東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ198位 穴 ジョゼ・ジョバンニ
内藤陳先生が「読まずに死ねるか!」で激賞していたのでジョゼ・ジョバンニという作家を知った。最初のジョバンニ体験は、高校のころに古本屋で買った冒険小説「犬橇」であった。過去のある男が、自分の誇りを取り戻すために、1600キロの命がけの犬橇レース「アイディタロット」に挑む、という話だが、その展開は高校生の予想を超えたハードなものであった。主人公が道に迷った娘を家まで犬橇で送り届けるロマンチックなシーンがあるが、主人公が家でお茶に呼ばれている間に、狼の血が混じった橇引き犬たちは、娘の家の番犬を食い殺しており、娘から罵倒された主人公は後ろめたい想いでその家を後にするのである。妥協を許さぬ徹底した男の世界といわざるを得ない。次に読んだのがこの「穴」である。浪人生活を送った松戸の図書館で、最初に借りたうちの一冊であった。読んでみたが、なんとなくノレない、よくわからない小説であり、非常な不完全燃焼のまま本を図書館に返した。あれから30年近く。アマゾンをのぞいたら、アウトレットに安いのが出ていたので買ってみた。はてさて面白いかどうか。相互リンクのmiriさんは映画が最高だったというし。期待を込めて読書開始!
というわけで読んでみたが、なんということか、めちゃくちゃ面白い。何度も同じようなことを書いて恐縮だが、「ガキにはわからない小説」であった。主人公たち囚人の気持ちをわかるようになるまでは、年季がいるのである。壁を一枚隔てられているがゆえに、『自由』とも『飯』とも『酒』とも『女の肌』とも切断され、飢えに飢えた男たちが、一縷の望みをかけて厳重に警戒されたラ・サンテ刑務所から、徒手空拳で脱獄しようとするこの話、『社会的成功』というやつに飢えて飢えきった自分には、ただひたすらにリアルだ。それもそのはず、この小説は『セミ・ドキュメンタリー』なのである。作者のジョバンニは本物のプロの犯罪者で、実際にラ・サンテ刑務所に収監されていた死刑囚。恩赦で出獄後書いたこの処女作は、彼と同房の仲間たちが脱獄を試みたときの『体験記』なのだというから恐ろしい。そう思って読むと、この小説の、スラングに満ち満ちた独特な「意識の流れ」みたいな文章も、ふだん筆など執らぬ暗黒街の男が、辞書を引き引き書いたんだろうなあ、と思えてきて興味深い。それがゆえに、迫真性といい、閉所恐怖とも思えるパラノイアックな所といい、読者の魂に浸透してくる異様な生命力がある。フランスの文学界を震撼させ、ベストセラーになったのも当然というものだろう。ほんと、ジョバンニの才能を見抜いて小説書かせた弁護士さんえらい。その後、ジョバンニは書く作品書く作品、次から次へとベストセラーになって映画化されて、その映画がまた大当たりして、じゃんじゃん金が入ってきて、暗黒街の住人として犯罪をする理由がなくなり、堅気の作家へとぶじ更生するわけだけど、後年のジャン・シュミットとの共著「狼たちの標的」を読んだときのことを思い返すと、飢餓感と閉塞への恐怖は、そっくりそのまま残ってたんだなあ、と妙な感慨に。「狼たちの標的」では、大金をもらって国家から危険な任務を請け負った傭兵たちが、任務の前に、その金で「いちばんやりたいことをやるんだ……」と、女を買ったり狩猟をやったり、各々自分のやりたいことをやる。その「いちばんやりたいことをやるんだ……」というセリフを最初に読んだ時、不覚にもわたしは号泣してしまった。二回目に読んだ時も、またもや号泣してしまった。合作ということでどっちのセンスかはわからないが、いかにもジョバンニらしいセリフではないかと思う。とにかく、「穴」はマッギヴァーンとも違うし、リチャード・スタークとも違う、フランス人でなくしては書けない犯罪小説の傑作であり、読みだしたら止まらない徹夜本である。愚かで悲しい男たちの苦悶と闘いに満ちたこの小説、フランス産の安煙草をふかしながらぜひどうぞ。そしてあれから映画も見たが、モノクロの迫力ある、キョーレツに面白い映画だった。こちらもどうぞ!
というわけで読んでみたが、なんということか、めちゃくちゃ面白い。何度も同じようなことを書いて恐縮だが、「ガキにはわからない小説」であった。主人公たち囚人の気持ちをわかるようになるまでは、年季がいるのである。壁を一枚隔てられているがゆえに、『自由』とも『飯』とも『酒』とも『女の肌』とも切断され、飢えに飢えた男たちが、一縷の望みをかけて厳重に警戒されたラ・サンテ刑務所から、徒手空拳で脱獄しようとするこの話、『社会的成功』というやつに飢えて飢えきった自分には、ただひたすらにリアルだ。それもそのはず、この小説は『セミ・ドキュメンタリー』なのである。作者のジョバンニは本物のプロの犯罪者で、実際にラ・サンテ刑務所に収監されていた死刑囚。恩赦で出獄後書いたこの処女作は、彼と同房の仲間たちが脱獄を試みたときの『体験記』なのだというから恐ろしい。そう思って読むと、この小説の、スラングに満ち満ちた独特な「意識の流れ」みたいな文章も、ふだん筆など執らぬ暗黒街の男が、辞書を引き引き書いたんだろうなあ、と思えてきて興味深い。それがゆえに、迫真性といい、閉所恐怖とも思えるパラノイアックな所といい、読者の魂に浸透してくる異様な生命力がある。フランスの文学界を震撼させ、ベストセラーになったのも当然というものだろう。ほんと、ジョバンニの才能を見抜いて小説書かせた弁護士さんえらい。その後、ジョバンニは書く作品書く作品、次から次へとベストセラーになって映画化されて、その映画がまた大当たりして、じゃんじゃん金が入ってきて、暗黒街の住人として犯罪をする理由がなくなり、堅気の作家へとぶじ更生するわけだけど、後年のジャン・シュミットとの共著「狼たちの標的」を読んだときのことを思い返すと、飢餓感と閉塞への恐怖は、そっくりそのまま残ってたんだなあ、と妙な感慨に。「狼たちの標的」では、大金をもらって国家から危険な任務を請け負った傭兵たちが、任務の前に、その金で「いちばんやりたいことをやるんだ……」と、女を買ったり狩猟をやったり、各々自分のやりたいことをやる。その「いちばんやりたいことをやるんだ……」というセリフを最初に読んだ時、不覚にもわたしは号泣してしまった。二回目に読んだ時も、またもや号泣してしまった。合作ということでどっちのセンスかはわからないが、いかにもジョバンニらしいセリフではないかと思う。とにかく、「穴」はマッギヴァーンとも違うし、リチャード・スタークとも違う、フランス人でなくしては書けない犯罪小説の傑作であり、読みだしたら止まらない徹夜本である。愚かで悲しい男たちの苦悶と闘いに満ちたこの小説、フランス産の安煙草をふかしながらぜひどうぞ。そしてあれから映画も見たが、モノクロの迫力ある、キョーレツに面白い映画だった。こちらもどうぞ!
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フランス版塀の中の懲りない人々
フランスの阿部譲二ですな。体験しなきゃ得られないものがあるんでしょうが、こういう体験だけはしたくないもんで。
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Re: miss.keyさん