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    哲学者になれなかった男の語る哲学夜話

    ニーチェについてあーだこーだ考える

     ←海外ミステリ138位 恐怖の関門 アリステア・マクリーン →海外ミステリ138位 四つの署名 コナン・ドイル
     別な記事でも書いたが、ニーチェの実践哲学は、「顚倒されたショーペンハウアー哲学」であり、もっといえば「顚倒された仏教」である。

     仏教とはなんであるか。「『悟り』によって『煩悩』を昇華すれば、永遠の苦しみであるこの世界での輪廻転生の運命から『解脱』できる」という思想だ。最終的には全人類が『解脱』できるという発想と、あくまで『解脱』できるのは修行を積んだ人間本人のみだ、という発想の違いはあるが、キモはそういうことである。

     ニーチェはそれを豪快にひっくり返す。なぜならニーチェは知っているからなのだ。『悟り』も『解脱』もフィクションであり、『煩悩』を昇華することなんて誰にもできないことを。

     かくしてニーチェは仏陀が聞いたら助走をつけてグーで殴りにかかるようなことを唱える。

     「『煩悩』とはすなわち当面の自分の目指すものである(君が何か行動を起こそうとする。「何のために?」と自分に聞いてみよう。答えが何であっても、それは即ち煩悩だ。「いや、わたしは完全に無意味にやってます」という人がいれば、それは「無意味なことをしたい」という煩悩のあらわれであるか、もしくは、自分が何を口走っているか理解していないかのどちらかだ)から大事にしろ。『煩悩』はより大きくなろうとするものだから積極的に大きくなるようにしろ(「力への意志」説)。『煩悩』を悪いことだというのはルサンチマンだ。『煩悩』を、善や悪だとかいううしろめたさ(ニーチェにとっては、『善』も『悪』もフィクションの産物に過ぎない)程度ではこゆるぎもしないくらいに大きくできたとき、それは自分にとっての「人生の意味」になっているはずだ。それを真剣に、あたかも『永遠に世界が繰り返したとしても同じことをやる』がごとき強度をもってやれば、人生を充実して笑って終えることができる」

     輪廻転生からの解脱にまで蹴りを入れていくのだ。仏教をここまで破壊できる人間もそうはいないだろう。

     はたしてこれで人間は救われるのか。そんなことわからない。

     だが、わたしには、人間がまじめに生きようと思うのならば、根本のところで「こう考えるよりほかにないのではないか」と思えてならない。この「顚倒された仏教」は、フィクションである「キリスト教の神による救い」も「仏教による悟りと解脱」も、『煩悩』のひとつのあらわれとして自己の中に括り込めるからだ。「神」を信じて来世に救いを求めていようが悟りを求めて修行しようが、いずれにせよ煩悩には違いないので、十分な強度さえあれば、『善悪の彼岸』には至れるのだ。理論上は。

     そうすると、「他人の『力への意志』」とぶつかったときはどうなるのか、という疑問が出てくるが、ニーチェの理想では、そうなった場合、二つの『力への意志』のうち、弱いほうが自らの弱さを悟って没落することにより、争いは未然に回避される。弱いほうが居直ったら、それはルサンチマンであるので、強者は当然の権利としてそれを蹂躙すればよろしい。もし両者の力が同等だったら、仕方がない、戦うまでである。強い方が自然に勝利するであろう。それ以前に、不利になった弱者は自らの弱さを悟って没落するだろう。ニーチェの理想世界は譲り合いの世界なのである。

     さて、ニーチェの実践哲学である『顚倒されたショーペンハウアー』はこうして整った。これがあれば、世界を蓋うニヒリズムの牙城であるキリスト教的モラルも、仏教的モラルも、ひとしくニーチェ思想の下部構造として記述できる。では、ニーチェはニヒリズムを超克することに成功したのか。

     おそらく、ニーチェが、「力への意志」編纂に取りかかったのも、ここで勝利を、もしくは勝利への道を見出したことを確信したからだろう。そして編纂が途中で頓挫したのは、世界はもうひとつの、最大かつ最強のニヒリズム思想が席巻しようとしていたからである。

     それはすなわち「俗流唯物論」であった。もっと詳しくいえば、「俗流唯物論を支える『功利主義』と『社会主義』」である。

     この俗流唯物論を超克しない限り、ニヒリズムは超克しえない。ニーチェの苦闘はさらに続くのだ。

     なぜ、神なき世界を肯定する『俗流唯物論』がニーチェの思想と対立するのか。

     それは、すべてを物質に還元し、その分配を『最大多数の最大幸福』のもとで公平に行ってしまうからである。

     最大多数の最大幸福とは、すなわち、『強者に対してルサンチマンを抱く圧倒的多数』の、そのルサンチマンを満たすことにほかならない。『強者の最大の煩悩を最大の強度にすることで善悪を超越しよう』とするニーチェの思考には、それは許しがたいものと映っただろう。

     社会主義は、そうした『最大多数の最大幸福』のために世界の秩序を非ニーチェ的なやり方で再編してしまう。その結果としてあらわれてくるのは、間違っても『超人』ではない。圧倒的な『畜群』なのだ。

     ニーチェはこの絶望的な未来像に対して戦いを挑まないわけにはいかないのである。

     ニーチェは、あまりにも、「哲学者」でありすぎたのだろう。ニーチェは、「ひとりの悩める人間の魂をどうしたら救うことができるか」を考えることではまさしく天才であったが、「集団としての人間」を救うことに対してはあまりにも無知であり無力であった。

     時代は、ひとり当たりの人間を支える物質の生産がおそろしいほどのペースで跳ね上がる時代を迎えようとしていた。

     いってしまえば、誰もが自分のルサンチマンを満たしてなお余りあるだけの生産物を、普通の生活の中で受け取れるような時代になってしまったのである。

     『最大多数の最大幸福』は、そこではユートピアではない。植民地と労働者からの搾取により、列強諸国では、擬似的な『最大多数の最大幸福』が『実践』されていたのである。

     結局、ニーチェは、「力への意志」の編纂をとりかかったところで、1889年に発狂し、1900年に死亡した。

     ニーチェは畢竟、19世紀の思想家に過ぎず、その書物を読むことはアナクロニズムと文学的価値しか……。

     とんでもない。

     哲学の問題でまともに解答されたものなど一握りだし、ニーチェの提起した問題が解決されたという話などてんで聞いたことがない。

     21世紀。先進国の人間を支える生産物の量はうなぎのぼりだ。世界は曲がりなりにも、『最大多数』とはいかないまでも、できるかぎり多数の人間のできるかぎりの幸福を求める形で動いている。

     だったらなぜ、人間の魂はこうも救われないのか。

     たかがコロナウイルスひとつで、人間は中世のペストのそれにも似たいがみ合いをはじめ、満足していたはずのサイレントな層が、鬱屈した恨みつらみをツイッターでまき散らす。搾取できるフロンティアを失いつつある世界は、数十億にまで膨れ上がった人口を持て余す……。

     どうすればこんな世の中でも理性でもって自分の魂を救うことができるか。

     煩悩すらまともに持つことができず、没落すらまともにすることができない先進国の国民は、一度とっくりと考えてみる必要があるだろう。

     いっておくが、「神による救い」も「悟りによる解脱」もフィクションだし、「死ねば救われる」というグノーシス主義など噓八百のこんこんちきもいいところである。

     煩悩まみれになりながらも、笑って「いざ、もう一度!」と、永劫回帰が現実であってもかまわない、と思って生き抜き、死ぬことができる術、それさえわかれば、ほかには何もいらない、そんなことを考える次第である。

     「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」
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    ~ Comment ~

    Re: blackoutさん

    自分は心身とも、かつてないほど疲れて立ち上がれないので、駿河屋で思い切り通販しちゃった。えへ☆(←たぶん長生きする男)

    原罪もフィクションですが、人間心理がフィクションと認めない、というつらいことに。徹底してなにもかもフィクション、と考えると、今度はどこを支点にしていいかもわからず。哲学なんてまともに考えるやつはみんなこんな感じなんですなとほほ。

    「恐ろしいのは中心のない迷路だ」(チェスタトン)

    NoTitle

    身も蓋もないですが、これって、人間が原罪を背負ってる限りは永遠の命題なんじゃないかと思いますです(汗)

    そして、古今東西歴史は繰り返すわけで、愚者は歴史に学ばない

    ここ最近の動きを見てると、そう思わざるを得ないですな(汗)

    で、今更ですが、新作書き始めてますw
    犯罪者視点な展開ですが、自分は心身とも、かつてないほど健康体なので、悪しからずw
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