「ショートショート」
ミステリ
四本のマッチ
犯行現場から、死体はすでに運び出され、検死官のもとへ送られていた。遅れてきた警部は、てきぱきと証拠集めをしている刑事たちを見て、鼻を鳴らした。
手近な部長刑事をつかまえる。
「死体に妙な点は?」
「殴り殺されたことを除けば、一点しかありません、警部。これです」
部長刑事は、机の上のビニール袋を指し示した。警部はうなった。そこにあったのは、四本のマッチ棒。うち一本は、真ん中あたりで折れ目がついていた。
「死体が握り締めていた奇妙なものとは、これか」
「はい、そうです。写真がありますが、ご覧になりますか?」
警部は、面白くもなさそうな顔で写真を見た。
「昔は、犯行現場には、真っ先に腕利きの刑事が乗り込んで、いろいろと調査したものだがな。最近では、真っ先に乗り込むのは鑑識と来ている。やっこさんらが、片端からひっくり返しちまうから、こっちは現場を頭の中で再構成せんといかん……被害者のマレーネとかいう女は?」
「マレーネ・ディートリヒです。あだ名かと思ったら本名でした。近くの高校の女教師です。齢は二十九歳。ヘビースモーカーで、マッチを愛用していました。壁にかかった、ガールスカウト時代の写真を見ましたか? なかなかの美人です」
「おまえロリコンの趣味もあったのか。容疑者は」
「サミュエル・オーチャード・シンプソン。四十五歳の退役海軍軍人。もうひとりは、ジャック・ジェイソンという、二十三の大学生ですね」
「殺るチャンスは?」
「どちらにもありました。アマチュア無線の、最近でいうオフ会というやつを、このアパートでやっていたんですな。みんなで酒を飲んで……どっちかが、ディートリヒの肉体にクラクラきた。後はお定まりのコースです。男は殴ってやっちまおうとする。女は殺されると思って、犯人の手がかりを残そうとしたのか、それとも単になにも考えられなくなっただけか、とっさにマッチ棒をつかむ。もしかしたら、『助けてくれ』と叫んで、何も返事がなかったせいかもしれませんな。男はもう一発殴り、打ちどころが悪くて女は死んでしまったということでしょう」
「見てきたようにいうな。できれば、シンプソンとジェイソンのどちらが殺ったのかも教えてくれ」
「それがわかりません。どちらも、酒を飲んで前後不覚に酔っ払ってしまったといっているので。アルコールの血中濃度は測りましたが、殺人を犯した後で飲んだのかどうかを測るシステムはまだ作られていませんからねえ」
「頼りにできるのは、この四本のマッチか」
「ええ。すごく強く握りこんでいたらしいですが、何を意味しているんでしょう?」
「部長刑事、明々白々なことじゃないか。こんなこともわからんようでは、到底警部にはなれんぞ」
……………………
「なぜ、マレーネは四本のマッチを握っていたんですか?」
「三本のマッチだと、犯人に都合が悪かったからだ」
部長刑事は首をひねった。
「あの曲がった四本目は、犯人により後から握った拳の中に押し込まれたと?」
「そうでもなければ、あんなふうにひどく曲がるはずがない。犯人は、自分が人殺しをしてしまったことと、自分のことを指し示しているメッセージを被害者が握っていることに気づいて、急に冷静になったんだろう。犯人は悪くない頭の持ち主だったから、現場を必要以上に荒らすことの愚を知っていた。彼は、握りこぶしの中にさらに一本のマッチ棒を押し込むという最低限の行為により、メッセージを無効化しようとしたんだ」
「まだよくわかりませんが……」
「君が危険にさらされたとき、手近な救難信号をモールス符号で送ってみろ」
「知ってますよ。トトト・ツーツーツー・トトト」
いきなり部長刑事の顔に理解の色が浮かんだ。
「そうだよ。軍でもボーイスカウトでも、救難信号は覚えさせられる。さらに加えてアマチュア無線が趣味なら、忘れっこない。石でも棒でも、なんでもいいから三つ一組のものを揃えれば、それだけでSOSの意味になるんだ……S・O・シンプソンには致命的なことにな」
手近な部長刑事をつかまえる。
「死体に妙な点は?」
「殴り殺されたことを除けば、一点しかありません、警部。これです」
部長刑事は、机の上のビニール袋を指し示した。警部はうなった。そこにあったのは、四本のマッチ棒。うち一本は、真ん中あたりで折れ目がついていた。
「死体が握り締めていた奇妙なものとは、これか」
「はい、そうです。写真がありますが、ご覧になりますか?」
警部は、面白くもなさそうな顔で写真を見た。
「昔は、犯行現場には、真っ先に腕利きの刑事が乗り込んで、いろいろと調査したものだがな。最近では、真っ先に乗り込むのは鑑識と来ている。やっこさんらが、片端からひっくり返しちまうから、こっちは現場を頭の中で再構成せんといかん……被害者のマレーネとかいう女は?」
「マレーネ・ディートリヒです。あだ名かと思ったら本名でした。近くの高校の女教師です。齢は二十九歳。ヘビースモーカーで、マッチを愛用していました。壁にかかった、ガールスカウト時代の写真を見ましたか? なかなかの美人です」
「おまえロリコンの趣味もあったのか。容疑者は」
「サミュエル・オーチャード・シンプソン。四十五歳の退役海軍軍人。もうひとりは、ジャック・ジェイソンという、二十三の大学生ですね」
「殺るチャンスは?」
「どちらにもありました。アマチュア無線の、最近でいうオフ会というやつを、このアパートでやっていたんですな。みんなで酒を飲んで……どっちかが、ディートリヒの肉体にクラクラきた。後はお定まりのコースです。男は殴ってやっちまおうとする。女は殺されると思って、犯人の手がかりを残そうとしたのか、それとも単になにも考えられなくなっただけか、とっさにマッチ棒をつかむ。もしかしたら、『助けてくれ』と叫んで、何も返事がなかったせいかもしれませんな。男はもう一発殴り、打ちどころが悪くて女は死んでしまったということでしょう」
「見てきたようにいうな。できれば、シンプソンとジェイソンのどちらが殺ったのかも教えてくれ」
「それがわかりません。どちらも、酒を飲んで前後不覚に酔っ払ってしまったといっているので。アルコールの血中濃度は測りましたが、殺人を犯した後で飲んだのかどうかを測るシステムはまだ作られていませんからねえ」
「頼りにできるのは、この四本のマッチか」
「ええ。すごく強く握りこんでいたらしいですが、何を意味しているんでしょう?」
「部長刑事、明々白々なことじゃないか。こんなこともわからんようでは、到底警部にはなれんぞ」
……………………
「なぜ、マレーネは四本のマッチを握っていたんですか?」
「三本のマッチだと、犯人に都合が悪かったからだ」
部長刑事は首をひねった。
「あの曲がった四本目は、犯人により後から握った拳の中に押し込まれたと?」
「そうでもなければ、あんなふうにひどく曲がるはずがない。犯人は、自分が人殺しをしてしまったことと、自分のことを指し示しているメッセージを被害者が握っていることに気づいて、急に冷静になったんだろう。犯人は悪くない頭の持ち主だったから、現場を必要以上に荒らすことの愚を知っていた。彼は、握りこぶしの中にさらに一本のマッチ棒を押し込むという最低限の行為により、メッセージを無効化しようとしたんだ」
「まだよくわかりませんが……」
「君が危険にさらされたとき、手近な救難信号をモールス符号で送ってみろ」
「知ってますよ。トトト・ツーツーツー・トトト」
いきなり部長刑事の顔に理解の色が浮かんだ。
「そうだよ。軍でもボーイスカウトでも、救難信号は覚えさせられる。さらに加えてアマチュア無線が趣味なら、忘れっこない。石でも棒でも、なんでもいいから三つ一組のものを揃えれば、それだけでSOSの意味になるんだ……S・O・シンプソンには致命的なことにな」
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私なら?
殺人現場で。
名探偵「えーと、ダイイング・メッセージ、ダイイング・メッセージは……」
警部「なんでダイイング・メッセージがあるとわかるんですか」
名探偵「ここは台所でしょう? ダイイング・メッセージとダイニング。しゃれた被害者なんでしょう」
名探偵「えーと、ダイイング・メッセージ、ダイイング・メッセージは……」
警部「なんでダイイング・メッセージがあるとわかるんですか」
名探偵「ここは台所でしょう? ダイイング・メッセージとダイニング。しゃれた被害者なんでしょう」
- #1146 ぴゆう
- URL
- 2010.05/04 14:18
- ▲EntryTop
Re: のくにぴゆうさん
いつの世でも名探偵はかっこいいですよね!
だからわたしも名探偵をどんどん出したいんですが、あいにくとトリックとかロジックとかを考えるのがとても苦手で……(^^;)
つらいところであります(^^;)
エラリー・クイーンをおちょくったパロディ小説にあるんですが、
殺人現場で。
名探偵「えーと、ダイイング・メッセージ、ダイイング・メッセージは……」
警部「なんでダイイング・メッセージがあるとわかるんですか」
名探偵「これは短編でしょう? ダイイング・メッセージがないと長編を書かなくちゃいけないんですよ」
ミステリ・ショートショートを書いてみると実によくわかる(笑)。
だからわたしも名探偵をどんどん出したいんですが、あいにくとトリックとかロジックとかを考えるのがとても苦手で……(^^;)
つらいところであります(^^;)
エラリー・クイーンをおちょくったパロディ小説にあるんですが、
殺人現場で。
名探偵「えーと、ダイイング・メッセージ、ダイイング・メッセージは……」
警部「なんでダイイング・メッセージがあるとわかるんですか」
名探偵「これは短編でしょう? ダイイング・メッセージがないと長編を書かなくちゃいけないんですよ」
ミステリ・ショートショートを書いてみると実によくわかる(笑)。
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Re: のくにぴゆうさん