要素こそが、フランスの文学の「健康さ」みたいな気がしますな。万人にウケるなんてもの、面白くないんじゃないか、と、最近のハリウッド映画見て思います……。

    NoTitle

    フランス人はどうしてあんなに『心の影』(闇でも陰でもなく影)みたいなものを追求するのでしょうね。

    かと思うと、ルパンシリーズやオペラ座の怪人みたいな『ザ・娯楽小説』という感じの新聞・雑誌小説の本場だったり、日本のアイドルやアニメ大好きな人が多かったりで、『フランス人のツボがわからん……』と思います(^^;

    この本も気になりますが、それ以上にもう198位まで来ていたことにびっくり。たくさんの本をご紹介いただいたものです……。
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